【アフリカ大湖地域の雑草たち】

(20)スワヒリ語の悩み

大賀 敏子

ウガンダがスワヒリ語を採用

 ウガンダ閣議が、スワヒリ語を英語に次ぐ第二の公用語と定めた(2022年7月4日)との報道があった。小中学校の選択科目ではなく必須科目に加えるとともに、議会、行政、メディアでも研修に傾注する。しかし、教師、教材をそろえるのは大仕事だとのことだし、ウガンダ人にはスワヒリ語よりルガンダ語(後述)の方がなじみ深いのに、という意見(トゥイッター)もある。
 スワヒリ語は東アフリカの共通語だ。二億人の話者がいる。ケニアでは以前から英語と並ぶ公用語で、大手メディアは二言語それぞれで発信している。憲法(2010年に改定された)は「国の言葉はスワヒリ語(第7条第1項)」「公用語はスワヒリ語と英語(同第2項)」と定めている。ただし、教育、行政、ビジネスではほとんど英語だし、教育熱心なためだろうか、都市部では家族団らんに英語を使う家庭も多い。
 タンザニアのスワヒリ語レベルは高い。さまざまなエスニックグループをまとめるツールとして、これを独立前後から積極的に重用してきたからだ。ほとんどのアフリカ諸国が旧宗主国の言葉を選ぶなかで、自分の言葉で国づくりをすることができたのは、このタンザニアとエチオピア(アムハラ語)、ソマリア(ソマリア語)だけだという。

Africa map
参照 アフリカ諸国の地図(Yattoke! - 小・中学生の学習サイトから転写)

国際語

 スワヒリ語は国際語で、隣接諸国(ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国(DRC)、ソマリア、モザンビークなど)でも役に立つ。ラジオの国連放送(UN Radio)が、早くも1950年代にスワヒリ語放送を始めたのも、この言葉の国際性を表している。国連公用語(英語、仏語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語)のほか、ポルトガル語、ウルドゥー語、ヒンドゥー語、バングラ語(2014年事務総長報告)と並ぶものだ。
 スワヒリ語は、アラブ民族とバンツー民族の交易から生まれた歴史があり、語彙の4割はアラビア語にルーツがあるとのことだ。さらにヒンドゥー語とも共通性があることを、インド人同僚との会話で教えられたことがある。

多言語主義

 今回のウガンダの閣議決定の直接のプッシュは、2021年11月、ユネスコ(国連教育科学文化機関、本部パリ)が毎年7月7日を「世界スワヒリ語デー」と定めたことだ。ただし、このユネスコ決議も単独でとられたのではない。南部アフリカ開発共同体*、東アフリカ共同体**は、それぞれスワヒリ語を英、仏、ポと並ぶ公用語としている(SADCは2019年8月の39th SADC Summit決定)。これに先立ちアフリカ連合は、2003年の協定改定(Protocol on Amendments to the Constitutive Act of the African Union, done by the Extraordinary session in February and the Ordinary session in July)でスワヒリ語を公用語に加え、2021年2月にこれを再確認した。ユネスコの決定は、これらの動きを受けたものだ。
 国連と国連諸機関は、スワヒリ語にかぎらず、いろいろな言語をそれぞれ大事にするという立場をとっている(たとえば国連総会決議71/328 Multilingualism)。ユニティー、相互理解、トレランス、対話を促進するためとのことだ。
美辞麗句はどうでもいいから、なぜ日本語で会議を開かないのかと問いたくなる。が、とある言語を尊重することと、それを会議に用いるかどうかは別問題だと、山のような決議文を示されるだけだろう。日本のほかにも、自分の言葉が世界でもっ と通じればいいのにと思う人は大勢いる。
 ウガンダの決定はユネスコの決定を受けたものだが、ユネスコの決定は関係国の決定と国連総会の方針を受けたものだ。どの機関も単独で決めるにはセンシティブにすぎるのだろう。

★南部アフリカ開発共同体(SADC)は、1992年、その前身の南部アフリカ開発調整会議(SADCC)を改組したもの。メンバーはタンザニア,ザンビア,ボツワナ,モザンビーク,アンゴラ,ジンバブエ,レソト,スワジランド,マラウイ,ナミビア,南アフリカ,モーリシャス,コンゴ(民),マダガスカル,セーシェル,コモロ(外務省ホームページによる)
★★ 東アフリカ共同体は、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、タンザニア、ブルンジ、南スーダン、DRCによる7カ国の共同体。2022年4月、DRCがはいった。
グーグルがアフリカの言語を追加

