【コラム】海外論潮短評(112)

地球的水不足時代の到来
―貧困な水資源管理が危機を深化―

初岡 昌一郎


 英週刊誌『エコノミスト』2016年11月5日号が、そのブリーフィング(解説)欄で「流動性危機」を取り上げている。このリクイディティ・クライシスは金融危機に引っ掛けた表現だが、それよりも深刻な水資源の危機を指している。また、同号の論説欄では「ドライ・ファクツ」というタイトルで、世界的水不足時代の到来に警笛を鳴らしている。

 論説欄の冒頭に掲げられた地図によると、2040年までに深刻な水不足に悩む地域として中東、北アフリカ、中央アジア、イベリア半島(スペイン・ポルトガル)が挙げられている。また水不足が顕在化する地域として、中国、アメリカ、インドの3大国をはじめとして、イタリア、オーストラリア、ギリシャ、インドネシア、チリ、アルゼンチンなど多数の国が指摘されている。

◆◆ 水はタダではない ― 水の政治経済学

 イギリスの詩人オーデンは「多くの人は愛情なしに生きているが、水なしに生きている人はいない」といった。彼が云わなかったのは、多くの人が「命の水」にお金を払うのをひどく嫌っていることだ。水は権利だからタダでよい、と考える人もいる。特定企業や利益集団に水を安価に供給させるために政府に圧力をかけるロビー団体も存在する。こうしたことが、本来なら回避できる、主な水の浪費を途方もなく拡大している。

 水は地球の3分の2以上を覆っている。水は利用されも費消されることなく、リサイクルするはずだ。それなのに何故今世紀中葉には人類の半数が水不足地域に住むことになるのだろうか。他のところでは、利用できる水資源を持続不可能な量で浪費し続けているのは何故だろうか。

 水不足の一因は、世界の人口が増え続け、且つまた富裕化に伴い水の使用量が拡大していることによる。もう一つの要因は気候変動だ。これが水分の循環を加速化し、湿潤な地帯をさらにウエットにし、乾燥地帯をさらにドライにしている。もっと多くの問題が水資源管理の貧困やミスから生まれている。温暖化する世界に対応するには、水を如何に効率的に配分・利用するかがカギとなる。

 人は一日に2、3リットルの水を飲めば足りるが、農作物の栽培には大量の水が要り、増加する豚肉や牛肉の需要に対応する家畜の飼育にはさらに莫大な水が必要だ。農業が水の70%を、残りのほとんどを工業が利用している。農民と企業経営者の政治的な影響力が強いので、その水利用に対して僅かな対価しか支払われていない。水道料は経常費用に基づいているが、インフラ投資を反映させていないところがほとんどだ。

 多くの場合、地下水の収奪に対しては一銭も支払われていない。インドでは灌漑用水の3分の2がタダで地下から汲み上げられている。人は安すぎるものを大切にしない。例えば、中国の工業は先進国に比較して10倍以上の水を一単位生産当たり使っている。また、カリフォルニアのような乾燥地帯でアボカドの栽培に大量な水を使っているが、湿潤地帯で生産し、輸入するほうがはるかに効率的かつ安価だ。水利用を最適化する方法の一つは料金の適切な設定である。これが濫用を抑制し、供給のためのインフラに投資を促進するインセンティブになる。

◆◆ 水資源の危機 ― 限界に達する供給と野放しの水浪費

 水を調達する場合、それがいつ、どのような状態で入手できるかによって問題が大きく異なる。地球上の水の93%は塩水で、残りの真水は雨水で補給され、地下水として貯蔵されている。水の豊富なところにかつては居住していた人類が、今日では他の経済的要因によって水の十分ない場所に住むようになっている。これまで水が十分あったところでも、豊かになるにつれ水消費量が増え、使用した量が補給できなくなっている。

 問題をさらに悪化させているのが、水をタダのように濫費する傾向がいまだにあることだ。コストに見合う料金を設定しているところが少ない。政治家は天から降ってくるものから金をとることに及び腰で、課金が人為的に低く抑えられている。収入が少ないので、水資源確保と効率的な供給のためのインフラ整備投資が十分に行なえない。

