【海峡両岸論】

王毅外相の「正体不明船」を報じないわけ

 ~「対中弱腰」批判恐れるメディア

岡田 充

 中国の王毅外相が2020年11月24、25日の両日、日本を公式訪問した。茂木敏充外相との共同記者会見(写真)で尖閣諸島(中国名 釣魚島)をめぐり「正体不明の日本漁船が敏感な海域に侵入している」と、中国公船の「追尾」の理由を説明した発言が波紋を広げている。ところが日本の主要メディアは「正体不明船」が何を指すのか一切報じていない。「右翼の挑発」を問題視する中国の論理を紹介すれば、中国公船の領海入りを正当化したと受け取られかねないためとみられる。日本で高まる対中強硬論を背景に、「弱腰」が批判される「空気」を読んでの自粛だとすれば、「かつて来た道」を想起させる。これは軽視してはならない。

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  王毅外相・茂木敏充外相 共同記者会見~外務省HP

◆ 「やむを得ず必要な反応」と王毅

 王毅発言を中国外務省サイトから拾う。
 ―中国は釣魚島の最近の状況に高い関心を払っている。事実は、最近一時期、日本の正体不明の幾つかの漁船が繰り返し頻繁に釣魚島の敏感な海域に進入しているため、中国は必要な反応をせざるを得ないということである。この問題について中国の立場は明確で、われわれは引き続き自らの主権を断固守ると同時に三つの希望を提起する。
 1、双方が中日間の4項目の原則的共通認識を確実に順守する。
 2、敏感な海域で事態を複雑化させる行動を避ける。
 3、問題が起きたら迅速に意思疎通を図り、適切に処理する。
 中日双方は共に努力し、東中国海を真に平和の海、友好の海、協力の海にすべきである。これは中日両国人民の根本的、長期的利益にかなうものである―

 発言の趣旨は「正体不明の漁船」が「頻繁に釣魚島の敏感な海域に進入している」ため、やむを得ず「必要な反応をしている」という点にある。それは事実なのか。「謎かけ」のようなキャッチーな発言は、読者の関心を引くだけに全国紙が取り上げるべきテーマのはずだ。政治的立場が対照的な2紙が、発言をどう取り上げたかみてみよう。

◆ 「弱腰」をニュースにした2紙

 「夕刊フジ」は11月25日配信の「中国外相、あきれた暴言連発」で、「王毅国務委員兼外相が、大暴言を連発した。24日の日中外相会談後、茂木敏充外相と行った共同記者会見で、沖縄県・尖閣諸島をめぐり、中国の領有権を一方的に主張したのだ」と、まず領有権の主張を「暴言」と批判。中国が尖閣領有権を主張したのは1971年からであり、決して新たな主張ではないのだが― さらに、「菅義偉政権は(暴言を)放置するのか」と、菅政権の「弱腰」を問題視する記事に仕立てた。しかし、「正体不明船」が何なのかには、一切触れなかった。

 では「朝日」(デジタル 11月27日配信)はどうか。同紙も王毅発言に触れた後、王発言をめぐり「26日の自民党会合で批判が噴出。茂木氏に対しても『なぜすぐに反論しなかったのか』との声が上がっていた」と、茂木対応に自民党内で批判が高まっていることをニュースにしている。

 政治的ポジションが異なる両紙だが、王毅発言に対する茂木や政府の「弱腰」をニュースバリューにする点では共通し、また肝心の「正体不明船」が何を指すかについては一切伝えていない。

◆ 領海航行規制する“黙約”

 王は、菅政権誕生後初めて来日した中国高官である。「奇妙な言葉」だけに、関心を寄せない読者がいるとは思えない。産経やNHKは「正体不明船」を「偽装漁船」と意訳して報道したほどだからなおさらである。「読者は正体を知っているから報道しない」ということはあるまい。では報じない理由はなんなのか。

 日本では2020年5月以来、中国公船が尖閣領海(写真)に侵入し、「日本漁船を追尾している」との報道が目立っている。「追尾」について在京の中国関係筋は、筆者を含む全国メディア記者に対し「実際は漁船ではなく右翼勢力のデモンストレーション船」とし、「活動家が島に上陸しないよう監視するのが追尾の理由」と、日本側の「挑発」が原因との立場を非公式に説明してきた。王発言はこの非公式見解をなぞる見解だ。

