【コラム】
中国単信(86)

中国茶文化紀行(23)中国宋代茶復古点茶実験——現代茶6種類の「沫」

趙 慶春

 世界の茶の数とその種類について、茶の数を銘柄で言えば、凡そ数千種に及ぶと推測されるが、はっきりしていない。世界規模で統計調査を行ったことがないからだが、もう一つ理由がある。それは、一部の愛好家、あるいは企業は自前の茶樹を持つか、珍しい茶樹の生葉を買い切って、独自の製茶法で茶を生産して、ほぼ流通させず、個人的にあるいは贈答用に使っているからである。ワインや日本酒の世界に似ていて、正確な統計は不可能に近い。一方、(製品)茶の種類は別の要因で類別が難しい。分類の基準が多いからである。

 例えば、茶の外観様態で言えば、粉末茶、固形茶(餅茶のような塊の茶)、散茶(ばらばらの茶)などの種類がある。さらに散茶はその形で珠茶(「平水珠茶」のような丸い形)、針形茶(「白毫銀針」のような針状、日本の上級煎茶はこの類が多い)、片形茶(「西湖龍井」のような扁形茶)、条索茶(「武夷岩茶」のようなねじり状)、顆粒茶(CTC紅茶)などに分けられる。

 茶の性質で言えば、涼性(一般的に緑茶を代表とする)、平性(一般的に白茶を代表とする)、温性(一般的に紅茶を代表とする)に分けられる。
 茶の焙煎度合で言えば、軽焙と重焙に分けられる。
 茶の加工で言えば、粗加工茶(荒茶、中国では毛茶という)、精加工茶(一般販売の製品茶のほとんどはこの類に属する)、再加工茶(花茶、プーアル熟茶など)、深加工茶(抽出した茶エキス製品や茶食品など)に分けられる。

 そして、学問的にはまだ完全に確立されていないものの、茶の香でも分類できる。高香型、清香型、焦香型、花香型、蜜香型などである。
 さらに、茶の種類とやや性質を異にするが、喫茶方法で「清飲法」(茶の浸出液のみを飲む喫茶法)と「添加法」(茶の湯に別の飲食品を入れる喫茶法)がある。

 ただし、上記の諸分類法より認知度が高く、最も幅広く使われている分類法は1970年代に中国で確立された「発酵程度」(酸化程度)による6種類の分類法である。すなわち緑茶、白茶、黄茶、青茶(ウーロン茶)、紅茶、黒茶である。この分類法について、「台湾では発酵程度の高い青茶は紅茶」、「雲南のプーアル生茶は黒茶」とやや異なる捉え方があるものの、基本的には認められ、定着している。

 そこで今回の実験では、茶の外観様態、性質、焙煎度合、加工程度、香などの差を考えず、「6種」茶の「清飲法」による茶湯(浸出液)を点てて、沫状態を調査した。
 「6種」茶のそれぞれ十数銘柄から数十銘柄を、基本的に各銘柄の茶を7グラム200㏄の湯で3分間いれた浸出液を点てた。その結果は以下の通りである。

<1> どの種類も銘柄により、バラつきがはっきり現れる。
 例えば、ウーロン茶の「銀駿眉」は「最上」の沫を得た一方、「野草蘭」「玉蘭香」「東方美人」などの銘柄ではほぼ沫を得られなかった。

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 (写真1):「銀駿眉」の沫

 沫状態の良否の判断、評価は難しいが、筆者は「点茶実験」で古代茶人の記録を参考に9ランクに分けて記録した。詳細は省略するが、「最上」は上の2ランクを指す。
 判断基準は(1)沫の緻密度、(2)沫の持久力(5分以上)、(3)沫の色(白か白に近い)、(4)沫の上に簡単な絵や文字が書ける(コーヒーアートのように)などである。

<2> 沫の様態あるいは出具合では、中国緑茶は他の5種類の茶に多少及ばない(日本緑茶は状況がすこし異なるので後述)。「最上」の沫が得られなかったのは緑茶だけである。ほかの5種類茶の「最上」の沫の例を見てみよう。

