【コラム】風と土のカルテ(99)
病院など非営利組織こそ地域経済再生の核心
最近、私が暮らす長野県の佐久地域で「地方再生」の針路を探る重要な調査研究が始まった。
佐久地域の地方自治体を介し、神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センターの兪炳匡(ゆうへいきょう)教授の研究室が、公立病院をフィールドに、雇用や賃金、税収の実態を調査し、地方の非営利部門がいかに地域経済を支え、成長の原動力となっているか、今後どのような施策が求められるかを確かめようとする研究だ。
日本経済が低迷期に入って久しい。
賃金水準は、ここ20年、ほとんど上がっておらず、平均賃金を比べると米国はもとより、お隣の韓国にも抜かれた。
バブル崩壊後、政治が企業の人件費削減を後押しし、低賃金の非正規労働者を増やし続けたことが直接的原因だ。
「同一労働同一賃金」は名ばかりで、正規労働者の賃金も上がっていない。
兪氏は、そうした日本の長期停滞の構造的要因を自著『日本再生のための「プランB」』(集英社、2021)で解き明かし、1%の富裕層のための
「プランA(情報・通信、バイオ、金融といったグローバル企業の成功例の模倣など)」だけでなく、99%の大多数者のための「プランB」が必要だと説いた。
プランBは、東京一極集中の加速ではなく、地方への人、モノ、カネの移動を含んでいる。
その一端は、昨年5月の当コラムでも紹介した。
(関連記事:予防医療による雇用創出目指す注目のプラン)
https://www.alter-magazine.jp/index.php?go=w0cMY9
「三重苦」からの脱却のために
兪氏は 『日本再生のための「プランB」』 で、地方経済が抱える三重苦を、
(1)地元のいわゆる「99%」の労働者の「賃金が上がらない」、
(2)地元の実体経済・潜在的成長産業に「おカネが回らない(循環しない)」、
(3)地元の実体経済から「富と人材が漏れる(流出する)」
ーーと解説。
この三重苦構造が、日本社会の分断と二極化を進め、富める一極には「(大規模営利企業が集中する)東京」と「(東京と直通のパイプを持つ)一握りの地方在住者」
しかいないと説いた(p124)。
なお、「上がらない、回らない、漏れる」という表現は、ジャーナリストの船橋洋一氏が、文藝春秋2013年6月号での作家・半藤一利氏との対談
「原発事故と太平洋戦争 日本型リーダーはなぜ敗れるのか」で用いたものだという。
そして三重苦を解消するための対策をこう強調している。
「この『上がらない、回らない、漏れる経済構造』に対する最も重要な対策は、非営利部門の拡大です。
少なくともプランBに関連する医療、教育、芸術・文化、政府機関(自治体)への営利企業の参入を最小化することが必要です」(p125)
「もちろん、営利部門の役割をゼロにすることは現実的でありません。(中略)
地元に本社・株主が立地・在住している企業を優先して地方自治体政府が事業を委託するのも一案です。
委託先の選択は、入札価格の低さだけでなく、地域外への富の流出量の低さも考慮すべきです。
もちろん汚職の温床にならないように、自治体による選定過程を、関連データの公開も含めて透明化すべきです」
(P128)
実際に地方で暮らしている肌感覚で、役所や出先機関、病院、高齢者施設、教育機関、諸団体など非営利部門が地方経済の担い手だということはよくわかる。
多くの病院は、支出の過半を人件費が占めている。
当然ながら病院が開設された地域は、賃金を得る職員、とくに割合の多い看護師が地元の商業施設などを利用して経済が潤う。
病院が地域の雇用と経済を支えているのは自明の理。
厚生労働省は、多数の公的・公立病院を、個々の経営上の赤字を基準に縮小・閉鎖しようとしているが、地域に与える負の影響は計り知れない。
今後、兪氏らは、佐久地域での実態調査を踏まえ、非営利部門が地方財政にどのように貢献しているか、
地域経済にどんな影響を与えているか、明らかにしていくという。
肌感覚で感じていたことが医療経済学的に明瞭になれば、世間の病院の見る目が変わり、政治の流れも変わってくるかもしれない。
研究成果の発表が待ち遠しい。
(長野県佐久総合病院医師、『オルタ広場』編集委員)
※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2022年7月29日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/202207/576035.html
(2022.8.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