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  尖閣所領略図~海上保安庁HP

 中国公船が領海に入るのは今始まったわけではない。海上保安庁によると、2008年末が初めてだが、常態化したわけではなく例外的動きだった。2010年9月7日には中国漁船が巡視船に衝突する事件が発生し外交問題に発展。そして2012年9月、日本政府による魚釣島など3島「国有化」後は、中国公船による領海・接続水域での航行が常態化し今日に至っている。

 国有化直前の12年8月には、日本や香港の活動家が魚釣島上陸を活発化させ、上陸合戦が展開された。このため日中双方とも「国有化」以降は、漁船や活動船の領海航行を認めず、厳しく規制してきた。上陸合戦の再来や、活動家の身柄処理をめぐって外交問題に発展するのを回避しようとしたからである。活動家が上陸すれば、中国が尖閣を力尽くで「奪う」口実を与えかねない、という警戒感もあった。
 中国が12年以降、領海に公船を航行させる「新たな現状」の下で、日中双方とも「領有権問題」が鋭い政治・外交問題に発展しないよう、事実上「棚上げ」する“黙約”が働いていたとみていい。

◆ 異常に増えた2020年

 このため中国海警船が「漁船追尾」のケースもまれだった。「追尾」はいつから始まったのか。「海上保安庁によると、2012年から2020年の5月8日までは、わずか6件。このうち2013年が4件、2019年は1件に過ぎなかった(小谷哲男・明海大教授 「尖閣沖で日本の漁船を狙い始めた中国海警局」Newsweek 日本版5月13日)[注1]。小谷はこのうち4件は、漁船に右翼活動家やメディア関係者が乗船。純粋な操業が目的ではなく、「漁船にメディア関係者や政治活動家が乗船していたため、中国側が過剰に反応した可能性が高い」とみる。

 しかし「追尾」は、2020年に入ると、5月8~10日を皮切りに11月7日まで「今年六回目」(朝日11・8朝刊)と急増している。「追尾」が発生するたびに、メディアは「10月11~13日に、2012年9月の尖閣国有化以降で最長となる57時間39分にわたって領海にとどまった」(日経)と大々的に報じた。
 領海12カイリの外側にある12カイリの接続水域での航行についても「2020年4月14日から8月2日まで111日連続で沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の接続水域で中国公船を確認した」(日経)と書き、南シナ海だけでなく東シナ海での中国の行動を「脅威」と伝えてきた。他の大手3紙の報道もほぼ同様である。

◆ 沖縄からの出漁は年数隻

 なぜ2020年に急増したのか。海上保安庁が規制を緩和したためとみられるが、その背景には日本政府の姿勢変化があるはずだ。これはきちんと検証すべき論点の一つだと考える。
 読者からすれば、小さな漁船が、5,000トン級の海警船に執拗に追い駆けられれば、「ゾウにアリが踏みつけられる」ような「被害者意識」を抱くに違いない。こうした報道によって、中国の「強硬外交」のイメージが増幅されていく。

 尖閣諸島周辺が好漁場であることは知られているが、沖縄本島や八重山諸島からの漁船はいったいどのくらいあるのか。尖閣諸島文献資料編纂会(沖縄)発行の「尖閣諸島における漁業の歴史と将来」(2011年 国吉真古著)によると、1970年代は年間160隻以上の日本漁船が尖閣付近で操業したが、2011年は10隻に満たない。
 理由について国吉は「漁船の小型化と少人数化により一人船長の船が増え、燃料高騰と魚価の低迷によるコストに見合わない。出漁は難しい。県内でも尖閣は遠い漁場。出漁漁船は、本島イトマン漁協が2隻、宮古伊良部漁協2隻、外に与那国、宮古本島、石垣島」と書いている。これは2011年だから、現在はさらに減り、年間数隻程度しか出漁していないことになる。

◆ 議員会館で試食会

 右翼デモ船が一体どのような活動をし、領海入りの成果を誇っているのか。それを自ら紹介する YouTube[注2]がある。デジタルTV「日本文化チャンネル桜」が2020年6月21日、「第1桜丸」と「恵美丸」の2隻に乗船し、4隻の中国海警船に囲まれながら4時間以上追跡された顛末を紹介した内容である。

