【北から南から】中国・吉林便り(11)

映画“君の名は。”が中国で公開

今村 隆一
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 既に本格的な冬の寒さに襲われている吉林です。最低気温も12月13日に今季最低の零下23度を記録しました。吉林の街部では今年の初雪が10月22日、去年と一昨年が11月8日と11日だったことからも、冬の到来は例年より早かったことになります。今年の冬は外気温が低いばかりでなく、11月18日は気温の急な低下で、吉林では至る所でアイスバーンとなりました。と言うのはその日昼過ぎ、3年生の学生から電話があり「大学構内の地面が凍って多くの人が転んでる。先生は足が悪いので危ないから3時からの授業を休みにしては」というものでした。
 学生の提案に素直に同意し、授業を休みにして、4時前スーパーに豆腐でも買いに行こうと団地の通路に出たら、足元は凍っていてアイゼンをはかないと歩けない状態で、すぐに家に舞い戻りました。住まいの近くでこれほど全面的に凍ってるのは、初めての経験でした。
 直ぐにスマホの画面で、路上で通行人が転んでいたリ、4本足の羊が道路横断で転んでいたり、吉林近郊の高速道路では複数の車両の衝突事故が多発している動画を見、異常事態を知りました。少し雨が降りその直後急激な気温低下で、道路の表面に残っている水が凍ったのです。雨の後急激に気温が低下し凍ってしまう、最も危険な状態となりました。

 一方こちらの気温の低下は空気汚染を伴うことが多いようです。吉林はまだ良いようですが、ニュースによるとハルビンや、北京、天津など都会ほど空気汚染が酷いようです。
 吉林に住んでいて最近特に冬になると、鼻糞が毎日確実に溜まっていて、鼻の洗浄が欠かせません。鼻糞は夏よりも冬の方が多く溜まります。石炭を燃した臭いが鼻を突きます。
 また、こちらのTVニュースで内容がこれまでと変わったと感じることは、空気汚染と水質汚染、薬害、振り込め詐欺、独居老人、横断歩道前の自動車の一時停止等、社会問題を取り上げることが多く、視聴者への訴えが多様化してきたと思えます。変わらないところは国のリーダーの外国訪問や国内での外交対応と会議、国務委員の地方訪問視察と現地交流の多さなどです。
 勿論世界各国のニュースは頻繁に報道されておりますが、日本と違うのは、中国では外国についての情報提供量が多いばかりでなく、その報道も映像を含め中国人記者が現地から報道していることが分かることです。私は他の国での外国報道がどのように取材されているか知りませんが、日本のマスコミは自ら取材しているのでしょうか? 外国のニュース取材は「共同通信」なのでしょうか? 外国または社外記者の報道を流しているのでしょうか?

 さて「アニメーション映画“君の名は。”が日本で大ヒット、中国でも公開」のニュースはおそらく日本の映画ファンは誰も知っているでしょう。12月1日は日本における映画産業発祥(日本初の有料公開)を記念する日として1956年に制定された「映画の日」。映画“君の名は。”は12月1日行われたゴールデングロス賞授賞式で日本映画部門の最優秀金賞を獲得しています。
 中国大陸では香港が11月24日、武漢、重慶、青島、西安、南京、上海、杭州、深セン、広州、成都、大連などの11都市が11月26日、吉林やその他の都市は12月2日から一斉公開でした。私は週末連休初日、12月3日朝一の10時開演で家から最も近い距離、バスで約10分、降車後徒歩5分でショッピングモール「新馬特(シンマータと発言)」の4階にある「大商影城」と言う映画館で鑑賞しました。
 チケットは今年から漢語作文を担当しているGX先生が前日にスマホで2人分を予約、入場料は通常50元(900円)が20元(360円)となりました。GX先生は長春にある吉林大学の大学院卒業後、今年から北華大学の対外漢語センターで留学生の漢語指導を始めた最も若い先生ですが、これからも北華大学にいるかどうかは不明です。つまり常勤ではないのです。

