【コラム】槿と桜(29)
韓国の小学生がなりたいもの ― 日本と比較すると
いつの時代も職業選択ではその時代の政治、経済、文化などの有り様が大きく関わるようですが、最近では世界の動きまでが影響を与え始めてきているようです。
韓国では若者の失業率が最近は10パーセントを前後するほどで、若者にとって正規雇用を手にするのは容易ではありません。こうしたなか、韓国教育部と韓国職業能力開発院が「子どもの進路教育現況調査」を実施し、その分析結果が2016年12月20日に発表されました。
それによりますと小・中学生とも最も就きたい職業は「教師」でした。この調査は2007年から始まったようですが、希望する職業第1位が「教師」というのは、この10年間まったく変わっていないとのことです。
日本でも目指す職業として、「教師」が選ばれる傾向はありますが、韓国ほど「教師」を終身の職業として強く意識する若者はそれほど多くないようです。韓国に比べて社会的ステータスが高くないわりに、教師へのハードルはかなり高く、大学の授業科目でも、卒業に必要な科目や単位数以外に、相当多くの教職関連科目の履修が義務づけられています。そのため朝から夕方まで授業があることも珍しくなく、大学生活にほとんど余裕がなくなってしまうからです。
さらに過重な仕事量と重い責任がのしかかる職業でもあるため、敬遠されがちなようです。事実、2017年1月15日付け『朝日新聞』朝刊には、連合総合生活開発研究所(略称「連合総研」)の調査で、週に60時間以上超過勤務する小・中学校の先生の割合が70~80%達するとの記事がありました。しかも最も負担に感じている仕事は、小・中学校の教員とも「保護者・地域からの要望、苦情への対応」で、児童、生徒への責任感が強いからこその負担感の重さなのではないでしょか。
ところで、次のような韓国と日本の違いを示す、興味深いデータがあります。
新年早々の2017年1月6日に第一生命保険株式会社が「大人になったらなりたいもの」というアンケート調査の結果を発表しています。
この調査は1989年(平成元年)から毎年実施されてきているようで、調査対象は保育園児、幼稚園児、小学生ですから、韓国の上述した調査対象年齢より小さい未就学児童も入っていますが、小学生が含まれていますので参考にはなるだろうと思います。
これによりますと男の子の第1位は「サッカー選手」、女の子の第1位は「食べ物屋さん」でした。男の子は7年連続、女の子は20年連続だそうで、韓国の10年連続「教師」という大変現実的な職業とは大きく異なっています。韓国のデータでは男女を分けた統計としては発表されていませんが、男女とも「教師」希望が多数だからこそ第1位になっているのだと判断できます。
それでは日本では「教師」になりたいと回答した子どもの割合はどれほどかと言いますと、2011年以降、男の子では10位以内にも入っていません。「学者・博士」「お医者さん」は、この6年間でほぼ5位以内で前後しているのですが。一方、女の子では「保育園・幼稚園の先生」がこの20年間で14回も2位となっていますが、「学校の先生」(習い事の先生を含む)になりますと、20年間で3位が最高位で、しかもその回数は4回だけで、それ以外は4位以下で、時には10位に届かない年もありました。
このように韓国でダントツで就きたい職業の「教師」も、日本の小学生以下の子どもたちからは、あまり魅力ある仕事とは見られていないことは確かなようです。
こうした両国の就きたい職業感は、年齢が上がっても同様で、韓国では中、高校生になってもやはり望む職業の第1位は「教師」です。
なぜ韓国では「教師」に根強い人気があるのでしょうか。
一つは韓国の家族関係にあると私は見ています。韓国の家庭では日本に比べると、家父長制を重んじる雰囲気がまだ強く残っています。子どもはできるだけ親の考えや意見を尊重しようとするのが一般的です。ですから親が子どもに何を望んでいるのかを強く意識し、可能な限り親の希望、期待に応えようとします。
私のこうした推測を裏付けるものとして、今から約2年ほど前のやや古い資料になりますが、韓国職業能力開発院が「2014年学校進路教育実態調査資料」を公表しています。全国の小学生を含む高校生まで18万人余の希望職業を調査したもので、やはり「教師」が第1位でしたが、私が注目するのは、保護者の考え方です。同じ調査で「子どもに望む職業」という質問に、保護者の最多の回答が「教師」だったというのです。