 チャンネル桜代表は6月25日、衆院第2議員会館会議室で「尖閣漁業活動と中国船侵入状況報告の記者会見~尖閣諸島を護る我が国の積極的行動、周辺海域で捕れた魚のお披露目」と題する記者会見(写真)をした。2隻が持ち帰ったサカナの試食会には、下村博文・元文科相をはじめ、稲田朋美・元防衛相、山田宏参院議員ら、安倍政権の岩盤支持層である右派議員が出席した。同チャンネルは2013年にも何度かデモ船を尖閣領海に派遣し、尖閣領海での操業の正当性を訴えている。領海入りは「確信犯的」行動である。

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  「チャンネル桜」ユーチューブから

 自民党の有力議員の「支援」を得ながら、領海入りする目的は明確である。尖閣諸島は日本固有の領土であり、日本漁船には領海で自由に漁をする権利があるという主張。しかし1997年に締結された「日中漁業協定」によれば、日本と中国の漁船は、尖閣諸島の北側に設定された「暫定措置水域」での自由な操業を認められているが、尖閣領海と接続水域は両国漁船の対象外海域。日本と台湾が調印した2013年の「日台漁業取り決め」でも、尖閣領海は、操業できない。
 暫定水域内では、日中公船は自国漁船を取り締まる権限があるものの、相手国船は取り締まれない。しかし12カイリ領海内は「領海侵犯」として、相手国船舶の取り締まりを行うことができる。「追尾」をする法的根拠である。

◆ 追尾の目的

 「追尾」の目的はどこにあるのだろう。「産経デジタル」は8月2日「5月8~10日に公船が領海に侵入して日本漁船を追尾した際には『中国の領海』で違法操業」している日本漁船を『法に基づき追尾・監視』したとの見解を示した。法執行を強調することで尖閣に対する日本の実効支配を弱め、中国の領有権主張を強める狙いがあった」と書いた。筆者も同感だ。

 前出の小谷哲男・明海大教授は、一般論として ①日本が新型コロナウイルスの終息に向けて努力を重ねている中、中国がその隙を突き尖閣への攻勢を強めた ②習近平体制が国内の不満をそらすために、日本に対して強硬な姿勢を示した―などの観測があると紹介しながら、「客観的な情報を積み重ねれば、今回の事案は海警局による外国漁船の取締り強化という方針に基づいて発生したと考えられる~中略~尖閣沖で海警船が日本の漁船を追尾したのは、休漁期間中の外国漁船の取締りを強化する中で行われた可能性が高い」と見る。

 一方、「日経」は「中国、尖閣奪取シナリオも」[注3](日経デジタル10・12)という記事で、米戦略・予算評価センター(CSBA)のトシ・ヨシハラ上級研究員の「中国が米軍の介入を許さないまま、すばやく尖閣を占領するシナリオを作成している」という見立てを紹介し、それを見出しにとっているが、どうだろう。

◆ 低い軍事占領の可能性

 「中国が武力で尖閣を占領しようとしている」との見立ては何度も繰り返されてきた。しかし軍事占領は「海の孤島」への兵員・物資補給の困難さを考えれば、コストパフォーマンスに合わない。日本側が新たに灯台や港湾施設を建設するなど、実効支配を強化する動きに出れば、武力で阻止する可能性はあるかもしれない。だからこそ日中間で「棚上げ」する黙約が機能してきたのである。しかし中国が「軍事占領」する可能性は極めて低い。

 中国軍事が専門の小原凡司・笹川平和財団上席研究員は、中国側の追尾について「中国は日本との関係をみだりに悪化させたくないと考えている~中略~尖閣周辺での中国の動きは制海権の拡大を目指す従来の海軍戦略に沿ったものにすぎず、局面は大きく変わっていない」(日経デジタル 7・23)と解説する。中国側がいま強硬策に出ているとの見方には否定的である。

◆ 「力による現状変更」切り崩し

 「正体不明船」の領海入りの目的も整理する。尖閣諸島は現在、日本だけが実効支配しているわけではない。実態上は8年間にわたって日中両国が「共同管理」する奇妙な状況下に置かれている。自民党対中強硬派と右翼勢力、それに石垣市などがここにきて実効支配強化の動きを強めるのは、このまま「奇妙な状況」が続けば、日本による「実効支配」が、現実によって切り崩されるという危機感を抱いているからだと思う。

 このため12年に発足した第2次安倍政権は、「力による現状変更」に反対するため ①国際世論に喚起 ②米国政府に安保条約第5条の適用を明言させる ③高まる反中世論の利用―など、さまざまな手を打ってきた。
 菅政権が継承した「インド太平洋」(FOIP)は、国際世論喚起の一環でもある。②は11月12日の菅首相とバイデン次期米大統領との電話会談で『安保条約5条の適用対象』と明言させたことに表れている。ただし米国政府は、日本の領有権を認めず施政権を認めているにすぎない。5条適用も「日本の施政権が及ぶ」という認識からであり、「防衛公約」とは言えない。中国の台湾への武力行使について米政府が対応策を明示しない「曖昧戦略」と同じである。