 例えば南アフリカでは、一般家庭にたいする一定量の水が無料である。スリランカでは1立方メートル当たりの料金は約5円と名目的なものである。他方、水の保全に真剣に取り組んでいる、オーストラリアのアデレイド市では1立方メートルの水は約200円する。グローバルに見て、水道インフラ投資が極度に不足している。世界経済フォーラムによると、2010年から向う30年の間に、水資源確保の投資に不足する資金は26兆ドルの巨額に上る。

 多くの国で地下水を好きなだけ汲み上げることができるのは、規制がザルであるか、全然行なわれていないからだ。近年、農民による地下水利用が急増している。これにより従来耕作不能であった土地から大量の穀物を安定的に供給してきた。しかし、これは持続不可能だ。世界の地下水帯の約5分の1はすでに過剰な利用により枯渇気味で、それが汚染を招いている。過剰な汲み上げが地下水帯を構成している粘土と砂の地層を崩壊させ、補給・保水能力を低下させている。

 現在74億の世界人口は、今世紀半ばには100億に達する。人間の飲む水は比較的少ないが、人間を養う農業が供給された真水の70%を使用している。1キロの小麦の生産には1,250リットルの水が、1キロの牛肉にはその12倍が必要だ。2050年までに増加する人口の食欲を賄うためには、農業生産を約60%増加させなければならない。これ自体の可能性はさておいても、食料増産のために水不足がさらに激化するのは、深夜に火を見るよりも明らかである。

 貧困国の開発が進むにつれて、21世紀前半の50年間に電力需要は400%増加すると予測される。石炭、繊維、化学など水需要の大きな産業が隆盛なのは、中国、インド、オーストラリア、アメリカなどすでに水不足の国である。工業は水不足を生む要因であるだけでなく、水質汚染によって飲料水の供給を制約する。中国では、工業の発展と不十分な環境管理のために水利の3分の1以上が汚染されている。

◆◆ 水不足を加速する気候変動

 気候温暖化が水の蒸発、凝縮液化、降雨のサイクルを加速すると予想されている。大洪水と旱魃の両方が激化し、貯水と地下水補給がスムースにゆかなくなる。気温が一度上昇する毎に空気中の湿度が7%上昇するので、局地的豪雨の危険が増し、乾燥地も突然の激流に見舞われる。このような変動は水質を悪化させ、保水能力を低下させる。

 温暖化による降雪量の減少が山岳地地帯で夏季の雪解け水を乏しくし、カリフォルニアのように依存度の高い地域で水不足を深刻化している。気候変動で特に水不足が激化するのは、南部アフリカ、中東およびアメリカである。気候変動は一部地域で農業増産の可能性を高めるかもしれないが、全般的には好ましいことではない。2050年までの気温上昇を2度に抑えることができても、アフリカの穀物収穫量は5分の1減るとみられている。すでに、乾燥と気温上昇がウガンダとタンザニアの農地で豆類を生産不能にしている。だが、過去の記録だけから各地の有効な予測を行うのは困難である。

 農業用水が水利用の大半を占めているので、その節水と効率的な利用がカギとなる。補給が困難な地下水の長期にわたる利用を制限し、雨水をもっと効率的に利用しなければならない。水のリサイクリング利用は大きな可能性を持っている。その模範であるイスラエルは下水の86%をリサイクルしており、20%の2位スペインをはじめ、他の諸国を大きく引き離している。マレーシアに水供給依存を嫌うシンガポールは下水を浄化、上水としてリサイクルしている。しかし、ほとんどの国の政治家は有権者の反発を恐れてリサイクル推進に腰が引けている。

 水不足は都市にたいして特に重圧を加えているが、水の利用法には改善の余地が大きい。ロンドンでも水道管不備による漏水のために30%の水が失われており、中東やアジアの都市では漏水率が60%に達しているところがある。シカゴでは事故の多い木製パイプが依然として使用されているが、その修繕が容易かつ安価という理由によるものだ。貧困国のスラムには水道が不在なので、上水を供給するパイプの敷設から始めなければならない。緊急対策として効率的な水利用のモデルを作成、普及させることがすべての国にとって役立つ。

