【北から南から】

ミャンマー通信(17)

中嶋 滋


●憲法改正署名300万筆を突破

 前号で報告したようにNLDと「平和と開かれた社会を求める88世代」は、憲法改正を求める署名活動を展開しています。その主たるターゲットは、軍人議席を規定する第436条にあります。現行憲法は、その改正には国会で4分の3を超える賛成が必要であると規定していますが、国軍最高司令官が任命する軍人議席が全体の4分の1を占めているため、国軍の賛成がないかぎり憲法改正はできない構造になっているからです。この構造を変えなければ、大統領の資格要件に関する不当な規定を改正することは出来ません。第59条f項の外国籍の家族がいる者は大統領になりえないとする規定は、1988年の民主化闘争以降のミャンマーの歴史が示すように、ただアウンサンスーチー氏を大統領にさせないことを目的にしたものです。この規定を変えさせない仕組みが第436条に他なりません。この他にも、国防、内務、国境の3重要大臣が大統領でなく国軍最高司令官によって任命されるという規定も憲法にあります。これらは明らかに国軍の影響力を不動のものとして確保しておくための装置です。それを変えることを不可能にする規定が第436条で、この改正なしには民主化の進展はありえないわけです。

 この第436条を改正するためには国会で4分の3を超える賛成が必要ですから、その状況を突き崩すのは国会外の力=「世論」しかありえません。NLDと88世代の憲法改正キャンペーンには、そうした決意が感じられます。それが300万筆を超える署名を集めた成果に繋がったと思われます。
 これに対して与党側は、当然のことなのでしょうが、冷ややかな反応を示しています。例えばトラシュエマン下院議長。彼は与党USDP(Union Solidarity and Development Party)の総裁で次期大統領就任の意欲を公然と表明していますが、「国会での憲法改正手続きに何ら影響をあたえるものではない」と300万筆を超える署名の意義を真っ向から否定する見解を明らかにしています。7月19日に署名が国会に手渡されることになっていますが、それがどう扱われるか、憲法改正を求める運動が今後どのように展開されるか、引き続き注視していきたいと思います。

●依然として深刻な児童労働

 6月12日、ミャンマーでも児童労働撲滅のための世界デーの行事が行われました。昨年12月にILO182号(最悪の形態の児童労働の即時撤廃)条約を批准して初めての取り組みでした。児童労働は依然としてミャンマーでの最も深刻な社会問題の一つで、日常的に目にします。いうまでもありませんが、教育の実態と密接にリンクしています。今年の4月から小学校の5年間と中学校の4年間が義務教育とされるようになりましたが、9年間の教育課程を全うする生徒が少数である実態が急に変るわけではありません。義務教育課程の途中でドロップアウトする子どもの大多数が児童労働につくわけで、背景にある貧困問題とともに教育制度の抜本的改善抜きに、この問題の解決はあり得ません。また平和の問題とも不可分です。ILO連絡事務所が指摘しているように、紛争地域での児童労働は少年兵使用など深刻な事例が圧倒的に多いのです。

 ミャンマーでは6千万人余りの人口の内26%にあたる人々が、1日2米ドル以下で暮らしています。貧困が子どもたちを建設業などの危険な労働に追い立てています。家庭の貧困が子どもたちを教育からも必要な栄養摂取からも引き離しています。経済的な格差が拡大する中で、そのダメージは、貧困層の子どもたちを集中的に襲っています。貧しい親たちの収入の向上をいかに実現していくか、同時に教育制度の改革を通じて子どもたちへの教育を保障するか、これらに対して政府は、必要な措置を緊急に執ってはいません。政府をしてそうせしめることは、労働組合運動にとって喫緊の課題のはずですが、顕著な動きは見つけられません。

●収用地返還の闘い

 ヤンゴン市役所の前に独立記念塔が建つちょっとした規模の公園があります。最近整備工事が終わりヤンゴン市民の憩いの場の一つになっています。その公園に沿った歩道部分に既に3ヶ月以上にわたって座り込みを続けている人々がいます。軍政時代に土地を強制収用された農民らが、主都移転前まで最高裁であった現高裁の建物に向かって声を届ける位置に陣取って座り込みをしているのです。この座り込み行動を組織し支援しているのは、「平和と開かれた社会を求める88世代」です。雨期になって時折激しい雨が降る中で、ビニールシート張りの座り込み場所に掲げられている横断幕は、「補償はいらない!土地を返せ!」、「土地は生活そのもの。土地は命だ。」と主張しています。