親からすれば、子どもの将来が安定した身分の保障と生活の維持が可能な職業に就いてほしいと思うのは当然で、私の経験からも、親は日常生活を通して機会あるごとに子どもに対して将来の生活について話しているはずです。時には親自身のことであったり、時には兄弟のことであったり、そして時にはその子ども本人のことであったりと。
つまり子どもの望む職業と親の望む職業が一致したのは決して偶然ではなく、いつしか親の望みを、子ども自身が自分の望みと考えるようになって、このような結果になったのではないでしょうか。
また昨年の3月2日に公表された韓国人口保険協会が調査した「子どもに就いてほしい職業」に関するアンケート(20~50歳の既婚男女1,335人対象)では、「公務員」「医療関係」「教師」「法律関係」の順だったようです。
調査対象母数は少ないのですが、この資料からも親が子どもには社会的地位が高く、安定した仕事に就いてほしいと望んでいることがよくわかります。
そして教師に根強い人気があるもう一つの要因は、やはり教師になるような人物はエリートと見なされる傾向があるからでしょう。さらに言えば、日本では考えられないことですが、保護者からの付け届けなど、韓国の一般企業でもあり得ない副収入がかなりの頻度で期待できることも関わっていると思われます。社会的には問題視されることもしばしばありますが、現実的には保護者が教師に金品などを贈る慣習はそう簡単にはなくならないようです。
こうした点についてはすでに触れたことがありますから、これ以上踏み込まないことにします。
さて再度、韓日両国の小学生の望む職業についてもう少し触れておくことにします。
第一生命保険株式会社の2016年度調査「大人になったらなりたいもの」では、第1位が男の子「サッカー選手」、女の子「食べ物屋さん」でしたが、以下に10位までを書き出してみます。
<男の子>
1位)サッカー選手 2位)学者・博士 3位)警察官・刑事 4位)野球選手 5位)お医者さん、食べ物屋さん 7位)大工さん 8位)水泳選手 9位)電車・バス・車の運転手 10位)飼育係・ペット屋さん・調教師、パイロット
<女の子>
1位)食べ物屋さん 2位)保育園・幼稚園の先生 3位)学校の先生(習い事の先生) 4位)お医者さん・看護士さん 6位)デザイナー 7位)飼育係・ペット屋さん・調教師 8位)美容師さん 9位)歌手・タレント・芸人 10位)ダンスの先生・ダンサー・バレリーナ、ピアノ・エレクトーンの先生・ピアニスト、薬剤師さん
一方、韓国は韓国教育部と韓国職業能力開発院の「子どもの進路教育現況調査」に基づきますが、日本のように男女の区別をつけていません。
<小学生>
1位)教師 2位)スポーツ選手 3位)医者 4位)料理人 5位)警察官 6位)法曹関係者 7位)歌手 8位)パティシエ 9位)科学者 10位)プロゲーマーとなっています。
韓国と日本の小学生では希望する職業傾向はある程度、共通している点もあるようです。また社会的に話題になっていたり、マスメディアでプラス方向で取り上げられる職業に関心が集まるようです。ただ両国の子どもなりに異なる職業もあることがわかります。
韓国にあって日本に出ていない職業(10位以内) ○法曹関係者 ○プロゲーマー
日本にあって韓国に出ていない職業(10位以内) ○大工さん ○電車・バス・車の運転手 ○デザイナー ○飼育係・ペット屋さん・調教師 ○パイロット ○お医者さん ○美容師さん ○ダンスの先生・ダンサー・バレリーナ ○ピアノ・エレクトーンの先生・ピアニスト ○薬剤師さん ○保育園・幼稚園の先生
アンケートでの問いかけ方法の違いもありますので断定できませんが、日本の子どもの方が未就学児童も含まれていますので、まだ夢の段階のような職業もあり、多種多彩のようです。韓国は対象が小学生だけですので、かなり現実味が加わっているように見えます。
興味深いのは日本では「大工さん」「運転手」「美容師」など決してエリートとは見られない職業が息長く10位以内に入っていることでしょう。
一方、韓国で目を引くのが「プロゲーマー」で、遊びだったはずのコンピューターゲームが立派な職業になっていて、現在ではそのIT技能などが軍隊などでも注目されています。
子ども時代の夢がそのまま生かされた職業に就ける人はそう多くありません。それだけに幼いときの夢を手にすることができる人が一人でも多くなって欲しいと望むのは私だけではないでしょう。特に韓国では若者の就職難が深刻なだけに、どのような職業であれ自分の望んだ仕事ができることは素晴らしいことに違いありません。
現実はなかなか思うようにはなりませんが、せめて2017年の新しい年の希望として、韓国、日本の子どもたちの夢が少しでもかなえらるようにと祈ることにします。
(大妻女子大学准教授)