【コラム】
フォーカス:インド・南アジア(30)

インドへの「思い込み外交」の脱却

福永 正明

◆ 1.2020年 安倍政権・トランプ政権の崩壊

 2020年11月3日実施の米大統領選挙は、全国得票数、選挙人獲得数などにより、民主党候補のバイデン元副大統領の大差での「当選」は確実である。しかし、共和党現職のトランプ大統領による最終的な「敗北宣言」は行われていない。
 既に、バイデン次期大統領は2021年1月の正式な「大統領就任式=政権交代」に向けて、新閣僚候補者名簿=バイデン・チームの発表を続ける。それは、トランプ政権が放置した、COVID-19感染拡大阻止を最重要課題とする政策方針の提示、多彩な布陣の発表として歓迎されている。

 混迷する世界において、独善・強権的な虚偽政治を続けた安倍晋三首相(以下、安倍前首相)が退任し、トランプ大統領も姿を消すことは、自由、平等、貧困解消、差別反対、平和を求める諸国の市民運動の成果と評価できるであろう。

 過去4年間のトランプ大統領の政権運営は、世界を揺るがせ、従来の「やり方」を無視した既存の戦後国際政治秩序の破壊、拝金絶対主義政治の横行をもたらした。特にそれは、米国内政治よりも、外交や国際関係の分野において、「素人の親族中心による思いつき外交」と表現されよう。
 すなわち、近隣諸国からの移民・難民流入阻止、国連軽視と世界保健機関(WHO)やTPPからの離脱、パリ条約離脱、北大西洋条約機構(NATO)諸国との関係悪化、イラン核合意の一方的破棄、朝鮮民主主義人民共和国との首脳会談の失敗、イスラエル重視による中東政策の悪しき転換、対中強硬策での台湾重視や中国人権問題への言及、在外米軍基地の撤退をほのめかしての駐留費用の負担要求などであり、4年間に外交展開された事項は多い。

 だが、これらはトランプ大統領が掲げ、2016年大統領選を勝利し政権を担当した柱である「アメリカ・ファースト的な世界観」による。つまり、アメリカが抽象的な価値や規範、そして国際秩序を維持するために行動する「超大国」であるとして、自国と自国民の利益と安全を最優先とする、自分勝手な振る舞いの実践であった。

 職業外交官を信用せず、自分の根拠なき勘と言葉(時に、罵倒や賞賛)で外交を動かし、その柱にあったのは「金儲け、アメリカの利益→自己利益」の最大化であったといえる。先進首脳会議(サミット)を、自身がフロリダ州に所有するゴルフリゾート施設を開催地として提案するなど尋常ではなかった(実際、批判を浴びて公式の大統領別荘へと変更された)。
 こうした「思いつき」政権運営や外交は、まさに政権幹部の目まぐるしい解任による交代、その後の主要幹部らの著書での「トランプ批判」に詳述されている。

◆ 2.安倍「トランプ抱きつき外交」の崩壊

 トランプ大統領の選挙戦敗北前に消えた安倍前首相は、「トランプ抱きつき外交」を基調とした。つまり、外交能力のない無策の米大統領に抱きつき、自国の外交としての首相個人の名を高めることだけのみに奔走していたのである。
 11月米大統領選挙前の8月末、安倍首相が自ら「二度目の政権放り出し」を行ったのは、コロナ禍対応の失敗、自らの腐敗案件(モリ、カケ、サクラなど)続発での内政の行き詰まり、「抱きつき」先のトランプ敗北が「安倍外交崩壊」へ導いたのである。

 安倍前首相は、2015年11月の米大統領選挙直後の同月17日、トランプタワーに駆けつけ、「抱きつき」をはじめた。そして「私は、トランプ次期大統領は正に信頼できる指導者であると、このように確信しました。」とのコメントを発表した。だが次期大統領でしかないトランプ氏は、この初回会談においてすでに、在日米軍駐留費の負担増、米国産軍需品の購入、日本産工業製品への関税引き上げ、在米日本企業 (特に、自動車産業)の工場増設による雇用と生産拡大要求など、「アメリカ利益となる金の話し」を突きつけていたとされる。

 それでも、安倍前首相はトランプ大統領の「良き理解者としての下僕」となる道を進めた。さらには、トランプ大統領と仲良くなりたい世界各国指導者との「橋渡し役」を任ずることで、各国からチヤホヤされることを望み、「トランプ大統領と一番話しができる日本の首相」を標榜し、諸外国訪問を「外遊」を続けた。この間、経産省出身の官邸側近たちを重用し、従来の日本外交をほぼ踏みつけ変質させた。

 日本が国際社会のなかで先導的役割を果たすことができる、核兵器禁止条約の批准には背を向け、2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所事故の甚大な被害からの「脱原発と再生可能な天然エネルギーへの転換」も進めず、無為無策の国民抑圧だけを続ける約8年間の第二期政権であった。
 例えば、30歳以下の官僚たちは安倍政権しか知らず、官庁の仕事を覚えてきた。それが自然と、組織・上司の方しか向かず、政府全体での首相夫妻への忖度と法秩序の破壊、国民よりも上(首相)だけを見る官邸になり下がったことは明らかであろう。

◆ 3.「自由で開かれたインド太平洋戦略」

 トランプ・安倍政権において進められたのが、「自由で開かれたインド太平洋戦略(以下、「戦略」)」である。そして、この「戦略」により、日本を中核とする対中包囲網の形成、自衛隊強化、日米軍事一体化を推進した。
 まさに、安全保障政策の大転換と理解するべきであろう。それは防衛省、自衛隊が、米国防省や米軍、さらには軍需産業と手とカネを結び、中国を「強敵」と仕立てることによる「日本軍備力の強化」と、対中包囲網としての南西諸島での基地新設など、中国に対抗する安全保障プレゼンスの強化増強であった。