204_04-2-02&03
 (写真2):「白茶」:白牡丹餅茶 (写真3):「黄茶」:蒙頂黄芽

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 (写真4):「ウーロン茶」:肉桂

204_04-2-05&06
 (写真5)「紅茶」:錦上花祁門(キモン)紅茶 (写真6)黒茶:千両茶

 このように茶の浸出液でも宋代茶人が憧れた沫を点てることができたと言える。宋代茶人の「沫」遊びについては後述するが、ここで一つ興味深い「問題」が浮上する。宋代の茶は現代の6種類分類法に当てはめると「緑茶」で、他の5種類の茶はすべて後世に現れたものである。出現の時期は定かでないが、早くても数百年後の明の時代と考えられている。
 沫が出にくい「緑茶」で宋代の茶人はどうやって最上の沫を点てたのだろうか。下記の2点が少しヒントになるかもしれない。

<3> 茶の量を増やして点てた結果、よりよい沫が得られた。また、茶をいれる時間を短縮すると、沫の状態が悪くなる傾向が見られた。

204_04-2-07&08
 (写真7)                 (写真8)

 写真7と写真8は同じ緑茶「碧螺春」を点てたものである。写真7は7グラムの茶を200㏄の湯で15秒点てたものであり、写真8は14グラムの茶を200㏄の湯で3分点てたものである。茶の量といれる時間による沫の差が一目瞭然である。

<4> 茶の等級、茶の年数の沫への影響。
 上記<2> で紹介した「最上」の沫を得た各種の茶をもう一度見てみよう。「錦上花」という銘柄の祁門紅茶は最上級品である。また、ウーロン茶の「肉桂」は筆者の知人である舒放氏の自家製茶で、一般人が絶対手を出せない高価なものだそうである。一方、「蒙頂黄芽」と「白牡丹餅茶」は中級品であり、「千両茶」は少数民族地域で供される安物である。このことから茶の等級は沫と関係が薄いようである。

 茶の年数とは、製造日から消費日までの経過年数のことだが、中国では年数が経過した茶を「老茶」「陳茶」という。緑茶については「新茶」を好む伝統があるが、白茶と黒茶については「老茶」を好む傾向があり、年代物になればなるほど貴重で高価になり、賞味期限も問題とならない。

 今回「最上」の沫を得た茶の中で、「錦上花」紅茶は2017年製で凡そ3年物になる。「千両茶」は試飲品のような個包装でも貰ったもので、購入履歴もなく、製造日の記載がある外箱もないので、製造日がわからない。ただし、筆者が入手してからすでに3年が経過していたことは確かである。ウーロン茶にはまだ「老茶」を好む傾向はほぼないが、この「肉桂」は所有者舒放氏の好みで8年物である。白牡丹白餅茶は12年物である。「蒙頂黄芽」は筆者自身の保存品ですでに20年を超えている。点茶実験に使用した茶の数が限られているため、結論を出すのはまだ早いが、「古い」茶ほどよい沫が得られるという結果になり、興味深い。

 宋代の詩人曽幾は「啜建溪新茗李文授有二絶句次韻」詩に〝北焙今年但取陳〟(北苑茶は今年ただ陳茶を取るのみ)と詠んでいる。また、黄庭堅は「謝王炳之惠茶」詩に〝家園鷹爪改嘔冷、官焙龍文常食陳〟(故郷修水の鷹爪散茶で胃寒を改め、官焙貢茶場の龍紋固形茶について常に陳茶を食す)と詠んでいる。つまり、宋代茶人は年数の経つ「陳茶」を使うことが決して珍しくはなかったのである。

 緑茶は水分含有率、湿度、温度など一定の条件を満たせば、次第に再発酵して黒茶に変る。「プーアル生茶」やモンゴル族が愛飲している「青磚茶」はその代表例である。この変化は人工的に、意図的に作り出すのが一般的だが、自然に変化する場合もある。ただし、自然変化ではより長い年月を要し、「陳茶」の部類に入ると言える。
 ちなみに、モンゴル族が愛飲している「青磚茶」でも点ててみた。この「長盛川」青磚茶は現在、中国内蒙古自治区でよく飲まれている人気銘柄で、粗葉を使い、安価なものである。しかし、点てると「最上」の沫が得られた。

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 (写真9):長盛川」青磚茶の沫

 プーアル生茶や「青磚茶」は軒並よい沫を出している。沫をほどよく愛していた宋代茶人はよく陳茶を利用していた。あるいは宋代には緑茶から自然変化した「黒茶」がすでに出回っていて、利用されていたのかもしれない。

 (大学教員)

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