【メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】(32)

サングルポットとカッドゥルパイの冒険㉗

高沢 英子

 「ご存じ?」とおうむ夫人は、ふくろうに云いました。
 「海のなかにバンクシャーマンが袋を投げ込むのを見たとき、友達のミスターイーグルがそれに襲いかかって捕まえたんだけど、その途端、お花とナッツを海に落としちゃったのよ」。

 「なんですって?」カッドゥルパイは金切り声をあげました。音楽が止み、みんなはカッドゥルパイがおうむ夫人にとびかかって、かの女の羽を締め付けて「教えて! 教えて!」と叫ぶのを見てびっくりしました。
 「おうむ夫人! 何を見たんですか? かれらは沈んじゃったんですか? おう、おう、教えて!」「分からないわ、わたしはほんとはなんにも知らないの」おうむ夫人は、しゃっくりをしながらおどおど云いました。

 「そのことなら、ぼくは話せるよ」とポッサムが口を出しました。「彼らはね、大きな魚の口の中に落ちて呑みこまれてしまったんだ」「最悪よ」クッカブラ夫人が、けたけたと云いました「ほんと悪いわよ。わたしはその様子を見ていたウズラ鳥さんから聞きましたよ。かれは、その袋が水に落ちて沈んでいくのを見た、と云ってましたよ」

 カッドゥルパイはそれを聞いて真っ青になりました。そして叫びました。
 「だれか私といっしょに来て、それが海のどこに落ちたのか見てくれませんか!」カッドゥルパイが、叫んだとき、みんな飛び上がって外に出てゆこうとしたんですが、だれも、いったいどこへ行ったらいいのかわからず、いそいで話し合いました。蛙たちもみんなピアノラから飛び出してきましたが、蛙たちにも、水に落ちたかれらがどうなったのかわかりませんでした。

 「わたしと一緒にいらっしゃい」そのときカッドゥルパイの耳のそばで、ある声がして「わたしはかれらを助けることできるかも」というのです。カッドゥルパイは、その声の主のクッカブラ夫人のほうに向きなおりました。
 「その人たちは、あんたの友達なの」とクッカブラ夫人はそう聞くと、外に飛び出そうとしました。「そうです」カッドゥルパイは涙をこぼしながら「ぼくの兄弟のサングルポットと友達のほぐれ花なんです」と云って夫人のあとに続きました。
 「まかしといて!」と、クッカブラ夫人、「さあさあ、もしあんたがあたしの背中に乗れるなら、あたしゃあんたを友達のウズラ鳥のところに連れて行ってあげるわよ」
 「ウズラ鳥はミスターイーグルの知り合いだし、かれらのところへ行けば、きっと、なにかわかるわよ」

 そこで、カッドゥルパイがクッカブラ夫人の広い背中に乗るとすぐ、彼女は飛び立ちました。そして間もなく海岸につきました。クッカブラ夫人はゆっくりと、友達のウズラ鳥をさがしながらいく日も海辺を旋回し「かれはきっとどこかにいるに違いないわ。旅をするのが好きなんだから」と云うのです。
 かれらはナッツや花たちが、いっぱいサーフインをして楽しんでいるところを通ったりしたのですが、かれらがあまり楽しそうで、カッドゥルパイはますます悲しくなり、大泣きしたので、ナッツたちは雨が降ってきたのかと思って空を見上げたほどでした。

 いく日もいく日も飛び回ったり、浜辺に舞い下りたりしているうちに、ある日、かれらのほうを向いて叫んでいる声が聞こえてきました。見下ろすと、遠くで枯れ枝を振り回しながら一羽の鳥が立っているのです。だれだと思います? それは年寄りのウズラ鳥じゃありませんか。
 クッカブラ夫人はとうとう彼を見つけたのです。そこで大喜びで、舞い下りました。そしてその場でいっしょにキャンプをしながら、サングルポットとほぐれ花のところへ帰る相談をしました。

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 さあ、こうして、メイ・ギブスが語り継ぐナッツたち、サングルポット、カッドゥルパイ、ほぐれ花の物語は、まだまだ続きます。
 カッドゥルパイはサングルポットやほぐれ花と無事にめぐり会い、再びフリーリーを探すことになるでしょうか。

 イギリスの画学校で修業を積み、理解ある両親のもとで、女性の自立についても、しっかりした信念を抱いていたすぐれたイラストレイター、メイ・ギブスの、ユニークで美しいイラストは、この文章が紹介記事のため、版権の問題上、魅力たっぷりのかわいいい挿絵を転載、ご紹介できないのは残念ですが、ともあれ、この作者メイ・ギブスは、よい伴侶を得て、しあわせな結婚生活に入り、その筆の冴えは、南の大陸の風土にマッチした生きものたちを自在に描き分け、奇想天外な展開で、故国イギリスの伝統的なお伽話にはない新天地を切り開きました。

 けれども、もともと彼女はイラスト専門で、物語作家ではないので、話の展開や描写には多少ぎごちないところもあり、イギリス本土やヨーロッパからの移民家庭では、このお伽話を野生動物たちの繰り広げる荒唐無稽な作品として、子弟に進んで読ませたくない、というプライド意識で禁じたりしていたのも残念ながら事実でした。

 それには、さらにいまひとつ深い意味がありました。というのも、十九世紀、この地の南海岸のタスマニア島には、イギリス本土の牢獄に収容しきれない罪人(それもパン切れ1個盗んだだけ、というような微罪でさえ)を送り込んだポートアーサー流刑地があり、いまでこそ観光地としておおっぴらに展示されていますが、かつては移民の人たちにとって、ちょっと覆い難い負の歴史であったに違いなく、この国に住む限り、ことさら自分たち家族のプライドをしっかり保つ必要があったことと関連する事象だったといえるかもしれません。
 しかし、いずれにしてもこうした閉塞的な状況を突き破り、一人の女性として、未知の新大陸の大自然に目を見開き、心ゆくまで楽しむことを提案し続けたギブスの自由でおおらかなゆるぎない魂は、称賛に価すると思います。 

 (エッセイスト)

(2022.1.20)
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