【コラム】槿と桜(95)

出生率が低下し続ける韓国

延 恩株

 韓国統計庁が2022年2月23日に発表した韓国の2021年の合計特殊出生率(以下、出生率)は0.81で、過去最低を記録し、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中、出生率が「1」以下の国は韓国だけだそうです。
 韓国の出生率は38年前の1984に1.74と初めて「2」を下回ってからは下降線をたどり、2018年に0.98と「1」を割り込むと、2019年には0.92、2020年に0.84、そして、2021年にはついに0.81まで下がってしまいました。しかも、統計庁の予測では2024年には0.70人まで下がるとしています。
 出生率「0.81」を具体的な数字で示しますと、出生数はわずか26万5千人で、20年前(2001年)の半数程度にまでなっています。
 ちなみに日本の2021年の出生率は 1.30で前年の1.33 より低下しています。そして、出生数は81万1604 人でした(厚生労働省「令和3年人口動態統計月報年計(概数)の概況」)。

 韓国の総人口は5173万8000人(韓国統計庁「人口住宅総調査」、2021年11月1日現在)で、日本の総人口は1億2550万2000人(総務省統計局 人口推計2021年10月1日現在)ですから出生数が日本より韓国が少ないのはわかります。でも、韓国が日本と同じ人口だとするなら、単純に置き換えれば、54万人前後になるはずですので、日本も出生率が低いのですから韓国は少なすぎると言えます。

 この出生率や出生数の減少に連動しているのが婚姻件数の減少です。
 韓国統計庁が2022年3月17日に発表した統計によりますと、2021年の婚姻件数は前年比9.8%減となって19万3000組でした。1970年に統計を取り始めて以来、最低を記録したそうです。2011年には32万9000組が結婚していましたが、それからわずか10年間で13万組余も減少したことになります。

 現時点で出生率は減少しているが、婚姻件数が増加傾向にあるというのであれば、いずれ出生率が増加に転じるという予測も可能になりますが、出生率も婚姻件数も下降線ですので、国家として危機的な状況になっていると言わざるを得ません。

 少子高齢化問題は韓国だけでなく、中国、日本でも深刻な課題として捉えられ、その改善に向けての取り組みが行なわれています。でも、韓国の場合には人口減少に限っただけでも非常に重大な問題となってきているのではないでしょうか。出生率と婚姻件数、この両者の減少をいかに食い止めるのか、その解決への努力は待ったなしと言っていいと思います。なにしろ国を支えるのは国民なのですから。

 このような状況になってしまったのは、異性と一緒に生活しようにもできない、あるいは思えない社会になっているからでしょう。単に結婚したい相手がいないというのではないはずです。
 結婚しない若者(だけではありませんが)には、それぞれ個人的な理由があると思いますが、国としてこのような状況を好転させるのはそう簡単ではありません。これまでにも研究者や専門家から問題点の指摘や解決策の提言がされてきています。韓国政府もそれなりの手立てを実施していますが、現時点では、効果が上がっていないことは上記の数字が教えています。

 このような状況になったのには、経済的問題や社会的構造の変化が関わっているのはもちろんですが、韓国人の思考方法の変化も作用しているように思います。

 さらに婚姻件数の減少に拍車をかけたのが2020年からの新型コロナウイルスによる自粛生活があります。でも、これは一時的な影響ですし、すべての要因ではないでしょう。事実、婚姻件数の減少は新型コロナウイルス以前から続いていることはすでに見てきたとおりです。
 
 では、韓国人が結婚しようとしない、あるいはできない理由は何か。
 この領域の研究者でもない素人の私ですが、国外に長く住む韓国人として、韓国のこうした現状を憂慮しつつ、感想程度にしかなりませんが少し整理してみます。

 ① 経済的に苦しい。
 韓国では大学進学率が高く(2021年は71.5% 韓国教育部統計資料)、卒業後は多くの人が一流企業への就職を希望します。しかし、それを実現できる人はごく少数で、そのほかは望まない企業(多くが中小企業)に就職するしかありません。ところが、大企業と比較すると賃金や待遇が大きく劣る企業が少なくなく、一流企業を諦めきれず"就職浪人"する人も珍しくありません。また、とりあえず収入を得るためにと非正規職に就く大卒者(「2021青年政策白書」(国務調整室発行)によると、新卒で就職した19~34歳の29.3%は雇用契約期間が1年以下の非正規労働者)が多くいます。また、統計庁の2021年の「経済活動人口調査青年層付加調査」によれば、賃金労働者全体で正規職に就いた割合は58.8%(男性59.0%、女性58.7%でほとんど男女差はない)にしかすぎませんでした。安定した身分の保証が得られる正規職に就くことが韓国では容易でないことがわかります。そして若年層で一流企業入社を目指して一時的に非正規労働者となる人が多いのは、日本ではあまり考えられない社会現象です。その結果、若年層の失業率は2021年で7.8%、全体の失業率が3.7%のうち31%が若年層となっています。

