【メイ・ギブスとガムナッツベイビーの仲間たち】(22)

サングルポットとカッドゥルパイの冒険⑰

高沢 英子

 「僕らはいったいどこにいるんだ?」とカッドゥルパイ、
 「たぶん、ボートの底だと思う」とサングルポット。
 「シッー」ほぐれ花が声をひそめ「なにか言ってる声が聞こえるわよ」

 3人は静かにして耳を済ませました。すると向こうでキャプテンの声が聞えてきました。
 「やれやれ、心配ないさ。月が沈んで真っ暗な夜になりゃ、あいつら3人、ドボーン、わかっとるな? うーん」「アイアイサー」どら声で答えています。
 「さっさとやるんんだぞ」

 ナッツたちは、ぐっと息をひそめました。キャプテンがだれか、今わかりました。そして月が沈み、暗い夜になれば、彼らを海に投げ捨てようとしていることも。
 彼と水夫たちは、長い梯子をよじ登って行ってしまいました。

 「バンクシャーマンたちだよ」サングルポットが囁きます。
 「わたしたちどうすればいいかしら?」とほぐれ花、
 「大丈夫さ。今夜は明るい月夜だから、」とサングルポット。
 「ここにある大きなからっぽの実のひとつに隠れようぜ」とカッドゥルパイ。
 「おや、ちょうどいい通路がある」とサングルポット、「僕は何か食べるものを探してくるよ」
 「見つからないよう気をつけてね」とほぐれ花、
 「大丈夫さ。僕は野犬みたいにうまくやれるからね」というと勇敢なサングルポットは長い梯子を上っていきました。

 カッドゥルパイとほぐれ花は、暗い船底で、目が慣れてくると彼らの周りに様々なものがあることに気が付きました。旅行者たちのトランクやバッグ、さらに大きなな乾燥ナッツの山。
 そして彼らがその辺を這い回っていると、彼らのすぐそばで、なにか、かさこそ音がします。ほぐれ花は叫びました、
 「ちょっと、見て、見て!」ほぐれ花が叫び、見ると、まるで布がこすれるみたいな音を立てているのは、灰色の尻尾みたいなものでした。

 カッドゥルパイはそれをつかんで引っ張りました。
 でもその尻尾の持ち主は動きません。
 「出てこい。でなきゃ尻尾を引っこ抜くぞ」とカッドゥルパイが叫びました。「おーおー」と小さな鳴き声が返ってきました。「私を出して! 出ていくから」
 「ようし、さっさと出てこいよ。ほら!」
 すると痩せて青ざめ大きな不安そうな目をした小さなたネズミが、ぶるぶる髭を震えさせてて出てきました。

 「きみ、名前は何というの」とカッドゥルパイ。
 「ジェルボアです(オーストラリアに棲息するトビネズミ)」とみすぼらしい小ネズミは、なんとなく馴れ馴れしい口ぶりで「でも、たいてい僕らはウインキー(嫌な奴)って呼ばれてるんです」
 「で、きみはどこへ行くつもりだったの?」
 「母さんのところへ帰らせてください」かわいそうな生き物は目に涙をいっぱいためて言いました。

 「それがどうしてこんなところに?」
 「私はブドーを取りに行こうと走っていたんだけど、道に迷い、うろうろしてると、蛇がわたしに近づいてきたと思うと、フクロウがもうちょっとで私を食べようとしたときバンクシャーたちが殴りかかり、どうにか逃げて、この船の中に隠れました。この船は大悪者(ビッグ・バッド)市に向かっている、とかれらが言うのを聞きました。でも私は母さんのところへ帰りたい、そうするんだ。クスン、おなかはペコペコで、寒いけど、わたしが喋ったことはキャプテンに言わないでくださいね」

 「かわいそうなおチビちゃん。サングルポットが帰ってきたら、食べるものなにか上げますからね」とほぐれ花は言いました。
 「ぼくは喋らないよ」カッドゥルパイは子ネズミのそばに座ると、悪いキャプテンがどうやってみんなを海に投げ込もうとしているのか話し合うことにしました。

 「だから、いいね。僕らもここに隠れたんだから。お互いに助け合わなくちゃね」
 「そうです」ネズミは真剣に答え「私らは今夜ビッグ・バッド市に到着するはずですから、私はこの船から抜け出す道を案内します」
 「きみ、それができるの?」2人はそういって「有難いなあ」と喜びました。

 かれらがこんな話をしているうちに、サングルポットが大急ぎではしごを滑り降りて帰ってきて「ぼくらはもうすぐどこかの町に着くよ」と言い、子ネズミを見てびっくりして話をやめました。
 「この子は僕らの仲間だよ」とカッドゥルパイは言うと、これまでのいきさつをサングルポットに全部話しました。 (つづく)

     *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

 1918年、4年間続いた第1次世界大戦が終わりを告げ、11月11日、フランス北部の森の列車の中で、和平調印が成立しました。オーストラリアでも兵士たちや軍属などがぞくぞく故国に帰ってきました。
 3年後の1920年にはメイの「ガムナッツの仲間たち」の最初の2つの物語が、シドニーの出版社から刊行されています。

 メイはオーストラリアの自然界の生き物たちを描く童話作家としていよいよ地歩を固めていきますが、この頃彼女にはさらなる幸せな生活の変化が訪れていました。
 それは結婚です。1919年のイースターに、メイは一人のアイルランド系の紳士 James Ossoli Kelly と結婚することになります。そのいきさつは、多分に予期しない運命的な事柄といえるのですが、これまでメイの身辺をなにかと気遣ってきたメイの両親にとっても満足のゆくものだったと思います。
 それは、まだまだ保守的な社会の中では画期的な新しいスタイルで、もうそう若くはないカップルが、互いに充分話し合い、理解を深め、熟考を重ねたうえでの幸せな選択でもありました。以後メイはますますその才能を発揮し、心満たされた生涯を送ることなるのです。

 それについては次回さらにじっくりご紹介したいと思います。現代でも、女性の社会進出の前には幾多の問題が横たわっています。日本でも目下、ある重要な地位にある人物の女性全般に対する批判的発言が大きな社会問題として取り上げられ、事態が紛糾しています。

 男女は、それぞれ生きる喜びを分かち合いながら、互いの特質を尊重し、もてる能力で社会に貢献する、というのが、成熟した近代社会のルールでもあるでしょう。これは男女いずれにとっても、個の尊厳を守りながら悔いなく生きていくうえで、絶対おろそかにできないテーマだと思います。次の機会に100年前のメイの結婚の幸福な成り立ちが、相互の理解と協力でいかに成し遂げられたかをご紹介しながら、考えてみたいと思います。

 (エッセイスト)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