 政府の対応には時間がかかっても、ネット空間は圧倒的にスピーディーだ。いまや、たいていの言語なら、ほどほどに意味をなす翻訳を瞬時に得られる。
 2022年5月、Google Translateが新たに10のアフリカの言語が追加したという趣旨の報道を目にした(Daily Nation, Bird Story Agency “Rise of African languages as they are added to Google Translate”, 24 May 2022)。スワヒリ語は以前からあったが、新たに加わったのは、ハウサ語、リンガラ語などだ(別表は同報道の内容を要約して日本語にしたもの)。

<別表>
 ハウサ語(ナイジェリアを中心に、ベニン、ガーナ、コートジボワール、トーゴなど)                      5000万人
 リンガラ語(DRC、コンゴ共和国など)      4500万人
 ヨルバ語(ナイジェリア、トーゴ、ベニンなど)   45万人
 オロモ語(エチオピアを中心に)         3000~3700万人
 イボ語(ナイジェリア、ニジェール、コンゴなど) 3000万人
 ソマリ―語(ソマリアの公用語であり、周辺国を含め) 2100万人
 ルガンダ語(ウガンダ、ルワンダなど) 2000万人。
     ウガンダでは英語に次いで広く使われている

歯切れが悪い

 先述したように、アフリカ連合は2003年、スワヒリ語を公用語に加えた。念のためこのときの決議を見ると、残念ながら、歯切れが悪い。
「連合とその諸機関は、アラビア語、英語、フランス語、ポルトガル語、スペイン語、スワヒリ語およびそのほかのアフリカの言語を公用語とする(第11条)」(筆者註、公用語とはofficial languages)
確かにスワヒリ語が特記されたが、「そのほかのアフリカの言語」への言及もある。
 改定前の規定は、「連合とその諸機関は、もしできるならアフリカの言語、アラビア語、英語、フランス語およびポルトガル語を使用言語とする(第25条)」(筆者註、使用言語とはworking languages)とあり、これもわかりにくい。政府間交渉がいかに難航したかを示すものだ。上述のように、スワヒリ語以外にも国を超えて大勢の話者をもつ言語があるためだ。
 アフリカ諸国の一致団結を目指すうえで、植民者の言葉よりアフリカ人の言葉を使うべきだというのは、概ね共通した考えだ。しかし、ではどれが「これこそアフリカ語」となるのか、この課題はいまも完全には決着していない。

いいのかな?

 60年ほど前の独立当時、多くの国が英語・仏語を選んだ。緊急にどうしても必要となるもの、つまり、政治・行政の基になる法規、大急ぎで識字率を向上させるための教材などを、一つ一つ隅々まで翻訳しているゆとりはなかったし、先進諸国からの支援も必要だった。
 ちかごろはどうだろう。2009年、ルワンダの英連邦加盟に伴い、仏語社会から英語社会へと、みるみる変貌していくのを目の当たりにしたことがある。最近ではガボンとトーゴがそれぞれ英連保へと加盟した(2022年)。中国との関係が進展するのを受け、アフリカの45ヶ国に合計62の孔子学院が置かれ(Global Network-Chinese International Education Foundation (cief.org.cn))、国によっては中国語を初頭教育に取り入れる動きもある。
 こんなジョークがある―スワヒリ語はザンジバルで生まれ、タンザニア本土で育まれたが、ケニアで重病にかかり、ウガンダで亡くなり、コンゴで埋葬されてしまった。
 働いてメシを食っていくには英語が大事だし、スマホさえあれば翻訳できるのだから英語でいいじゃないか……しかし、本当にそれでいいのかな? このようなジョークが交わされる裏には、これがあくまで現実でなく、ジョークであってほしいという願いがあるのかもしれない。

英語ネイティブではない幸運

 筆者が国際公務員になったばかりのころ、ある同僚とこんな会話をしたことがある。彼女はドイツ人だった。仕事のうえでは英語ネイティブが有利だが、彼女が言うには「あの人たちには仕事でも家庭でも英語しかない。ネイティブでない方が、ずっと豊かだ」
 こちらの英語のネイティブスピーカーたちは、例外はあるが一般に、スワヒリ語への興味が高いとは言いがたい。これに対し、ケニア人は一般に、マザータング(所属するエスニックグループの言葉、いわゆる部族語)、スワヒリ語、英語の三つを自由に使いこなす。確かに、豊かだ。

(ナイロビ在住・ライター)

(2022.8.20)
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