 この「戦略」は安倍前首相が最初に、2016年8月のケニアにおける「アフリカ開発会議(TICAD)」の基調演説(https://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/page4_002268.html)として、「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific Strategy)」を発表した。
 この要点は、
・自由で開かれた2つの大洋(太平洋、インド洋)
・2つの大陸(アジア、アフリカ)の結合
・両大陸をつなぐ海を、平和な、ルールの支配する海とするため、アフリカと一緒に働きたい。
という、アフリカ諸国向けの内容であった。

 そして、『国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは、「2つの大陸」:成長著しい「アジア」及び潜在力溢(あふ)れる「アフリカ」と、「2つの大洋」:自由で開かれた「太平洋」及び「インド洋」の交わりによって生まれるダイナミズム』であり、『自由で開かれた海洋こそ、平和と繁栄の源であるとの安倍内閣の一貫した考え』と表明し、『アジアの成功を「自由で開かれたインド太平洋」を通じて中東やアフリカに広げてその潜在力を引き出す、すなわち、アジアと中東・アフリカの「連結性」を向上させる』と論じたのである。具体的には、東アジアを起点とする、南アジア~中東~アフリカへと至る国造りの支援であるとした。
 「戦略」の具体策は、『東アフリカと歴史的に結び付きの強いインド』、『日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略」とインドの「アクト・イースト政策」を連携させ相乗効果を高め、インド太平洋地域の安定と繁栄を主導』するとした。

 以上の通り安倍前首相の演説は、アフリカの開発について日本が今後どのように寄与するかの方針を述べた。しかし以後は、「自由で開かれた海洋」とされた「太平洋・インド洋」の重要性のみが強調されることとなった。

◆ 4.中国の「一帯一路」構想とインド洋

 「自由で開かれた海洋」との表現は、中国が進める「一帯一路構想」に対抗する政策であると評価されることなり、アフリカの開発とはまったく別の政策となった。
 2013年9月、習近平国家主席がカザフスタンの大学における講演で、ユーラシア各国の経済連携と相互協力による経済発展の新協力モデルの「新シルクロード経済ベルト」構想を表明した。さらに同年10月に、インドネシア国会で「中国―ASEAN海上協力基金」を活用した海洋協力パートナーシップの発展、「21世紀海上シルクロード」建設を呼びかけた。これらが統合された構想が「一帯一路構想」であり、中国の対外新戦略の主軸と位置付けられている。

 アメリカや日本の「一帯一路構想」での衝撃は、中国のインド洋への関心表明であった。インド洋は地球海洋の約14%を占め、太平洋と地中海・中東とを結び、世界の政治・経済の戦略的重要な地理的位置にある。
 ところがインド洋には、海洋利用に関する制度化はまだ確立されておらず、インド洋は広大であるが故に力の空白域が存在する。米英海軍、インド海軍が一定の影響力を有するだけである。それは安全保障における「空白の秩序無き海洋」と理解することができるであろう。

 そのインド洋での勢力争いを開始させたのが中国の「一帯一路構想」であり、中国の積極的なインド洋進出であった。実際に中国は、「真珠の首飾り」と呼ばれる各国での港湾インフラ整備へ積極的に乗り出し、南アジアではバングラデシュ、スリランカ、モルディブでの勢力拡大策を展開する。各国への巨額の借款融資、工事請負、港湾運営・使用、そして中国海軍艦艇の寄港などが続いた。
 こうした中国の進出に対抗し、独占的権益拡大を阻止しようとするのが、「戦略」であるとされた。

 つまり「自由で開かれた」とは、中国によるインド洋世界への進出阻止のことであり、一般に考えられているような「インド洋の活用やシーレーン確保」だけを意味するのではない。もちろん安倍前首相が提唱したアフリカ開発との関係などは、もう消散している。つまり、中国対抗策としてのインド洋安全保障体制の確立が、この「戦略」の軸となっている。

◆ 5.インドへの「思い込み外交」の脱却

 日本とインドが同質の価値観を有し、それが中国に対抗するものであるかのような報道、解説が多い。だが、問題はインド洋圏域の安全保障であることは需要である。
 例えば、2020年に続発したインドと中国の武力衝突により両国関係が悪化した。だがそこから、アメリカ・日本とあたかも「同盟」を結び中国と対抗するような、さらに中国へのけん制役となるとの論はあまりに単純である。

 インド外交は、依然として「アメリカも中国も」との柔軟政策、ある意味で優柔不断な態度を継続する。特に経済面では、対中依存度は高く貿易赤字も巨額である。海軍力強化は、インド洋圏域でのインドのプレゼンスを高めるために進められているが、それが直接に「戦略」に乗るものではない。
 インドが、南アジアにおいて近隣諸国から頼られず嫌われる存在であることも重要であろう。インドによる尊大な外交や軍事政策が、南アジアへの中国の進出、特に海洋進出を促してきた面も強い。

 インドとどのような関係を築いていくのかは、日本外交や安全保障政策において重要な問題である。しかし、一方的な思い込み、つまり「インドは日本を理解してくれる、日本と同じ立場」との考えは判断を誤ることとなろう。
 「戦略」と対中けん制策を唱えるだけでは、インドの動向は明らかにすることはできないことは明らかであろう。

 (大学教員)
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