【「労働映画」のリアル】

第5回 労働映画のスターたち・邦画編(5)役所 広司

清水 浩之


《神出鬼没、平成のマジメ人間》

 2016年1月1日。路線バスを運行する会社「長崎バス」のCM放送が、県内の民放局で始まった。運転手を募集するのが目的だが、CMの監督とバスの運転手役を兼ねたのが、地元・諫早市出身の役所広司氏であることが、インターネットなどを通じて全国的な注目を集めた。CMの内容は至ってシンプルで、まだ暗い早朝、車庫で車両の点検をする運転手(顔ははっきりとは見えない)の働く様子が淡々と描かれた後、長崎市内のくねくねと曲がった道を走るバスの姿に、「名もなき一日を走る、長崎バス」というナレーションが重なる。“名もなき一日を走る”というコピーが、平凡だが私たちの毎日の暮らしをしっかりと支えてくれている路線バスとその運転手の存在を際立たせ、観る者に温かい気持ちを抱かせる(CMは「長崎バス」ホームページでも見ることができる)。

 そして、今や日本を代表する俳優として知られる役所広司氏もまた、こうした「名もなき一日」をマジメに生きる、平成時代の日本人を演じ続けてきたことを、このCMを通して再認識させられた。『Shall we ダンス?』(1996/周防正行)での、会社帰りに社交ダンスという「別世界」と出会う経理課長をはじめ、役所さんが演じる人物は基本的に「根がマジメ」という点で共通していると思う。端正な風貌から、時代劇での厳格な武士役や、近年オファーが続いている山本五十六、阿南惟幾などの軍人役が様になるのは言うまでもないが、現代劇ではそのマジメさがプリズムとなって、悲劇にも喜劇にもなるという魅力を放っている。近い将来、平成時代の日本を象徴するマジメ人間像として、海外の日本研究家たちが注目することを密かに期待している。

 さて、ここで役所さんのプロフィールを簡単にご紹介したい。1956年1月1日生まれ。つまり今年の正月に還暦を迎えた。地元・長崎の工業高校を卒業後、上京して千代田区役所の土木工事課に就職。友人に誘われて見に行った仲代達矢の舞台『どん底』に感銘を受け、22歳の時、仲代が主宰する「無名塾」に入り、俳優への道を歩み出す。「役所」という芸名が前職にちなんでいるのは有名な話だが(テレビのテロップで“役所工事”と誤記されたことも)、師の仲代氏は「役どころが広がるように」との願いも込めたという。1983年のNHK大河ドラマ『徳川家康』で、若き日の織田信長役に抜擢され、一躍国民的スターとなった。

 「根がマジメ」という役所さんの持ち味を、現代劇に持ち込むと絶妙なおかしさを生むことを最初に発見したのは、『タンポポ』(1985)の伊丹十三監督だったと思う。役どころは、白いスーツを着こなしたマフィア風のヤクザ。しかし、見た目のワルさとは裏腹にマナーにはうるさく、食事と生き方に確固たる美学を持つ男。この作品以降、役所さんの演じるキャラクターには常にこうした「良くも悪くもマジメ」という要素が含まれるようになる。

 『シャブ極道』(1996/細野辰興)の破天荒なヤクザは、ある意味「悪事に熱心過ぎる男」とも言えるし、『うなぎ』(1997/今村昌平)では生真面目な性格のため妻の浮気を許せず、発作的に殺害してしまう男を的確に演じた。「Jホラー」の旗手・黒沢清監督の作品(『CURE』1997ほか)では、不可解な現象に翻弄される「仕事一途の刑事」役を担い、一方で原田眞人監督とは『KAMIKAZE TAXI』(1994)の日系ペルー2世の凄腕タクシー運転手、『バウンス ko GALS』(1997)の援助交際女子高生と意気投合するインテリヤクザなど、現実から一歩飛躍した人物を魅力的に描き出す。3時間半の大長編『ユリイカ』(2001/青山真治)では、バスジャック事件に巻き込まれた運転手のその後の日々を、苦しみを静かに受け止めていく「名もなき人生」として見事に演じきった。

 マジメ過ぎる性格が喜劇を生む役どころとしては、“原発の必要性”を真摯に受け止め過ぎて、都心への誘致を進める都知事(『東京原発』2004/山川元)や、戦時下に不適切とされる喜劇台本の検閲・改変に取り組んだ結果、傑作誕生の手助けをしてしまう内務省の役人(『笑の大学』2004/星護)などが印象深い。林業一筋に生きてきた男が、地元にやって来た映画の撮影隊に巻き込まれていく姿を描いた『キツツキと雨』(2012/沖田修一)では、変わらない日常に突然入り込んできた映画人たちに戸惑いながらも、内心では撮影という非日常の“祭り”を楽しんでいるおじさんの「自然体の可愛らしさ」を、全身から発散させていた(これは女性ファンにはたまらないだろう……)。

