【コラム】
風と土のカルテ(85)

予防医療による雇用創出目指す注目のプラン

色平 哲郎

 新型コロナウイルス感染症は、医療にも経済にも大きなダメージを与えている。日本は頼みの綱のワクチン接種が遅れ、感染が収束しない。ワクチンが普及して元の生活に戻りつつある欧米との隔たりを感じざるを得ない。
 結果的にコロナは日本の弱みを次々とクローズアップした。もう日本という国は対症療法では再生できないのではないか。根治治療は何だろう。

 と、思っていたところで、いい本を見つけた。『日本再生のための「プランB」』(集英社、2021)である。著者の医療経済学者・医師の兪 炳匡(ゆう へいきょう)氏は、米国のハーバード大で修士号、ジョンズ・ホプキンス大学にて博士号を取得し、米国疾病予防管理センター(CDC)ヘルス・エコノミスト、カリフォルニア大学准教授(終身職) などを経て、昨年、25年ぶりに日本に帰国。現在は神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センター教授を務めている。

 出身は大阪市で、北海道大学医学部を卒業し、臨床経験を積んだ後、自然科学を学ぶだけでは不十分と考え、社会科学としての医療経済学を学ぶために渡米、米国籍を取っている。日本と米国の社会を形作る根源的な原理・価値観の違いに通暁した医療経済学のプロフェッショナルといえるだろう。

 まず、本書で「プランA」と呼ぶ日本の再生論の大筋は、過去30年間ほとんど変化していないと兪氏は指摘。それは、米国や諸外国のIT産業、バイオ技術産業、金融分野の大企業などの成功例を「つまみ食い」的に模倣すれば、日本でもそれに続く企業がどんどん出て、経済成長率が大幅に改善する、との青写真を指す。

 だが兪氏は、プランAが10年以内に大成功することはない、とみる。「なぜなら、プランAの多くは、前提条件の整備だけで10年以上かかり得る上、巨額な先行投資が必要で、成功確率が極めて低いためです。私の最大の懸念は、プランAは、仮に成功しても『日本の全住民の衣食住を充足させる』ことに貢献しないことです」と喝破する(同書p.8)。

 プランAがもしも成功したとしても、日本の全住民の衣食住を満たすことにつながらないとは、どういうことか。同書で引き合いに出されているのが、現実にプランAで「成功」している米国カリフォルニア州の例だ。

 「経済的利潤は、成功している企業の幹部クラス(個人)と株主(いわゆる「1%」に属する最上位の富裕層)に手厚く分配され、同じ企業内の一般従業員や企業が立地する地域にすら恩恵が行き渡りません」(p.72)。
 成功した企業の付加価値に占める人件費の割合=「労働分配率」は1980年代以降、多くの先進国で低下しているという。

●地方の非営利部門を中心に雇用拡大

 兪氏は、現在は、世界全体が持続可能な社会・経済システムへ移行していく段階にあるとし、過渡期の手法としてのプランA自体は否定していない。一方で、プランAが失敗した場合のセーフティーネット(保険)としての機能なども有する、日本再生へのプランとして提唱するのが「プランB」だ。

 プランBは、「地方(ないし国内)から東京(ないし国外)への富の流出を減らす」ことと「内需拡大(特に家計消費の増大)」を目指すものだ。その実現に向けた最も重要な 政策の1つとして、予防医療教育に関連した雇用を大規模に創出することを提言。その雇用の主体は、「地方移住促進」の一環として、地方自治体ないし地元の非営利団体(NPO)が担うことなどを挙げている。

 非営利団体を中心に、予防医療などに関連した事業を地方で興すことで雇用創出、経済成長につなげようというわけだ。米国では予防医療教育が一大ブームかつ巨大ビジネスとなっており、雇用創出につながっているという。

 兪氏は、在米中に「Health Education Theater」(健康教育劇場)を開発しており、予防教育プログラムの参加者全員で、オリジナルの演劇を創作し、出演させたという。そうした実践に科学的に厳密な統計やデータを駆使して、「プランB」が語られる。社会全体に持続可能な方向への「行動変容」を促す、貴重な提言といえよう。

 (長野県佐久総合病院医師・『オルタ広場』編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2021年05月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。 https://nkbp.jp/3vBCGfH

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