【オルタのこだま】

影の支配者・電通

『月刊日本』編集部


◆電通を批判できなかったマスコミ

 2016年5月、東京五輪招致委員会がIOC(国際オリンピック委員会)の関係する口座に2億3000万を送金していた事実が明らかになり、カネで五輪を買ったのではないかという疑惑が持ちあがった。この事件には電通が深く関与していたが、マスコミは電通の名前を伏せて報道していた。この裏金問題は有耶無耶になったままである。同年9月に英字紙の報道で発覚した電通の不正請求についても、日本のメディアはまともに追及しなかった。
 ようやく、電通の新人社員である高橋まつりさんが過労自殺したことをきっかけに、マスコミは同社の労働環境やパワハラ体質を報じるようになった。しかし、これまでごく一部を除き、マスコミが電通を批判的に取り上げることはなかったのである。

 国民に正しい情報を伝えることを阻害している電通という存在を、いまこそ徹底的に追及する必要がある。日本のメディアが電通について沈黙する一方、海外のメディアは電通という存在に強い関心を抱いている。例えば、フランスのジャーナリストは「電通は日本のメディアを支配しているのか?」(2016年5月13日)と題する記事を発表した。そこでは、電通と博報堂が「広告、PR、メディアの監視を集中的に行い、国内外の大企業・自治体、政党あるいは政府のための危機管理を担当し、マーケットの、70%を占有している。この広告帝国が日本のメディアの論調を決定していると批判する人々がいる」と指摘されている(内田樹氏訳)。

 電通は一貫して広告業界のガリバー的存在として君臨してきた。経済産業省の統計では、2015年の国内広告業の売上高は5兆9,249億円。このうち電通の売上高(2015年12月期)は1兆5,601億円で、約26%のシェアを握っている。電通は、広告主のために、テレビ、新聞、雑誌、交通広告などの広告枠を用意するだけではなく、広告の制作も行っている。さらに、五輪をはじめとするイベント、PR、セールスプロモーションなどを幅広く手掛けている。テレビのゴールデンタイムのスポンサーの割り振りを、実質的に仕切っているのは電通だ。ゴールデンタイムにコマーシャルを流したい広告主は、電通にお願いするしかないということだ。

 例えば、民間テレビ局の収益は、その100%を視聴料ではなくCM放映料に依存している。このため、テレビ局をスタートさせる開局の時点から電通に依存してきた経緯がある。
 その結果、顧客に多くの大企業を抱えている電通は、テレビ番組の広告枠を「買い切る」ことができる。これにより、テレビ局に対して極めて大きな影響力を確保している。また、電通は大手新聞社、全国・地方テレビ局、その他マスメディア関連会社に社長やトップクラスの役員を送り込んできた。メディアに対して、これほどの影響力を持っているからこそ、電通は不都合な記事を抑えたり、扱いを小さくするだけの力を持っている。露骨な圧力を掛けなくても、メディアの側が自主規制してしまう。原発報道は、その典型的な事例だ。メディアに対する広告の力は、原発のみならず、安全保障や経済政策など政府が進める政策に対する批判を封じ込める役割を果たしている。小泉政権の郵政民営化を批判した森田実氏、テレビ朝日の「報道ステーション」で政権に対する厳しい批判を展開した元経産官僚・古賀茂明氏、都知事選に出馬し、東京五輪批判を展開した上杉隆氏など、多くの評論家やジャーナリストが番組からの降板に追い込まれてきた。

 ところで、2015年6月25日に自民党本部で開かれた、安倍首相に近い若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」(代表:木原稔・党青年局長)の初会合で、大西英男衆議院議員が驚くべき発言をしている。
 「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番。…文化人、民間人が経団連に働きかけてほしい」
 ここには広告の力によってメディアの報道が規制されてきた現実が、よく示されているではないか。

◆マスコミ取り込みを画策した電通

 電通は、政治と関わりを持つようになって以来、一貫して自民党と特別な関係を結んできた。田原総一朗氏の『電通」によると、電通が初めて政治と関わったのは、1952年10月のことである。1951年9月に、自由党の吉田茂はマスコミの主流を占めていた全面講和論を押し切ってサンフランシスコ講和条約を結び、日米安保条約に調印した。吉田としては、主権回復後最初の総選挙である1952年の選挙では、何としても圧勝する必要があった。そこで、主要紙に大々的に広告を打つことにした。そのプロデューサー役を演じたのが電通だった。結局、吉田自由党のPR作戦は成功、過半数を超える242議席を獲得した。

 電通は、親米路線に舵を切る吉田茂以来、常にアメリにとって重要な政治局面でメディア対策を任されてきたのである。電通は、1960年の安保闘争でも岸信介政権のために積極的に動いた。安保改定に反対するデモが拡大する中で、同年6月15日には、国会に突入した東大生の樺美智子さんが警官隊と衝突して死亡した。その直後の17日、在京新聞社7社による「議会政治を守れ」としたスローガンを掲げた社告が掲載され、反安保の盛り上がりを鎮静化させる役割を果たした。この社告を、朝日新聞社の笠信太郎ともに主導したのが電通の吉田秀雄だった。

 さらに吉田秀雄は、反安保を主張するマスコミを嫌悪し、広告をストップさせると牽制することによって、マスコミの論調を軌道修正させることを検討していたという。実際吉田は、マスコミ取り込みの手段として、財界とマスコミの交流の場として「マスコミ懇談会」を作っている。