 こうして見てくると、彼が演じてきた様々な「マジメ人間」像は、そのまま1980年代以降の日本人社会が思い描いてきた「マジメさ」が反映されている気もする。コツコツ働いていれば報われた時代が過ぎ去ってもなお、そうせずにはいられない誠実さ。家庭と仕事を愛し、「名もなき一日」を走り続けるその姿は、たとえ戦争映画の軍人役であっても、戦後生まれの彼が演じると“わが社の危機”に立ち向かう中間管理職に見えてくるのだ。

 60歳になった役所さん、今後はますます「座長」クラスのオファーが続いていくと思うが、願わくば子どもや孫の世代にあたる若い作り手とも組んで、“チャーミングなおじいさん”役を開拓していただきたいと思う。三船敏郎、鶴田浩二から笠智衆まで、昭和の映画スターたちの後継者になれそうな存在は、当分の間は彼しか見当たらない気がするので……。

<参考サイト> 長崎バス 80周年CMギャラリー:https://www.nagasaki-bus.co.jp/recruit/businfo/lp/

 (しみず ひろゆき 映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎「労働映画アンケート・あなたの注目労働映画は?」/Webアンケートにご協力ください。http://hatarakubunka.net/ または、「労働映画事業」で検索!

◎働く文化ネット第26回労働映画鑑賞会〜巨大都市を掘る〜/上映作品:『銀座の地下を掘る 日比谷線建設記録』(1964年/36分)、『地下を進む都市開発 シールド工法』 (1967年/24分)高度成長時代の都市インフラ建設を描く2作品。/2016年3月10日(木)18:30〜(18:00開場)/神田駿河台・連合会館2階201会議室<http://rengokaikan.jp/access/>/参加費無料・申込不要

◎働く文化ネットでは、日本映画百年の歴史が産んだ「労働映画」の中から100本を選び、日本の労働映画の豊かな世界を明らかにする作業を進めています。詳しくは働く文化ネット・労働映画スペシャルサイト<http://hatarakubunka.net/> 参照。

◎【上映情報】労働映画列島! 2016年2月〜3月 <http://goo.gl/cw1Jxv> ※【労働映画列島】で検索!

◇新作ロードショー

『バナナの逆襲』《2月27日(土)から 東京・渋谷ユーロスペースで公開、全国順次公開予定》中米ニカラグアのバナナ農園で農薬被害に苦しむ労働者の裁判を追ったドキュメンタリー監督が、企業側から訴えられる……農園の労働実態を描いた映画と、その上映を巡る闘いを記録した2部構成。(2009−11年 スウェーデン 監督:フレドリック・ゲルテン)

『オートマタ』《3月5日(土)から 東京・新宿ピカデリーほかで公開》アントニオ・バンデラス主演の近未来SFサスペンス。人間に代わる労働力となった人工知能搭載ロボットの異変を描く。(2013年 ブルガリア=アメリカ=スペイン=カナダ 監督:ガベ・イバニェス)

『これが私の人生設計 』《3月5日(土)から 東京・新宿ピカデリーほかで公開》世界で活躍後、故郷のローマに帰ってきた女性建築家が、保守的な男性社会の建築業界で奮闘する姿を描くコメディ。(2014年 イタリア 監督:リッカルド・ミラーニ)

◇名画座・特集上映

【東京 ヴェーラ渋谷】 2/13〜3/4 「フィクションとドキュメンタリーのボーダーを超えて」…裸の島/もの食う人びと/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】〜2/27 「映画探偵の映画たち」…2/21〜23 『土 (最長版)』(1939年/監督・内田吐夢)/他
【東京 池袋 新文芸坐】 2/27〜3/6 「巨匠・内田吐夢のダイナミズム」…たそがれ酒場/飢餓海峡/限りなき前進/他
【東京 京橋 フィルムセンター】 3/15〜27 「自選シリーズ 4 根岸吉太郎」…遠雷/キャバレー日記/雪に願うこと/他

【札幌シネマフロンティア/ほか全国54館】 「新・午前十時の映画祭」… 2/20〜3/18 『東京物語』『秋刀魚の味』
【新潟 シネ・ウインド】 2/21〜3/4 「想田和弘監督 観察映画大全」…選挙/精神/Peace/他
【大阪 梅田ブルク7/ほか】 3/4〜13 「第11回 大阪アジアン映画祭」…湾生回家(台湾)/あの店長(タイ)/他
【神戸映画資料館】 3/5・6 「神戸の映画・大探索」…大正10年 川崎・三菱大争議の記録/朝の波紋/他

【広島 八丁座】 2/13〜3/11 「若尾文子映画祭 青春」…青空娘/東京おにぎり娘/閉店時間/他
【広島市映像文化ライブラリー】 2/17〜25 「アキ・カウリスマキ特集」…愛しのタチアナ/ル・アーヴルの靴みがき/他
【福岡 中洲大洋映画劇場】 2/20〜3/18 「市川崑 光と影の仕草」…満員電車/黒い十人の女/炎上/他


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