◆ 習訪日反対の世論作り

 菅政権にとって最大のプラス要因は ③の「高まる反中世論」にある。「言論NPO」が11月17日発表した日中共同世論調査[注4](写真)で、中国に「良くない」印象を持つ日本人は、前年比5.0ポイント増の89.7%と、対中感情の悪化を裏付けている。しかも悪化理由で最も多いのは、尖閣での「日本領海、領空の侵犯」(57.4%)だった。

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  「言論NPO」HP

 自民党の有力議員の「支援」を得ながら、領海入りする目的は明確である。尖閣諸島は日本固有の領土であり、日本漁船には領海で自由に漁をする権利があるという主張だ。2隻が追尾された翌6月22日には、石垣市議会で尖閣諸島の字名を「石垣市登野城」から「石垣市登野城尖閣」に変更する議案が可決された。
 在京中国関係筋は、「日本の実効支配強化を狙う連動した活動。中国船の追尾を大きく報道させることによって、『横暴な中国』イメージを拡散し、習近平訪日に反対する世論作りにもなる」とみる。
 「デモ船」の領海入りは、反中世論の高まりに乗じ、中国の「領海侵入」の不当性を訴え、同時に「字名」の変更など実効支配強化を進めるチャンスと見ているのだろう。

◆ 対中強硬が主流の「新方程式」

 「反中世論」をもうすこし詳しく見たい。茂木外相は自民党内から、王毅発言をその場で批判しなかったことを「弱腰」と批判された。しかし「記者会見では議論しない」という前例を踏襲した茂木からすれば、不本意に違いない。
 この問題では日本共産党の志位和夫委員長が11月26日の記者会見で「最大の原因は、日本が実効支配している領土に対し、力ずくで現状変更をしようとしている中国側にある」とし、王毅発言について「日本側に責任を転嫁する、驚くべき傲慢不遜な暴言」と、自民党顔負けの激しい口調で攻撃。茂木対応についても「何ら反論もしなければ、批判もしない。極めてだらしがない」と批判した。
 尖閣問題に関しては、自民党右派のみならず共産党までが、中国の姿勢に強硬対応しなければ「弱腰」を批判するという「新方程式」が生まれたかのようだ。

 もうすこし長い時間軸から俯瞰しよう。前世紀まで日本世論の主流を占めていた「棚上げ論」は、2010年の漁船衝突事件の船長釈放を契機に後退し、「棚上げ」は中国にプラスになるだけで、日本に不利という対中強硬論が主流になりつつある。
 2010年は、GDP総量で日本は中国に抜かれ、衰退の一途をたどりはじめた起点でもあった。日本と中国の国力逆転が、日本人の対中観を一層厳しくさせている面も無視できない。とするならこの傾向は今後も続くとみていい。

◆ 「領海侵犯を正当化」恐れるメディア

 主要メディアが今回、王毅発言の「謎解き」をしなかった理由も、こうした世論の基調変化が背景と考えるべきだろう。全国メディアのある中国担当デスクは、「日本側の挑発が追尾の原因という中国側の主張を書けば、中国の領海侵犯を正当化したと見なされかねない」と説明する。報道すれば、右翼だけでなく政府からもにらまれると恐れているのだろうか。
 対中強硬姿勢が主流となった「空気」を読んでの自粛だとすれば、1931年の「満州事変」(柳条湖事件)以降、大政翼賛化していく日本社会の姿と重なって見える。決して大げさな見立てではない。

 尖閣諸島に対する政府の公式見解は、「尖閣は日本固有の領土であり、話し合いで解決すべき領土問題は存在しない」というもの。しかしメディアには政府が主張する「国是」や「国益」を、批判的にとらえる視点は不可欠だ。それが戦争に協力した「かつて来た道」を反省し、戦後再出発した基本姿勢のはずである。尖閣のように双方の主張が対立している場合は、なおさらだと思う。

