【追悼】仲井 富

静かなオルガナイザー 富さんを偲ぶ

後藤 正治

 1970年代、大学を出て間もなくのころであったから、半世紀も前のこと。公害問題研究会の雑誌『環境破壊』の編集にかかわった。各地に人を尋ね、レポートを書き、座談会の進行係をつとめたりもした。私の、物書き業の修業時代ともなった。
 公害研の中心にいたのが「富さん」(仲井富)。低音の艶のある声の持ち主で、もの静かな人だった。

 富さんと一緒に各地を歩き、住民運動のリーダーたちに会う日もあった。富さんは何より「聞き上手」だった。人間への興味が旺盛にあった。
 何が問題で、この人はどんな問題意識をもち、どのような方策を望んでいるのか……。言葉をやりとりする中で、問題点を整理し、要点を浮かび上がらせていく。富さんが相手を説得するような場面は一度もなかったと思う。加えて、話術にユーモアを含んでいるのが富さんの流儀だった。
 各地の住民運動団体が交流し、情報交換をする機会もあった。それぞれの個性や相違を尊重しつつ、ゆるやかな連携の輪がつくられていったが、富さんという潤滑油的な存在があって、そのような輪もできていったように思う。

 やがて、公害研の活動は終わるが、その後も、富さんとの交流は続いていった。会う機会があると、何か面白い話も聞けるだろう――そんな気持で出向いて行ったものだ。富さんは向日性の人物で、そのつど何らかの元気をくれる人だった。
 富さんの詳しい前歴は知らなかったが、往時の社会党右派の重鎮、江田三郎と同郷(岡山)で、政治活動を共にし、江田がもっとも信頼を寄せる側近のオルガナイザーだったと耳にすることもあった。ふと思う。私の人生で出会った最高のオルガナイザーもまた、富さんだった、と。

 (ノンフィクション作家)

(2024.5.20)
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