【コラム】槿と桜(116)

韓国人とキムチ離れ

延 恩株

 韓国の代表的な食べ物の一つがキムチであることは誰もが認めると思います。今や韓国の家庭だけでなく、日本の食卓に並ぶのも珍しくなくなってきています。
 寒さの厳しい韓国の冬の時期は野菜が不足するため、古くから保存食野菜として、塩づけした白菜やだいこんなどが作られ、やがて唐辛子が朝鮮半島に伝わり、赤く辛いキムチとなり現在では200種以上のキムチがあります。そして、韓国の家庭にはたいてい一般の冷蔵庫とは別にキムチ専用のキムチ冷蔵庫があり、生活必需品の一つとなっています。日本の我が家にもキムチ専用冷蔵庫が置いてあり、白菜キムチなどが常備されていて、一年中いつでも食べられるようになっています。
 このように韓国人とキムチは切っても切れないほど強く結びついているのですが、ここ20年ほどで韓国人とキムチの関係が薄れ始めてきているのです。

 2010年3月に開所した、キムチと韓国伝統発酵食品の研究や新しい食品の試作など韓国伝統食品産業の発展と韓食(한식 ハンシク)を世界に広めることを目的とした「世界キムチ研究所」が公表した資料によりますと、韓国人のキムチ消費量が明らかに減ってきています。
 1人あたりの1日平均の消費量(30歳以上の男性)として数字を見てみますと、
  2005年 94,4グラム
  2010年 71,4グラム
  2015年 62,9グラム
  2020年 61,9グラム
 となっていて、15年間で35%も減少しています。そして、成人女性の場合は2005年が70,1グラムでしたが、2020年には34,6グラムと15年間で消費量が半分以下になっています。
 さらに韓国農林水産食品部の調査では、2023年1年間で週に1回以上キムチを食べた人は58,8%で、2020年の62,4%から3,6%減少しています。
 これを10~20代の若者に限りますと2020年に週に1回以上食べた人が52,3%でしたが、2022年には44,8%に減少していました(韓国食品研究院調査報告)。
 韓国の若年層の方が韓国人全体より約14~15%もキムチを食べていない(週に1回以上)ことがわかります。これまでも若者のキムチ離れについては、日常生活の中で感覚的に指摘されてきていましたが、実際に数字で示されますと非常に明瞭です。

 ただし、若年層だけでなく韓国人全体でもキムチ離れが進んでいるのは間違いないようです。もっとも韓国の伝統料理はキムチだけではありませんので、「韓食」そのものが韓国人離れしているのか、その点はその他の伝統料理についても追跡調査が必要でしょう。でも私自身の感触ですが、キムチほどに消費量が減少しているとは思えません。

 では、なぜこれほどにキムチの消費量が減少しているのか、その理由は既に指摘されていますが、私なりに以下に整理してみます。
 ① 韓国人の食生活が西欧化してきて、米食中心の食生活ではなくなってきている。
 ② 健康志向から過度の塩味、辛味を避けるようになってきている。
 ③ 生活スタイルの変化から核家族化が進み、共働き家庭の増加は共同で漬け込むキムジャンを困難にさせ、時間的な余裕も失われてきている。
 ④ ニンニクだけでなく魚介類なども一緒に漬け込み発酵させるため(それが旨味になるのですが)独特の強いニオイが伴い、そのニオイを苦手としたり、口臭を気にしたりする人が増加してきている。
 ⑤ ③に関連しますが、自分でキムチを漬けず、買う人が増えてきている。
 ⑥ ⑤に関連しますが、輸入キムチが増加(ほぼ中国からの輸入)し、価格が韓国産よりずっと安いため消費者は購入するが、キムチの質や味が格段に落ちる。

