【コラム】ザ・障害者(1)

表記「障害者」の思想的意味

堀 利和
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 本号から私のコラムが連載されることになった。編集者に感謝し、読者の皆さまには私の雑文にしばらくおつきあい願いたい。コラム名は「ザ・障害者」とした。その執筆のモチーフは、一般的にかつ常識的に広く流布されている障害者観あるいは障害者問題、それぞれを根本からひっくり返して新たな地平に立って考えていただくことをねらいとしている。

 「障害者」という漢字表記が初めてわが国で使われたのは、大正時代の工場法においてであった。それ以前の歴史においては、また、今日に至るまでの呼称は、さまざまに表記されている。古くは『古事記』においてたとえば視覚障害者を「盲」(めしい)といい、律令制度では手足を失った者や両眼を失明したものを「篤疾」(とくしつ)とよんだ。

 視覚障害者だけでも歴史的には、瞽(こしゃ)、座当、盲(めくら)、按摩、盲人といった具合に、時代毎に変遷してきた。また障害者を不具、廃疾者、片端(かたわ)、そしてつんぼ、聾唖者、聴覚・言語障害者、白痴、馬鹿、精神薄弱者、知恵遅れ、知的障害者、江戸時代には乱心、気違い、精神病、精神疾患、精神障害者・・・・・・。

 障害者を障礙者、障がい者、そして国立市では最近「しょうがいしゃ」と全てひらがなで公文書に記載するとのことである。
 だが、私は、コラム名にあるように「障害者」と書く。それが私のポリシーである。確かに、それをひらがなで書くなり、障碍者と書くことには新たな問題提起となろう。けっしてそれを否定するものではない。世間で常識と思われている「障害者」をひらがななどで表記することは、大衆に対して「なぜ」という疑問を投げかけることになるからであり、その意味でも一定の効果とインパクトが期待される。
 また70年代は、告発糾弾闘争を中心に行っていた全国青い芝の会総連合会では、健常者を「健全者」と言っていた。ちなみに、国の法律には「障害者」はあっても「健常者」「健全者」はない。

 それでは、表記「障害者」について簡潔に論じる。60年代から70年代にかけての政治社会運動の中で、障害者はまさに資本主義体制によって障害者に仕立て上げられ、それは「体制論」として認識された。したがって、その立場に立つ私たちは、障害者に「障害者」「障害」者といった具合にカッコをつけ、いわゆる「障害者」と表現したのだった。しかしそれも、ガリ版刷りではいちいちカッコに入れるのも煩わしく、次第にカッコは消えていった。

 だが、その本質は今でも変わっていない。社会(資本主義社会)が「人」を障害化するのであり、「害」をアプリオリに持った人ではなくそれを持たされた人であり、その原因は社会にあり、またこの場合の「人」とはすべての人のことであってなにも障害者に限ったものではない。なぜなら、すべての人が同じ空間、同じ時間の中に存在し、差別構造はすべての人に通底する障害差別、まさに「差別構造」そのものだからである。

 しかしながら、社会が「人」を障害化するといっても、機械的唯物論に陥っているわけでも決定論に立っているわけでもない。「人」を障害化する社会を対象に、その当該社会を変革するのである。主体性論の立場に立っている。だから、あえて私は「障害者」を引き受けているのである。
 社会が変われば「障害」も変わる。障害者問題は健常者問題。世界の旅はインドから始まってインドに終わるというが、人間の解放も、障害者から始まって障害者に終わる。

 (元参議院議員・NPO共同連代表・立教大学兼任講師)


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