【図書紹介】

『「葬式ごっこ」八年後の証言』 電子版で復活!

羽原 清雅

 いじめ自殺事件がクローズアップされ、その実態の追及から子どもたちの「いじめ」が社会問題として注目されるきっかけになったのが、35年前の鹿川裕史君の事件だった。
 この事件の背景、教師たちの姿勢、周辺環境の気付きの乏しさなどを、広く深く追い続けた記録が、この『「葬式ごっこ」八年後の証言』(1994年、風雅書房刊)という本だった。
 それがいま、電子書籍としてよみがえり、入手可能になった。

 1986年に東京・中野区の中学校のある学級で、2年生の男子中学生がいじめに耐えかねて、自殺した。この事件に関与し、すでに成長した元同級生たちを追って、教室で目撃したいじめの実相を語った証言をもとにまとめたのがこの記録である。事件から8年後、忘れられようとした事実をよみがえらせることで「いじめ」の怖さを、具体的に立証している。

 自殺した中学生の生前、同級生らが彼を死んだことにして、追悼の言葉を書き連ねた色紙を、教室の彼の机に飾り、線香まで備えた。この、まさに「葬式ごっこ」に使われた色紙には、担任ら4人もの教師が署名していたのだ。

 この著者豊田充さんは、朝日新聞社会部記者として事件当時、同級生たちの周辺に分け入って取材を重ね、この事件をスクープ。さらにその後も、被害者である鹿川君の両親が、学校側と同級生2人を相手取って起こした損害賠償請求訴訟が、1994年5月の東京高裁での控訴審判決によって確定するまで、8年に及んだ全法廷を傍聴してまとめた記録でもある。
 その過程で、学校長と担任教師が「葬式ごっこ」をもみ消そうと工作した事実まで明らかにしている。

 この本は、教育現場に目を開かせ、日常的に隠されがちだった「いじめ」というものに、新たな取り組みの必要を強くアピールした。いじめの被害者の遺書や手記はさまざまに公刊されているが、それでもいじめはあちこちで再発している。豊田さんの書のように、その場に居合わせた「当事者」や、消極的だったにしても「加害者」の証言が、まとまって紹介された例は、ほかに皆無、といってもいい。少なくともこの30年間、ここまで深く根っこを掘り起こし、いじめの発生源にまで迫った類似書は出版されていない。

 筆者は2020年3月、NHKのテレビ取材を受けて、鹿川君の元担任の教師を訪問し、その場面まで放映されている。また、この番組の担当記者はいま、その続編とすべく、豊田さんの多彩な保存データをもとに「八年後の証言」に登場した元同級生への取材を続けている。
 この本に登場する「岡山君」による証言は、静岡県出版文化会編の中学2年生向けの道徳資料集に転載されているほど、この問題が一過性ではすまされず、追い続けるべき課題であることを示しているといえるだろう。

 この本が出版されて27年。それが2021年4月、電子書籍としてよみがえった。有料で1,408円。刊行された本は出版元の倒産で既に絶版となり、Amazon の古書マーケットでも、定価を上回る2,300円以上、保存のいいものは3万円を超える価格がつくという。安価に読めることになったことは、「いじめ」の全面的な解消を目指すうえで願ってもない。

<電子書籍の閲読は https://store.voyager.co.jp/publication/9784866890937

 (前新宿区教育委員)
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