【コラム】
槿と桜(75)

韓国の食事文化――「出前」

延 恩株

 出前とは、店内で調理した料理、飲み物などを、注文のあった場所(主に家や事務所)に届ける仕事を言います。日本ではそば屋、寿司屋が定番で、都心のオフィス街などではさらに喫茶店などで、その他にはうなぎ屋、ピザ屋、中華料理屋、大衆食堂、カレー屋などもあります。最近では、後部に箱形の荷台を取り付けた3輪スクーターがピザなどの食品を配送している姿もよく見かけます。
 一方韓国では、この出前に当たるのが「배달」(ペダㇽ 配達)と呼ばれるものです。

 日本では出前のほかに「仕出し」「デリバリー」という言い方もあります。「仕出し」は予約をして、祝い事や法事、会合、宴会などでの和食料理を頼むものです。家庭で用意するのが難しいもので、分量が比較的多くなります。また「デリバリー」は店内に飲食スペースがなかったり無店舗の業者が配送したりする場合を指しますから、それぞれ食べ物を届けることは同じでも、本来は少しずつ意味の違いがあるのですが、混用されているようにも思います。

 でも韓国では区別はなく、すべて「ペダㇽ」です。漢字にすれば「配達」ですから、出前の意味だけではなく、日本の宅配にあたる場合にも使います。この「ペダㇽ」が韓国の日常生活にどれほど深く溶け込んでいるのかは、韓国ドラマなどによく出前をとって食事をする場面が出てくることからもわかると思います。さらに韓国旅行中に荷物を荷台に載せて危険なほどのスピードで走るオートバイを見かけた経験もあるのではないでしょうか。

 韓国で出前してもらえる食品は日本では考えられないほど多種多彩です。日本でも最近は多くなったピザは人気商品ですし、韓国人が好むチキン、そして中華料理も意外と人気があり、「김밥」(キㇺパㇷ゚ 韓国風海苔巻き)は手軽な伝統的食べ物としてやはり人気があります。また日本でしたら「仕出し」の中の食べ物として入っている場合があるかもしれませんが、酒の肴になるつまみ類も豊富です。

 韓国で出前にあたる「ペダㇽ」は私が子どもの頃からすでにありました。ただ現在のように配達される食べ物の種類の多様さ、連絡された場所のどこにでも、といった便利さにまではなっていませんでした。しかも現在では、一人でも顧客を増やそうと、引っ越しなどで転居してきた家には必ず、出前の冊子メニューが配られたり、マンションですと入り口に宣伝のステッカーなどが貼られていきます。

 たとえば、「치킨」(チキン)のチェーン店は日本では考えられないほど多く、どの会社でも出前をしていますから、宣伝広告だけでなく、あの手この手を駆使して顧客獲得に激しい競争が起きています。
 韓国人はとにかくチキンが好きです。日本で鶏の肉だけで食べるとなると、焼き鳥やフライドチキン、唐揚げといったものが定番ですが、韓国ではチキンの料理方法も豊富です。でも、なぜ韓国人がこのようにチキンを好むのか私にはよくわかりません。

 韓国人でしたら誰でもが知っているチキンチェーンの「BBQ Chicken」(BBQチキン)や「교촌치킨」(KyoChonChicken キョチョンチキン)」などのアプリは、端末のGPS機能で注文客の現在位置を確認し、その場所に配達する(戸外でも構わない)こともしています。
 ちなみにチキンの出前を頼むと 「치킨무」(チキンム チキン大根 大根の酢漬け)も一緒についてくるのですが、唐揚げやフライドチキンには相性が良い、消化を助けるというのが理由です。日本でカレーに福神漬けやらっきょうを添えて食べるのと似ているのかもしれません。

 中華での代表メニューと言えば、「짜장면」(チャジャンミョン ジャージャー麺)です。
 私も韓国で生活していたときに(20年以上も前ですが)は、「ペダㇽ」で食べることになると、ジャージャー麺を注文するのがいちばん多かったように記憶しています。その際、ジャージャー麺だけでなく「단무지」(タンムジ たくわん)や「탕수육」(タンスユㇰ 韓国風中華の酢豚)なども一緒に注文していました。