 ② 結婚するための費用がない
 現在、日本では結婚するとなると当人同士が主で、家同士、つまりお互いの両親や家族のことはあまり重視されません。結婚式や住む場所なども結婚する二人で決めることが多いと思います。
 かつての日本でもそうだったようですが、韓国では依然として儒教的な考え方が残っていて、結婚するとなると二人だけで話を進めるわけにいかないのが一般的です。結婚式だけでなく、住む家など結婚するためにかかる費用を見ると、日本では考えられないほどの金額が必要になります。結婚にかかる費用とは結婚式だけではありません。大枠だけでも新婚旅行、家財道具、そして住宅取得といった費用が必要になってきます。
 特に韓国では結婚するとは、「住宅を購入する」と同義語のように考えられていますから、日本のように賃貸で新婚生活を始める人はごく少数です(韓国では賃貸料が非常に高く、月々支払続けるのがかなり苦しい)。そのため、たとえ購入しなくても「전세」(傳貰 チョンセ)と呼ばれる家賃の代わりに、住宅価格の50~60%程度の金額を家主に保証金として先払いし、これを担保に残金は後払いとする場合もあります。でも、いずれにしても結婚するためには、かなりの自己資金が必要となる住宅取得金がなければならないのです。しかも結婚に係る費用の60%程度は男性が負担することが多く、文在寅大統領時代の2020年以降の全国的な不動産価格の急騰が結婚をためらわせる傾向を強めてしまった可能性も否定できません。

 ③ 出産,子育てへのためらい
 上記の①と②を乗り越えても、仕事と育児の両立が非常に難しい韓国の文化的風土があります。結婚するまではバリバリ仕事をしていた女性も妊娠・出産ということになると退社してしまうのが一般的です。「男は外、女は内」という考え方はかつて日本にもあったようですが、韓国ではまだ色濃く性別役割分担意識が残っています。また、企業側も産休、育休、時短勤務といった制度が整っていないところも多く、子育てをしながら働くのを難しくさせています。
 一方、男性にしても子どもが就学年齢になったときのことを考えますと、その子育て費用(教育費も含む)には相当の支出を覚悟しなければなりません。しかも、現在の韓国の教育風土は一流大学入学、一流企業入社を目指しますから小学校入学以前から激しい競争の渦に巻き込まれます。教育関係費用だけでなく、精神的ストレスも覚悟しなければなりません。

 ④ 結婚を必要としない
 自覚的に「結婚しない」と決めている男女はそう多くないと思います。特に男性は上記の①,②、③が理由となっている人が多いように思います。一方、女性が結婚しない理由はまだあります。                           

 次の統計数字が興味深いことを示唆しています。2020年の統計ですが、男性の場合は、4年制の大学を卒業していない人の未婚率が27.3%でした。つまり、こうした男性たちの収入は少ないことが予想されます。しかし、女性の場合は大学院修了者の未婚率が22.1%となっています。こうした女性たちは職場での地位が高く、高収入であることが予想されます。 
 また、女性の社会進出が増えてきていることは、①で触れた通り、賃金労働者全体で正規職に就いた割合は男性59.0%、女性58.7%でしたから、男女差がほとんどないことからもわかります。なぜこれだけ女性の社会進出が増えたのか、その理由は生産構造が大きく変化したからです。 
                       
 人類は農耕社会、工業社会、情報社会と大きく3つの生産構造の変化を歩んできたと言えます。韓国も例外ではなく、この変化の過程で人間の存在価値が変容してきました。農耕社会では男女共に肉体労働に従事し、食糧生産を維持させるために男女が共に土を相手に労働し、子孫を残すことは重要事でした。                  

 工業社会では土を相手に作物を作り出すことから土を離れて物を作り出す生産活動となり、社会全体が豊かになる一方、女性は家に留まり家事、出産・育児に従事して、性別役割分担が当然と受け止められるようになっていきました。           
 そして、現在の情報社会では、肉体労働から頭脳労働へと転換しているため、女性が男性と対等に生産活動できるようになっています。つまり体力的に劣る女性が男性と同じ社会的立場に立てるようになってきているのです。経済的に自立し、男性に頼らず一人で生きて行ける女性たちの中には、なにがなんでも妊娠、出産、育児をしなくてもいいのではないかと考える人たちが現れても不思議ではないでしょう。韓国では現在、男性たちより女性たちに伝統的な価値観や思考方法に対する異議申し立てが静かに、確実に起きているように感じます。 
                                                 
 出生率減少と婚姻件数の減少は明らかに連動しています。特に結婚してから出産するべきという考え方が根強い韓国ですから、婚姻件数を上昇させないと、統計庁が2024年には出生率が0.70人まで下がるとしている予測をさらに下回る可能性が強まるのではないでしょうか。それを食い止めるためにも尹大統領には効果ある政策を速やかに打ち出してほしいものです。

(大妻女子大学准教授)

(2022.8.20)
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