 彼は初めて会った時、私のような高齢者が外国語を学習することの困難を挙げ、尊敬に値すると伝えて来て、私への気配りはとても温かいものがあり、授業では終わる直前にいつも「分かった?」と確認の念を押してくれるほど熱心です。宿題も多いため、ありがたくもあり、やや、やっかいでもあります。
 映画鑑賞後の昼食は2人で1階の看板に「熊本ラーメン」とある店で「きのこラーメン」1杯31元(600円)と焼き餃子一皿6個19元(340円)をとり、雑談するなかで、彼は作品と合わせ日本人や日本への関心の高さを述べておられました。見た映画の感想は2人とも同じで「ストーリーは特別に良いと言うものではない」でした。ただ彼の友人はほとんどこの映画を見ているそうです。
 ラーメンの味はマアマアでしたが量が少ない感じでした。私の知る限り中国の日本料理店と言えば、メニューは何でも値段が高価で味は大した事がないのが私の評価です。店主は日本料理なら高くても良い、儲かれば良いと思っているのでしょか? 実際長続きする店は少ないようですが長く続いている店もあります。そんな店は味がマアマアだからでしょう。私が日本料理店に行くときは中国人または韓国人にごちそうする時だけで、一人で行くことはありません。なお、金額の元は人民元、為替は変動相場なので本便りでは現時点での1元は18(日本)円で換算しています。

 映画館での映画鑑賞は久しぶりでこの日で2回目。1回目は2011年6月30日に市中心部にある「吉林劇場」という大型映画館で中国政府肝いりのプロパガンダ映画“建党偉業”を見て以来です。その時は吉林の映画館は初めてでもあり物珍しさもあったのですが、金懸けて作った、中国共産党建党を自画自賛し強調した華やかさだけが記憶に残った作品だったような気がします。今年は中国人民解放軍成立90周年を記念した映画“建軍大業”が製作中とのことです。
 今回、ネット予約でチケット購入ができればよかったのですが、私は銀行口座から引き落としできるように以前手続きは取ったのですが、今回はインターネット上で口座利用者名か暗証番号を間違えたのか、上手く出来なかったのです。こういう時は焦らず、次の機会に挑戦することにしていいます。吉林では私は急用でない限り事が成就しない時は時間をかけて成功を目指すことにしています。

 この映画“君の名は。”の中国プレミアセレモニーには、監督である新海誠監督が北京に、そして中国のアニメ製作関係者や学生の他アニメファンと交流したことが11月21日人民日報で報じられました。私は日本語授業では大学から指定された教科書に従って指導していて、途中自分で日本の新聞記事や雑誌、人民日報日本語版などを副読資料として活用しています。中国人学生にとって一番の感心事、刺激的な事、知らなかった事以外、私が彼らに伝えたいと思っているものなどを注入するようにしています。
 これまでに接してきた中国人学生や一般人に日本に関心を持ったキッカケを聞くと、決まったようにアニメや映画だと回答されます。そして学生に卒業後何になりたいか、を問うと学校の先生が一番多いのですが、2番にアニメ関連の仕事をあげる人が多いのです。

 私が吉林に来たばかりの頃の学生は1980年代生まれでしたが現在は1990年代です。以前の人は日本の映画や歌に触れる機会が多く、アニメと言うより漫画でした。『鉄腕アトム』、『一休さん』、『ちびまる子ちゃん』初め『ドラえもん』を経て、最近までは『未来少年コナン』、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』、『魔女の宅急便』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』、『崖の上のポニョ』、『風立ちぬ』に代表される宮崎駿作品と言えます。日本は中国にとってこれまでアニメ大国、アニメ先進国でした。
 中国のアニメ関係者にとって“君の名は。”の新海誠監督が中国に来て、中国のアニメ技術を高く評価したことは、タイミングが良く自作品の宣伝効果と共に今年最大の日中民間外交として評価できることではないかと思います。

 その新海監督のことを私は3年生の日本語授業に取り入れました。授業では映画のストーリーには全く触れず、監督が何故この映画を製作したのか、どう表現したかったのか、を焦点にしました。また私の愛読誌「週刊金曜日」9月16日1104号では“シン・ゴジラと核”を特集しましたので、ゴジラシリーズ29作目の作品“シン・ゴジラ”の映画作品の出演スタッフと庵野秀明脚本・監督、樋口真嗣特技監督らのコメントを副読本にしました。映画タイトルのシンは「新・真・神・Sin(罪)」の意味、そして“君の名は。”と“シン・ゴジラ”の双方の監督には2011年3月11日の東日本大震災が本映画製作に最も大きな影響を与えたことを、そして日本政府の原子力発電所政策と放射能による大気と水質汚染について、授業をしました。
 今学期の3年生は3クラスあり、2クラスのテキストには自然環境保護と都市環境が多くの頁に費やされておりましたので、今学期終了間近になって授業に日本映画に係わる題材で授業できたことは、私にとっても時宜を得たと感じています。