 そのほか麺類でよく注文されるのが「짬뽕(チャンポン)」です。
 日本でも具だくさんの長崎ちゃんぽんはよく知られていますが、韓国のチャンポンも野菜や海鮮が入って具だくさんなのですが、スープが真っ赤で辛いのが日本のものと大きく異なります。一般的にこのチャンポンを食べるときにも一緒に「タンスユㇰ」を注文する人が多いように思います。

 さらに「떡볶이(トッポッキ)」も「ペダㇽ」では人気商品です。
 日本でも最近は韓国料理の一つとして認知されてきているように思います。ちょっと空腹を感じたときに食べるのには最適で、街中の日本で言えば立ち食いそば屋的なスタンド形式の店(屋台)のメニューには必ずあります。それだけに「ペダㇽ」には欠かせないメニューとなっています。

 また日本の方には意外かもしれませんが、「刺身」や「寿司」も「ペダㇽ」の商品としては比較的人気があります。日本ではちょっと高級感のある食品ですが、韓国では若い人でも気軽に注文できる価格です。

 ところで、次のいくつかは日本でしたら酒のつまみになると思われるものですが、韓国では女性もよく注文する食品です。

・족발(チョッパㇽ)
 韓国風豚足のことで、コラーゲンがたっぷりなので女性にも好まれます。ただ、日本では豚の足を日常的にはあまり食べませんから、少々抵抗があるかもしれません。これと「막국수」(マッㇰクス そば粉で作った麺)や「냉면」(ネンミョン 冷麺)と一緒に注文する人が少なくありません。

・보쌈(ポッサㇺ)
 豚肉を茹でた料理で、豚足よりはクセはなく肉が柔らかいので日本の方にもあまり抵抗はないと思います。キムチや白菜の塩漬けとサンチュに巻いて食べるのが一般的ですが、ちょっとクセがありますが、私はアミエビの塩辛につけて食べるのが好きです。

・닭발(タッパㇽ)
 日本の方はきっと尻込みすると思います。鶏の足です。私は苦手なのですが、コラーゲンが豊富で韓国人はよく食べます。味付けは非常に辛く、酒のつまみにはピッタリというところでしょうか。

 このように韓国の「ペダㇽ」は〝早い、安い、多種、どこでも〟という便利さと気軽さから日本では考えられないほど人気があり、大いに利用されています。しかも配達は一人前からでも問題なく、日本のように場合によっては料金が上乗せされるということも滅多にありません。

 さらに韓国では、返却するお皿や容器は洗わずそのまま出しておいて構いません。注文品と一緒に届くビニール袋に入れて家の外に出しておけば、配達員がバイクで回収してくれます。日本では返却する皿や容器は洗って家の前に出すのが一般的で、回収の時間も韓国に比べるとかなりゆっくりです。韓国ではのんびりしていると配達員が容器回収に来てしまいますから、家の容器に移し替えて店の容器は早く出しておいた方が無難です。これほどのスピードで配達が行われますから、アイスクリームの出前も可能になるのだと思います。

 ただ、交通渋滞も問題とせずに、バイクが一刻も早く注文客に注文の品を届けようと街中を走り抜けていくため、バイクの危険走行、そして衝突事故が多発しています。また、配達が深夜に及ぶことも珍しくありませんから、配達従事者は労働環境が著しく悪化する場合も出てきています。
 顧客へのサービス重視が交通問題や労働問題を引き起こしているという現実は重く受け止めなければならず、その改善に取り組まなければならないのは当然でしょう。

 しかし、韓国の出前事情はこうしたマイナス要因はあるものの、皮肉なことに婚姻率の低下という大きな社会問題が一因となって、ますます利用頻度が高まっていくのではないでしょうか。
 手軽さ、便利さ、時間節約の追求という出前事業が今後どのように韓国社会に影響を与えていくのか大いに気になるところです。

 (大妻女子大学准教授)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