 このような土地をめぐる農民を中心とする元地主たちの闘いが各地で展開されています。その中には経済自由化の進展に伴って都市開発が急激に進み「不動産バブル」状態になっているなかで起っている問題もあります。例えば、主都移転前に国軍の宿舎などの施設が集まっていた場所での商業施設建設に絡んだ問題があります。その土地の一部を国軍が不動産業者に売って再開発がはじまったのですが、国軍による収用以前の土地所有者が「真の所有者」の権利が無視・侵害されたとして裁判沙汰になっています。つい最近、マンダレーでも1500人以上の農民が近郊の農村から集まり、政府や民間企業によって収用された約30万エーカーの土地の返還を求めてのデモが行われています。

 これに対して、デモなど抗議行動を組織・指導するリーダーたちを、集会・デモを平和裏に実施することを求める法律に違反するとして逮捕・拘留する弾圧の動きが露になっています。軍政時代の土地収用が有無をいわせない強権的なものであっただけに、農民を中心とした旧土地所有者への返却あるいは補償など適切な対応が求められています。今年年末の補欠選挙や来年11月の総選挙に向けて、対応内容が多くの農民票の行く方に大きな影響をあたえる可能性が高いだけに、政府側は苦慮しているのが実態であろうと思われます。

●労働組合の組織状況

 現テインセイン政権の下で労働組合の組織化が合法化されて2年、主要な労働組合運動指導者が25年にわたる亡命生活から帰国して1年半が経とうとしています。この間に、他に例を見ない程厳しい登録制度の下で1,143(7月10日現在)の基礎労働組合が組織されたことは、一定の評価をなしうるものだと思っています。

 ミャンマーの労働組合組織法では、基礎労働組合(企業・事業所毎に30名以上で結成)、タウンシップ・レベル組織(市・特別区に概ね匹敵する行政単位毎に同一産業分野の基礎労働組合を複数結集しタウンシップ内のその同一産業分野の労働者の10%以上が参加し結成)、管区・州レベル組織(管区・州内の同一産業分野のタウンシップ・レベル組織を複数結集しその同一産業分野の労働者の10%以上が参加し結成)、産業別ナショナル・フェデレーション(同一産業分野の管区・州レベル組織が複数結集しその同一産業分野の労働者の10%以上が参加し結成)、そしてコンフェデレーションとしてのナショナルセンター(産業別ナショナル・フェデレーションを複数結集し全労働者の10%以上が参加し結成)と、5層構造の組織づくりが登録制度の下で求められています。この登録制度とくに10%要件は結社の自由違反であるとして改正要求が出されていますが、改正の目途は立っていないのが現状です。

 ミャンマーの労働組合組織法の特徴の一つに、10エーカー以下の自作農は労働組合を結成する権利が保障されていることがあります。労働者人口の65%以上が農民であるといわれる状況ですから、意義のあることではあるのですが、労使関係はないわけですから、他産業の労働組合とは異なった活動が求められるのは致し方ないことです。
 ITUCの加盟組合であるFTUMの組織化状況(7月10日現在)を見ますと、次のようになっています。

(1)農業労働組合    451組合、23,376名
(2)工業労働組合    39組合、8,811名
(3)交運労働組合    27組合、3,324名
(4)建設・木材労働組合 18組合、1,133名
(5)水産加工労働組合  5組合、319名
(6)メディア労働組合  2組合、62名
   合  計     552組合、37,025名

 先に触れたように登録労働組合全体が1,143ですから、FTUMの加盟組合は全体の50%近くに達していることになります。確かな数字は分かりませんが、登録労働組合の約20%は会社側が組織したいわゆる「御用組合」で、有名無実な存在だといわれています。それが事実に近いとすれば、FTUMは実質的に過半数をはるかに超える組織化を成し遂げていることになります。
 しかし上記の組織化状況に明らかなように、農業労働組合が全体の80%以上を占め、郵便、通信、教員、公務員、医療、福祉などの分野が全く組織化されていません。この限界を早期にいかに克服するかが、ミャンマーの労働組合運動の当面の最重要課題であることは間違いないと思います。

 (筆者はヤンゴン駐在ITUC代表)


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