 副読本日本映画シリーズ第3回目はやはり映画監督の「滝田洋二郎」さんの映画作りにおける苦悩、喜びについてでした。2008年滝田作品の“おくりびと”は中国でも多くの人が見、高い評価を得ていると思えます。会ったばかりの人もまた当然知己の人も本作品を誉めますし、3年生の男子学生からも「見たことあります、とても良かったです」と伝えられました。滝田さんは某新聞社のデジタル版「苦悩の先にある喜び。それが映画作りの醍醐味」の中で「いつかヨーロッパや中国など海外の人たちと、一緒に映画を作ってみたいと」と語っております。私にとって映画鑑賞は趣味の一つにすぎませんが、吉林に来てから、日本映画がいかに中国の人々に心地好い影響を与えたのか、それが現在も脈々と続いていることを実感しています。

 12月3日の朝10時開演前の入り口では、多くの若者がスナック菓子を買うのに並んでいました。“君の名は。”の上映館内の席は、朝一番なので人はあまりいない筈と予想したのに約130席の半分が埋まっていましたので、その日の上映回数14回で一番最初でしたからその後はもっと多い筈です。大商影城には4つの上映会場があり、人気のある映画は4会場の開演時刻を30分または1時間ずらして開映していて、他の3種の上映映画は上映回数が少なくなっていました。なお、“君の名は。”のチケット代は正規では50元、ネット予約では3日は20元だったのが、その翌日4日には28元になっていました。予想以上の人気だと言えます。

 文化大革命が終わった1978年に、当時中国の代表指導者だった鄧小平さんが日本に行った時と同じ年に、高倉健さんと中野良子さんが主演で佐藤純弥監督の1976年日本映画作品“君よ憤怒の河を渡れ”(中国名は“追捕”)が中国本土で上映されました。当時8億人の中国人が見たと言われています。その当時はまだ知られていなかった日本の町と日本人の生活をスクリーンに見た中国の人たちは驚きだったと知人から聞きました。それは日本への好感になり中国で日本の人気が急上昇していったのでした。
 このように映画は中国人と日本人の心を結ぶうえで大きな役割を果たしてきたと言えるのではないでしょうか。
 私には中国映画の素晴らしさも吉林に来たからこそ知ることができました。中国映画については、別の機会に触れたいと思います。

 ところでこの“君の名は”を公開前に見たと言う学生がいました。公開2週間前でしたか、私のスマホに、ある3年生の男子から「先生、あの映画見たいですか」と尋ねられ、間もなく公開の映画を何故見たいですか、と尋ねるのかなぁと思いましたが、急ぐことでもないので放っていたのですが、彼らは海賊版を見たのでした。金を払ってPCにダウンロードしたのか尋ねると金は使っていないとのこと。海賊版のことを中国語で盗版(ダォバン)と読んでいます。権利侵害としてかなり広範かつ大量にこれがまかり通っていることは、よく聞く話です。市販されているDVDも多くが盗版のようで、顧客には見分けが着きません。
 「海賊」の名称は船を襲ったり、海賊版による不正なコピー商品を販売したりする悪者のイメージが強く、肖像権を含む知的財産権の侵害は日本では厳しく取り上げられますが、中国でも最近やっと問題視されてきました。しかし自由なネット活動は保障されるべきだし、インターネット規制や、巨大資本による情報の独占に問題があることにも気付くべきだと感じています。
 何といっても、スマートホンの普及は眼を見張ります。私もそれまで使っていた物が電池故障で、8月に新しくしたのですが、機能も多く慣れるまで苦労しましたが便利です。回りの人は皆、一日中うつむいています。情報化社会、世界も私たちの生活も今後どう変わっていくのでしょうか?

 (吉林市在住・日本語教師)


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