【「労働映画」のリアル】

第11回 労働映画のスターたち・邦画編(11)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(11)<フランキー堺>

 《「首が飛んでも動いてみせまさァ!」 戦後を駆け抜けた辣腕仕事師》

 「どうせ旦那方は、百姓町人から絞り上げたオカミの金で、やれ攘夷の勤皇のと騒ぎ回ってりゃ済むだろうが、こちとら町人はそうはいかねぇ。てめえ一人の才覚で世渡りするからにゃ、へへッ、首が飛んでも動いてみせまさァ!」

 「フラさん」ことフランキー堺の代表作は、なんといっても『幕末太陽傳』(1957/監督・川島雄三)。維新前夜の江戸・品川宿を舞台に、金も持たずに遊郭にやってきた男・佐平次が、類稀なる要領の良さで「旋風」を巻き起こす時代劇コメディ。住み込みで働いて代金を払う「居残りさん」という、本来肩身が狭い筈の男が、八面六臂の大活躍で周囲の人々の信頼を集めていく。この3年前に映画製作を再開した日活には若手と中堅しかいなかったため、当時まだ28歳、ジャズ・ミュージシャン出身の「新人」が主役に抜擢されたわけだが、フラさんは軽快な身のこなしと抜群のリズム感、女も男も魅了する明るいキャラクターで、今まで見たこともない「ヒーロー」像を作り上げた。

 冒頭の佐平次のセリフ「首が飛んでも…」は、歌舞伎の「四谷怪談」でお馴染みの科白で、彼を幕府のスパイではないかと疑った攘夷派の志士・高杉晋作(石原裕次郎)に刃を向けられた時のもの。独力で「世渡り」してきた自負があるから、宮仕えのお侍なんか怖くない……今ならフリーランスの労働者が、正社員に向かって言いそうだ。一方で、佐平次は自身の「フリーな立場」を十分わきまえ、周りの人からの頼まれごとは基本的に断らない。三角関係の仲裁から駆け落ちの段取り、異人館の見取り図の調達までやってのけ、みんなを少し幸せにして去っていく仕事ぶりは、まさにフリーランスの鑑だ。そして、こうした仕事への姿勢や生き方は、その後の様々な役柄にも一貫して反映されていると思う。「フリーランス堺」ことフラさんの足跡を、労働映画の視点から辿ってみよう。

 1929年・昭和4年に鹿児島で誕生。本名は堺正俊。小学校の時に東京・池上に引っ越す。子どもの頃から人を楽しませるのに長けてはいたが、決定打となったのは真珠湾攻撃の翌年(1942年)、麻布中学に入学したことだろう。同期に加藤武、なだいなだ、小沢昭一、仲谷昇などの「逸材」が揃った環境で、エンターテナーとしての才能を開化させていく。当時、仲間内で流行ったジョークに「電流遊び」というのがあって、学生服のボタンを押された者は、いつでも、どこでも感電したフリをしなくてはならないルールだが、英語の授業中にボタンを押されたフラさんは、教師に心配されるほど見事な「感電」を披露したという。太平洋戦争の最中に、こうした遊びに熱中していた人は「鍛え方が違う」としか言いようがない。

 終戦後は演劇と音楽に没頭。慶應大学の劇研では、既に老け役の名手として知られた。友人宅にあったドラムセットとの出会いからジャズバンドに加わり、進駐軍相手のクラブで演奏する際に、アメリカ兵が声を掛けやすくしようと「フランキー」を名乗る。1950年代初頭、ジョージ川口、江利チエミなどと共に「ジャズブーム」の旗手として注目され、当時の学生ミュージシャンたちを描いた映画『青春ジャズ娘』(1953/松林宗恵)で、俳優としてデビューした。

 1955年、水の江瀧子プロデューサーの誘いで日活へ。森永乳業提供のラジオドラマを基にした主演作『牛乳屋フランキー』(1956/中平康)は、腰に巻いたガンベルトに牛乳瓶を差し、二丁拳銃のように抜いて配達するなど、スラップスティックなギャグ満載の傑作。ミュージシャンとしても、アメリカの“冗談音楽の王様”スパイク・ジョーンズに心酔して「シティ・スリッカーズ」を結成。バケツや鋸、サイレンなど、あらゆる物を楽器にするアチャラカ音楽を追究する。ここには植木等や谷啓ら、後の「クレージーキャッツ」のメンバーが参加していた。

