【投稿】

有閑随感録(62)

矢口 英佑

 最近、神保町界隈でもいくつか見かけるようになっているのが「シェア型書店」と呼ばれる書籍を売る店である。「シェア」とは分担する、共有する、分配するといった意味があることからシェアカー、シェアハウス、シェア自転車などはすでによく知られているし、この4月からは、大都市や観光地でのタクシー不足、運転手不足を補う仕組みとして、一般のドライバーが自家用車を使って客を乗せる「ライドシェア」が始まっているのは記憶に新しいところだろう。

 さて、このシェア型書店だが、棚貸し本屋、ブックマンション、ブックアパートなどとも呼ばれていて、1店舗を1書店として営業するのではなく、多数の人がそれぞれ一つの棚(あるいは複数)を借りて運営している書店である。つまりその一つの棚が借りた棚主の「本屋」となるのである。

 店舗全体を所有、あるいは管理するオーナーがいて、このオーナーの収益は、本の売り上げではなく、棚主が毎月納める賃料となる。つまり、本がまったく売れなくても、オーナーは棚主が賃貸契約を解除しない限り、月々の収入は保証されている。また本が売れた場合には、棚主は一定の金額をオーナーに支払う(金額は、それぞれの店舗(オーナー)によって異なる)のが一般的である。したがってこのような形式の書籍を販売する店舗を書店と呼べるのか疑問が残り、「シェア書店」という呼称も「棚主」から見てのものなのだろう。いずれにしても「書店」の名称がしっくりこない。

 従来の書店は日本独特の再販制度によって委託販売が定着している。書店は基本的には直接出版社から仕入れるのではなく、取り次ぎ会社(日販、トーハン他)の仲介で書籍を店頭に置いている。そのため、さまざまなジャンルの本が置かれることになる。しかし、書籍の選択は取り次ぎ会社が行ない、書店はそれらを店頭に並べているに過ぎない。売れなければ収入はゼロで再び取り次ぎ会社を通して出版社に返品される。返品に際しては書店側に費用の発生はない。
 かりに1冊1000円の本が売れたとすると、出版社が60%、書店が20%、取り次ぎ会社が10%、著者が10%と分配されるため、書店の利益は200円だけで、収益率は決して良いわけではない。理由はそれだけではないが、全国から書店が姿を消してきていて、大雑把に言って、この20年間で全国の書店数は2万店以上から1万店を割り込んでしまっている。出版文化産業振興財団が2022年に公表した全国自治体無書店率によれば(小田光雄著『出版状況クロニクルⅦ』論創社より)、沖縄県56.1%、長野県51.9%、奈良県51.3%、福島県47.5%、熊本県44.4%、高知県44.1%、北海道41.5%で、東京都でも11.7%、神奈川で18.2%に上っている。全国の市町村で書店が1店舗もないのが26.2%にもなってしまっているのである。

 古書店街として知られている神保町界隈からは、その古書店までもが少しずつ姿を消してきていて、本が売れないのは新刊本だけではなくなってきていることを教えている。
 こうした状況の中から登場してきたのが「シェア書店」とみていいだろう。
 「棚主」は一定額の申込料と月額賃料を支払って30センチ四方(あるいはもう少し大きめ)の箱形式の棚を自分の書店として使うことになる。それぞれが書店名をつけたりしているが、その屋号はさまざまのようである。出品する書籍は「棚主」の自由で、価格も「棚主」が決めることになるが、せいぜい2〜30冊程度までしか置けない。それでも一国一城の主になった気分にはなれるだろうし、書店を持ちたかったという夢をほんのわずかな出費でかなえられるため、「棚主」となるのを待たなければならない店舗もあるようである。
 都市圏でこうした形式の店舗が増えてきているそうだが、神保町界隈では目指す書籍を買いに出掛けてくるというより自分にとっての掘り出し物を求めてくる人が多いだけに店内を覗く人はそれなりに多いようである。

 ただし、「棚主」が大きな利益を上げることは難しく、むしろその他のメリット、例えば足を運んでくれた人びととの交流や同じ趣味を持つ人との会話を楽しむといったことに重きが置かれないと「棚主」として長続きしないかもしれない。もっともこうした楽しさは古書店の親父さんとも味わえるのだが。

 このような店舗に足を運ぶ人びとの心理は、デパ地下のさまざまな種類の惣菜が並んでいるのを見て回り、気に入った惣菜を購入するのに似ているのかもしれない。デパ地下では味見をさせてくれるが、こちらはそうはいかないので、自分で手に取って内容を確かめることになる。そうすることで、その「棚主」の趣味や読書傾向がわかり、手に取った本との距離が縮まるかもしれない。
 ただし、「棚主」側からすると、手に取られた本に汚れや破損が生じる可能性もあり、そのような本の状態の管理、品質の保持も必要になるだろう。また、盗難などのリスクも避けられないため、たとえ小さな箱の「書店」とはいえ、管理・運営をおろそかにできない。
 そして出版社との関係で言えば、「シェア書店」が増えても出版社にとっては売上にはほとんど関わりがない。言い換えれば、出版社の儲けにはまったくと言っていいほどつながらないのである。
 私が「シェア書店」の名称がしっくりこないと前述したが、出版社からはもっと明確に「書店ではない」という声が聞こえてきそうだ。

元大学教員

(2024.5.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