◆ 政府の手足縛る「怪物」に

 「対中感情の悪化」は、日本政府にとって決してマイナスではないように見えるかもしれない。しかし今回、茂木外相の対応が「弱腰」と批判されたように、対中強硬姿勢を支持する世論が肥大化すると、政府の外交の手足を縛る「怪獣」になりかねない。
 ある外務省高官は筆者に対し、尖閣に建造物を構築するような「実効支配強化」の動きは、中国に対抗措置をとる口実を与えるため「逆効果」と述べた。戦前も今も、政府が「国策」「国是」「国益」を決めると、これに協力するようメディアに圧力を加えることはあったが、空気を読んで忖度し自粛するメディアの自己規制こそが、大きな役割を果たしてきた。王毅発言へのメディア対応を過小評価すべではない。

 王毅発言について、朱建栄・東洋学園大教授は「中国側がやむを得ず反応(追尾)しているという部分がポイントです。緊張をこれ以上エスカレートさせないためにも、日本側は行動を慎むべきです。中国は、正常化しつつある中日関係を悪化させたくないのが本音」と見る。
 「領有権問題」が外交問題になっているケースでは、実効支配している側は一方的な実効支配強化の動きを慎むことが求められる。そうしなければ、相手側の反発を呼び、鋭い外交問題に発展しかねないからである。3島「国有化」は、中国側からすれば、日本政府の「実効支配強化」と受け止められた。だからこそ中国は、激しく反発しただけでなく、「意趣返し」として、公船による領海航行を定期的に行い、「新たな現状」作りに乗り出したのである。

◆ 「4項目共通認識」で棚上げ主張

 王毅は記者会見で「三つの希望を提起する」とし、「双方が中日間の4項目の原則的共通認識を確実に順守する」を第1に挙げた。これは第2期安倍政権下で初訪中となる直前の2014年11月、当時の谷内国家安全保障局長と楊潔篪国務委員による協議で合意した「4項目合意文書」の第3項を指す。
 それは「双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」と書く。

 中国側からすれば、「話し合いで解決すべき領土問題は存在しない」という日本の主張に風穴を開け「異なる見解を有している」ことを日本側に認めさせたとの解釈が可能。一方、日本側からすると、文言は「尖閣諸島など」と書いただけで、「異なる見解」とは、「尖閣領有権に関する表現ではない」との反論が成立する。典型的な「玉虫色」外交文書だ。
 第3項言及は、日本側は「正体不明船」を領海入りさせる実効支配強化の動きを停止し、領土問題では引き続き「棚上げ」黙約に戻ることを求める狙いが込められている。

 王は第2に「敏感な海域で事態を複雑化させる行動を避ける」とも主張した。中国政府は20年7月上旬、中国政府に対し日本漁船の領海入りを止めさせるよう要求したが、日本政府は即座に拒否したとされ、改めて日本に検討を求めたものである。

◆ 関係改善の最大の障害に

 トランプ政権は世界に、「米国か中国か」「民主か独裁か」の選択を迫る新冷戦イニシアチブを仕掛け、各国とも二択思考へと誘う「落とし穴」のトリックにはまった。安倍外交を継承した菅政権は「米中バランス外交」を掲げてはいるものの、対中スタンスは依然として定まっていない。
 出口の見えない尖閣問題をこじらせることは、日中双方にとり何のプラスにならない。冷静に考えれば、尖閣問題では「棚上げ」以外の選択肢はない。バイデン米政権の誕生で、米同盟国は米国の主張に一方的に従うのではなく、中国カードを「ヘッジ戦略」にしようとする動きがうかがえる。ドイツなど欧州諸国、ASEAN諸国などだ。

 コロナ禍に一区切りつけば、「インバウンド」再開の中心になるのは、中国からの観光客である。しかし尖閣問題がこのままでは、「関係改善の軌道に乗った」日中関係を前進させる、最大の障害になるかもしれない。

[注1]「尖閣沖で日本の漁船を狙い始めた中国海警局」(Newsweek 日本版20年5月13日)
 (https://www.newsweekjapan.jp/kotani/2020/05/post.php
[注2]「チャンネネル桜」ユーチューブ
 (https://www.youtube.com/watch?v=yWLZgw-ouZw
[注3]「中国、尖閣奪取シナリオも 海保の2倍の公船で圧力」
 (https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64894520S0A011C2SHA000
[注4]「第16回日中共同世論調査結果」
 (https://www.genron-npo.net/world/archives/9354.html

 (共同通信客員論説委員)

※この記事は著者の許諾を得て「海峡両岸論」121号(2020/12/09発行)から転載したものですが文責は『オルタ広場』編集部にあります。
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