 若手の喜劇俳優として人気上昇中のまさにその時、奇才・川島雄三監督と出会ったことで『幕末太陽傳』が生まれ、「熱狂と孤独」の両方を演じられる存在感が一躍注目された。1958年、川島の後を追って東宝系の東京映画に移籍。森繁久彌・伴淳三郎とのトリオで人気シリーズとなった『駅前旅館』(1958/豊田四郎)、川島が若手脚本家・藤本義一と共に創作した奇人変人バラエティ『貸間あり』(1959)などで、水を得た魚のように「なんでも器用にこなす男」を演じた。

 《庶民の人生を「演じる」のではなく「生きる」》

 同じ頃に、テレビ草創期のドラマ『私は貝になりたい』(1958、TBS)で、戦時中の捕虜殺害事件の罪を着せられた理髪師を演じる。生放送のドラマという難しい状況の中、その役を「演じる」のではなく「生きる」ことが大事なのだと気が付いたそうで、スクープに取り憑かれたニュースキャメラマンを演じた『ぶっつけ本番』(1958/佐伯幸三)、核戦争による“地球最後の日”を家族とともに迎える運転手に扮した『世界大戦争』(1961/松林宗恵)などのシリアスな作品でも、それぞれの人生を「生きている」存在感が高く評価された。

 1964年、東京オリンピックの外国人客を迎える観光業界を、ブロードウェイ・ミュージカル形式で描いた野心作『君も出世ができる』(監督・須川栄三)では、文字通り「飛んだり跳ねたり」のハッスル社員を熱演。早口のセリフと切れのいいダンスでスクリーンを暴れ回ったが、興行的には不発で、フラさんの「動き」を楽しめる作品は、これが最後となった。

 この前年には恩師・川島が急逝。「次回作は写楽」と呟いた川島の遺志を継ぎ、映画化に向けた写楽研究に取り組み続ける。こうした研究熱心さがフラさんらしさと言えそうで、1967年には参院選出馬の誘いを断って、設立から間もない大阪芸術大学で教鞭をとるようになる。

 その後は、急行列車の車掌に扮した『旅行』シリーズ(1968〜72/瀬川昌治)、落語家・春風亭柳昇の兵役時代を描いた『与太郎戦記』(1969/弓削太郎)、叩き上げの庶民派検事に扮した『赤かぶ検事奮戦記』(1980〜92、朝日放送)などが人気を集める。一方で、前田陽一監督の『喜劇 あゝ軍歌』(1970)『喜劇 男の子守唄』(1972)などは、戦中派世代の怒りをエネルギッシュに描いた「重喜劇」となった。東映のヤクザ映画『日本の仁義』(1977/中島貞夫)でも、引退した親分・鶴田浩二への忠義を忘れない組長を演じ、一見古風だが温かみのある人物像が東映ファンにも好評だった。

 川島の死から32年後。フラさんは「製作総指揮・脚本」として、遂に映画『写楽』(1995/篠田正浩)を実現させた。絢爛豪華な江戸文化を再現した超大作となったが、「熱狂と孤独」が影を潜めてしまったのは惜しまれる。『幕末太陽傳』は、当時間近に迫っていた赤線廃止をモチーフにした「髷をつけた現代劇」という要素があったわけで、そうした意味では、往年の名作時代劇をフラさん主演でリメイクした『人情紙風船』(1978、NHK)、『国士無双』(1986/保坂延彦)の方が、「現代性」をうまく融合させていた気もする。

 ライフワーク「写楽」から解放された翌年、フラさんは67歳でこの世を去るが、亡くなる直前に撮影されたNHKドラマ『ぜいたくな家族』(1996/脚本・田中晶子)は、仕事師・フラさんの置き土産にふさわしい佳作だ。役どころは鉄工所の老経営者。「世の中に、面倒くさくない仕事なんてあるのかね?」と呟く職人気質だが、現在の取引先の、コストしか見ない姿勢に飽き飽きしている。長年連れ添った妻(渡辺美佐子)には癌の不安が忍び寄り、自慢の息子たち(中本賢、玉置浩二)も失業中……。自らの人生を見つめ直す日々を、フラさんが泰然と「生きる」ように演じている。そして物語の終盤、不仲だった長男と和解するため、頑固な父は「頑固さゆえのユーモア」で突破口を開くのだ!(このオチは現在 YouTube で見ることができます)