◆◆ 水不足対策 ― コスト高の供給増大よりも節水と効率的利用を優先

 不足が最も深刻な中東では海水の淡水化が実用化されている。イスラエルの最大のプラントは同国の需要の20%に相当する150万人分の上水を供給している。でも、それは大量の電力を必要とし、依然として非常にコストの高い供給方法であり、他の諸国が容易に真似しうるものではない。コストの高い水供給増加策よりも、多くの国ではまず節水と水資源管理の改良が最優先されるべき課題だ。

 経済学の父とみられているアダム・スミスは「水に勝る貴重な資源はない」と2世紀も前に喝破していた。でも、彼の危機感は当時まだ切迫したものではなかった。今日の映画監督はもっと事態を悲観的にみている。例えば、最近の「マッド・マックス」では砂漠的な光景の中でギャング団が水をめぐって死闘を演じている。幸いなことに、このようなシナリオはまだフィクションである。しかし、ソマリア、スーダン、シリアなどの国では流血と殺傷を招く紛争原因の一つとなっている。

 正しい水管理政策を採ることの基本は日常的な節水を奨励することである。それはまた、水の粗放的非効率的な利用を抑制し、農業と畜産業の効率を高める刺激になる。賢明な水道料金制度、水資源の明確な所有権確立、協力の促進などで人類は水不足をまだ緩和できる。しかし、無策のままに時機を失するならば、世界の砂漠化がますます進行する。そして「ウイスキーは飲むために、だが水は闘うために存在する」という、マーク・トウェインの警告が現実化するだろう。

◆ コメント ◆

 世界的に水不足が話題に上るようになったのは1990年代ごろからだが、水資源に恵まれている日本では、これまであまり関心が高くなかった。しかし、東京や近畿圏のような過消費地域や、北九州などの保水力のある山岳地帯のない県では夏季に水不足を経験し、節水や給水制限が部分的に実施され、将来的な不安が時折垣間見られることになっている。

 水道事業は、基本的に地方自治体に任され独立採算をベースに管理運営されているので、水資源の確保や料金は必ずしも統一性はない。これまで大きな問題が生じていないので、深刻な供給上の問題が表面化してこなかった。だが、将来に不安がないわけではない。世界的に環境の悪化で水質の汚染が不安を呼んでいるが、日本でも水道水に対する信頼が揺らいできている。その顕著な実例は、年々増大するミネラルウォーターの消費に見られる。水道水をそのまま飲む人がしだいに少なくなっている。大気汚染が雨水に対する信頼度を低下させていることが、この傾向を加速させている。

 昨年末、12月25日付日経新聞朝刊は、大きなスペースを割いて「地下水使いすぎ懸念再び ― 震災期に用途広がる」と報じ、日本でも地盤沈下や湧水枯渇が問題として浮上したことを指摘している。災害時に地下水に頼るのは当たり前としても、恒常的な地下水くみ上げは高度成長期の工業地帯で深刻な地盤沈下問題を惹起したことを想起させる。特に、東京の江東区などで海水面より低いゼロメートル地帯を生み出し、今も潜在的な危険が増大している。現在はポンプの揚水能力が格段に向上しているので、適切な規制が実行されないと、タダ同然の地下水を利用する私企業によって貴重な公共財が失われ、巨額な被害の付けが国民に将来回ってくる。

 目を外に転ずると、日本の最重要経済的パートナーであるアメリカと中国における水不足は年々深刻化している。アメリカでは近未来にまず農産物、特に穀物の生産量減少が避けられそうにない。そうなれば、アメリカからの農産物輸入に大きく依存している日本などかなりの国の食料の安定供給が揺らぐことになる。中国の経済成長が水不足によって制約されていることが明白となっており、環境難民の発生すら心配されている。

 今世紀中頃には、世界的な食料不足に陥ることが懸念されるようになった。いまの状況がそのまま進行すると、貧困層だけでなく、世界的に増加する低所得層が窮境に陥り、社会的な不安が増すことになるだろう。

 安全保障の重点は領土や国家というよりも人間の安全保障に置かれるべきことが、客観的な事実を直視すれば、だれの目にも一層明白になっている。その意味からも日本の海外協力と国際貢献の最重要分野は軍事面ではなく、環境分野と人間開発にあるべきだ。世界的に軍事支出を減らし、人的財政的資源をもっと振り向けて人間安全保障の度合を上げなければ、世界の人々が平和的に暮らせない時代に入っているのだが。

 (姫路獨協大名誉教授・オルタ編集委員)


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