 これらについて、もう少し説明を加えますと、
 1 ①については、韓国統計庁が2023年1月27日に発表した糧穀消費量調査結果によりますと、2022年の韓国人1人当たりの1日の米消費量は、20年前の1日238,5グラから155,5グラムと減少し、茶碗2杯分超から茶碗1杯分近くに減ってしまっています。これには飲食店で消費する量も含まれているとのことですから、家庭での米消費量は数字以上に減少していることになります。なんでも1963年に統計を取り始めてから最低の水準だそうです。
 これに代わって小麦粉を使ったパン類やパスタ、その他の西欧的な食事が韓国に浸透してきているのです。キムチを食べる機会が減るのは当然かもしれません。
 2 ②では、キムチを漬け込む際には、たくさんの塩と赤唐辛子が使われます。そのため、高血圧など慢性疾患の危険性が高まるとされています。韓国人の唐辛子の国民1人当たりの年間消費量が農林畜産食品部のデータによりますと、1970年には1,2キログラムだったのが、2010年代に入ると3キログラム以上に増えています。これはキムチだけではないでしょうが、唐辛子の使用量が増えていることを示していて、それだけ辛さが増したり、辛い料理が増えたりしていることになるのでしょう。そのため強い塩気や辛味を避けたいと考える人が増えても不思議ではありません。
 3 ③については、韓国農水産食品流通公社が2023年3月に公表した2021年のキムチ産業実態調査によりますと(2023年3月30日『ソウル聯合ニュース』)、キムチを自分で漬ける家庭は全体の22,6%でした。2017年では56,3%、2018年では51,3%とまだ韓国の家庭で半数以上がキムチを自分で漬けていましたが、2019年には41,7%、2020年には23,6%とわずか4年間で30%以上も急激に減少していることがわかります。
 年齢が高いほど自分でキムチを漬ける人が多く、60歳以上では36,4%、50歳代が23,9%、40歳代17,0%、30歳代15,6%、20歳代以下11,8%と世代に比例してキムチを手作りしなくなり、20歳代以下では、ほぼ10人中1人だけとなっています。
 このような状況が続いていきますと〝その家のキムチ〟や〝おふくろの味〟といった
 代々受け継がれてきた味を知らない韓国人がたくさん現れてくる可能性があります。
 4 ④については、説明は不要だと思いますが、男女とも仕事などで外出する機会が増えて、他人と接触する機会が多くなってきている韓国人の生活スタイルにも大きく関わっているのでしょう。
 5 ⑤『朝鮮日報』2024年3月20日の記事によりますと、韓国農水産食品流通公社が全国の3183世帯の世帯主を対象にした実態調査で、キムチを家で食べる時に「買って食べる」が30,6%でもっとも多く、次いで「家族から分けてもらう」28.8%、「自分で作る」24.7%、「親戚や知人などからもらう」15.0%、「家では食べない」1.0%でした。
 「自分で作る」が全体の4分の1程度では、いつでも好きな時に食べられるというキムチとの距離が次第に遠ざかり始めても仕方ないでしょう。
 「買って食べる人」は、食べたいときに買うわけですから、それほど大量に買い込むとは思えません。こうした生活が続けば、キムチ冷蔵庫を常備する家庭も減っていく可能性を否定できません。
 6 ⑥キムチを手作りしない人が増え、それに連動するように買って食べる人が増えてきています。しかし、国産キムチは市場に出回る量が少なく、値段が高めですので、キムチの質や味が国産に比べて落ちる中国産キムチにもかかわらず、値段が安いため購入されているのでしょう。とはいえ、不味いキムチを食べるくらいなら食べなくても良いと考える人が増えてきています。『朝鮮日報』2024年3月20日の記事では「家では食べない」人が1%いたようですが、この割合が増えていくのではないでしょうか。こうした韓国での変化はキムチ手作り派の私からしますと、残念で寂しくなります。

 ところで上記の『朝鮮日報』2024年3月20日の記事には子どものキムチ離れが大きい現状も伝えていました。韓国の4割の子どもがキムチを食べないというのです。
 韓国農水産食品流通公社による調査結果に基づいていますが、家族のなかで誰がキムチを食べないかを複数回答で聞くと、子どもがキムチを食べない家庭が40,9%に上っていました。無論、親たちでもキムチを食べない人もいましたが10%台にとどまっていますから、子どもがキムチを食べない割合がいかに高いかがわかります。
 子どもがキムチを食べない家庭は、2020年32,3%、2021年37,2%で2022年には40,9%と年々増加傾向にあることがわかります。そして、キムチを食べない理由として「辛い食べ物が食べられない」が30,8%と最多で、次いで「ニオイが嫌い」16,6%、「美味しくない」16,5%、「塩分が多そう」14,1%でした。
 子どもたちがキムチを食べない理由を見ますと、決して子どもだけの理由とは言えないでしょう。それにしても、将来の韓国を背負う子どもたちからこのようにキムチが敬遠されている現状からは、キムチと韓国人の結びつきが薄れることはあっても強まるとは思えません。しかも「辛い食べ物が食べられない」子どもが30,8%だったことからは、単にキムチにとどまらず韓国料理に多い辛い食品に対する改良や味付けの工夫など今後の対応が求められているのではないでしょうか。
 その対応は先ず家庭から始まるのでしょうが、社会全体としても取り組む必要がありそうです。その意味では「世界キムチ研究所」がこうした韓国のキムチを食べなくなっている子どもを含めた韓国人たちにキムチを食べてもらう創意工夫をどのように打ち出すのか、今後の動きが気になります。たとえば、キムチの辛さ等級、熟成程度、塩分含有量、栄養成分等々を消費者に示すべきだという声はすでに出ているのですから。

大妻女子大学教授

(2024.5.20)
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