 フランキー堺、今年は没後20年。同世代のライバル・渥美清さんが「不器用な優しさ」を磨き上げたとすれば、フラさんは「上品な温かさ」をキープし続けた気もする。仕事熱心で研究熱心、情の深さも人一倍。そんなステキなおじさんになりたいものです。

※参考文献
 『芸夢感覚 フランキー人生劇場』フランキー堺/著 集英社 1993年

※東京・ラピュタ阿佐ヶ谷で特集上映《稀代のエンターテイナー!フランキー太陽傳》開催中。
 8月14日(日)から10月15日(土)まで。初主演作『猿飛佐助』(1955)から『写楽』(1995)までの36作品を上映。 http://www.laputa-jp.com/

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット第31回労働映画鑑賞会〜「生きる希望としての学び」〜
・上映作品:『こんばんは』(2003年/92分/労働映画百選 No.79)東京・墨田区立文花中で学ぶ17歳から92歳までの生徒たち。教育の原点としての夜間中学の記録。
・2016年9月8日(木)18:30〜(18:00開場)
・神田駿河台・連合会館2階201会議室 http://rengokaikan.jp/access/
・参加費無料・申込不要

◎【上映情報】労働映画列島!8〜9月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00160803

◇新作ロードショー

『後妻業の女』《8月27日(土)から 東京 TOHOシネマズ日劇ほかで公開》黒川博行の小説を大竹しのぶ主演で映画化。独り身の高齢男性の後妻におさまり、その資産を狙う女を主人公に、欲にとりつかれた現代人をユーモアを交えて描く。(2016年 日本 監督:鶴橋康夫) http://www.gosaigyo.com/

『とうもろこしの島』《9月17日(土)から 東京 岩波ホールで公開、全国順次公開予定》グルジア(ジョージア)映画『みかんの丘』『とうもろこしの島』を同時公開。『とうもろこしの島』…ジョージアとアブハジア自治共和国の間にある島で、両国の兵士がにらみ合う中、淡々ととうもろこし畑を耕す老人と少女の姿を映す。(2012年 ジョージア 監督:ギオルギ・オヴァシュヴィリ) http://www.iwanami-hall.com/

『レッドタートル ある島の物語』《9月17日(土)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》スタジオジブリが製作に参加した長編アニメーション。嵐で大海原に放り出され、無人島に漂着した男の、その後の運命を描く。(2016年 フランス=日本 監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット) http://red-turtle.jp/

◇名画座・特集上映

【札幌 シネマフロンティア/ほか全国55館】9/10〜10/7「午前十時の映画祭」…生きる(1952)/いまを生きる(1989)
【青森県田子町 タプコピアンプラザホール】8/27「第3回 相米慎二監督映画祭り」…魚影の群れ(1983)
【釜石 PIT/ほか】8/26〜28「釜石てっぱん映画祭」…最高の人生の見つけ方/かもめ食堂/フラガール/他
【フォーラム山形】9/10〜12「YIDFFプレイベント 山の恵みの映画たち」…黒部の太陽/里馬の森から/越後奥三面/他
【東京 神保町シアター】8/27〜9/30「伝説の女優・原節子」…お嬢さん乾杯/めし/東京の恋人/他
【東京 新宿 K's cinema】9/17〜10/7「山形 in 東京 2016」…青年★趙(中国)/太陽花占拠(台湾)/他
【東京 東大和市ハミングホール】9/30・10/1「秋の音楽・歌謡映画まつり」…大学の若大将/君も出世ができる/他
【横浜 黄金町 ジャック&ベティ】8/27〜9/10「西川美和×大崎章特集」…夢売るふたり/ゆれる/お盆の弟/他
【大阪 阿倍野区民センター】8/26〜28「ヒューマンドキュメンタリー映画祭阿倍野2016」…被ばく牛と生きる/Start Line/えんとこ再訪/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】9/3〜16「追悼 永遠の女優・原節子」…北の三人/殿様ホテル/女医の診察室/他
【神戸映画資料館】9/4「中国引揚映画人特集 幻灯と映画」…せんぷりせんじが笑った!/末っ子大将/他
【広島市映像文化ライブラリー】8/27〜9/28「ヤマガタ in 広島」…たむろする男たち/ミーナーについてのお話/他
【宮崎キネマ館】9/17〜24「第22回 宮崎映画祭」…百円の恋/あん/恋恋風塵/他

◎日本の労働映画百選

働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ) http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ) http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書(表紙・目次) http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選(一覧・年代別作品概要) http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


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