 1972年11月、電通は自民党関係の業務を強化するために、自民党、官公庁、政府系機関の専門部門として「第9連絡局」を設置している。前年の都知事選では、美濃部亮吉と秦野章の事実上の一騎打ちとなった。自民党が推す秦野陣営の選挙活動を電通が取り仕切ったが敗北したことが、その背景にあるとされている。「9連」は、1973年2月に行った「自由民主党広報についての一考察」というプレゼンテーションで、自民党のスポークスマンを作るよう提案、愛川欣也、草柳大蔵らを候補者として推薦した。

◆「郵政民営化は正しい」というプロパガンダ

 米国の年次改革要望書に沿う形で、郵政民営化を推進した小泉政権においても、電通は重要な役割を演じた。小泉総理は「改革なくして成長なし」「自民党をぶっ壊す」「聖域なき構造改革」などのワンフレーズ・ポリティクスを駆使したが、広告業界関係者が『週刊金曜日』の取材で明かした通り、ワンフレーズ・ポリティクスをアドバイスしたのは電通だ。

 森田実氏も本誌(2003年11月号)において、小泉氏が2001年4月の総裁選の際に、電通にプロジェクトチームを作り、総裁選戦略を研究させたと指摘している。小泉氏は、電通から「広告主は15秒のコマーシャルの中でいろいろなことを伝えたがるが、ワン・メッセージでなければ伝わらない」ということを教えられ、ワンフレーズ・ポリティクスの効用を確信したようだ。

 2005年の郵政選挙の際には、日本市場拡大を狙うアメリカの保険業界が拠出した巨額の資金が電通に流れ、日本国民に「郵政民営化は正しい」と思わせるための情報操作が展開されたと言われている。小泉政権ではまた、「国民の声を聞く」と称してタウンミーティング(TM)が開始されている。2001年度に8回のTMが行われ、総費用9億4000万円が全て電通に流れている。

 更に、2005年から2007年にかけて、裁判人制度のPR費用として最高裁から電通に約8億5000万円が流れ、最高裁 ― 電通 ― マスコミによる世論操作が露骨に行われた。各地で開かれる裁判員制度に関するタウンミーティングの告知をし、ミーティングの内容を伝える記事とセットで最高裁の広告を地方紙に掲載するという形で、裁判員制度の世論が形成されていった。

 その後、2009年の総選挙で野党に転落して以来、自民党のメディア露出は一気に縮小した。自民党のメディア露出は一気に縮小した。この時代に自民党はネットの効果的な活用戦略を強化し始めていた。そして、2013年6月の参院選挙を控え、電通は2012年に自民党にネット選挙対応について提案した。これを受けて、自民党がネットを活用したのが、「トゥルースチーム(T2)」である。

 T2発足を主導したのは、電通出身の自民党衆議院議員・平井卓也氏である。平井氏以外にも、自民党には、中山泰秀氏、伊藤忠彦氏らの電通出身の衆議院議員がいる。安倍首相の妻・昭恵夫人も電通出身者だ。さらに、東京五輪誘致のために、2013年にブエノスアイレスで開かれたIOC総会での最終プレゼンスに協力したの電通だという。現役の電通社員がIWJの岩上安身氏のインタビューに答え、安倍首相が高らかに宣言した「アンダーコントロール」発言も、滝川クリステルの「おもてなし」も、すべて電通が用意したと述べている。

◆公取は電通にメスを入れよ

 欧米では有力なマーケティング会社やクリエイティブ会社が存在し、メディア・バイイング(広告枠の購入)は独立したビジネスとして確立している。このため、広告主が競合他社と戦うための「重要な戦略や企業秘密等」が守られ、「一業種一社」(同一業種の複数社とは取引をしない)は当然のこととされている。

 ところが日本では、マーケティングやクリエイティブの重要な戦略を大手広告代理店が握っている。このため、それらの戦略はメディアを獲得するための武器でしかなく、時にはサービスであったりもする。また広告主も大きければ大きいほど、リスクマネージメントとしての「メディア操作機能」を電通に期待するのが現実だ。このため日本では、広告代理店での「一業種一社」が実現できていない。電通が広告代理店になって行った根本的理由は、ここにある。こうした日本特有の異常な広告代理店の在り方には、広告主とマスコミの双方に責任があるのだ。

 寡占状態の背景にある既存広告主優先、口頭取引の慣行といった、広告市場の不透明性も是正する必要があるこうした状況に対応し、ようやく2005年に公正取引員会が広告業界の調査を行った。報告書は、スポットCMについて、広告会社間の報酬率の格差が広告会社の価格競争力の差になっていると指摘し、「こうした著しい格差は、独占禁止法上の問題につながるおそれがある場合もあることから、テレビ局は、例えば、一定期間における取引量(額)や前年実績に対する増減率等、報酬率の算定基準について、広告会社各社に共通の基準を整備するなどにより、広告会社の報酬の決定について、合理性、公正性、透明性を確保する必要がある」と結論づけている。

 さらに報告書は、「取引慣行を点検し、競争制限的な慣行を見直し、取引の透明性を確保するなど、広告取引全般の適正化を図ることが必要である」とも書いた。公正取引委員会は、5年後の2010年にもフォローアップ調査を行ったが、状況はほとんど改善されていない。いまこそ、公取は電通の寡占状態をもたらしているいびつな広告取引の状況にメスを入れるべきだ。そして、電通によりメディア支配されている国民自身が、声をあげるときなのではないか。

※この記事は雑誌『月刊日本』2017年1月号から同誌編集部の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。


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