【本の紹介】

『「憲法改正」の真実』

樋口 陽一・小林 節/著  集英社新書  3月22日刊  定価760円+税

浜谷 惇


 政治の異常事態が止まらない。国会で安倍晋三首相は在任中に、憲法改正を実現させたいと言明しています。7月の参院選挙で改憲を発議できる3分の2の議席確保が勝負とばかりに、消費税10%アップの再延期、補正予算編成の検討、衆参同日選挙をチラつかせるなど、なりふりかまわない言動をつづけています。

 そんななか、「法の専門家である私たちが、黙ってみすごすわけにはいかない」と、護憲派の「泰斗」である樋口陽一氏と、改憲派の「重鎮」である小林節氏の両憲法学者による対論形式によってこのほど発刊されたのが本書です。自民党の「憲法改正草案」が、この日本をどういう社会・国につくりかえようとしているのか、解き明かしてくれています。

 本書の特徴は、なんと言っても両氏の伝えたい「立憲・民主・平和」が明快に、そして多面的で、知的でわかりやすく語られ、それらがずしりと響いてくるところにあります。専門用語もほとんど気にかけることなく読み進むことができます。

 著者の樋口氏は、「憲法の改正を議論する際には、順番があります。前提抜きで単純に○か×かという議論からはじめてはなりません。そもそもどんな必要があって、どんな政治勢力が、なにをしたいために、どういう国内的・国際的条件のもとで、どこをどう変えたいのか、それによって賛成も反対も分かれる。これが憲法問題の本来の議論の仕方です」と、説いています。

 ところが、改憲を急ぐ安倍首相やその側近といわれる人たちと自民党は、論議の「順番」を壊して、一昨年(2014年)には憲法9条が禁止する集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、昨年の国会審議では憲法違反の安全保障法制を強行採決、そして今春3月末に同法を施行。その既成事実の延長線で首相は、安全保障やテロ、災害などの危機感と現行法体制の不備をことさらに煽って、「緊急事態条項の新設」を改憲の突破口にしようとしています。

 著者は、この改憲は「世間で言われているようなソフトなお試し改憲」ではなく、「内閣が『はい、これから緊急事態!』と決めてしまえば、それだけで立法権は内閣のものになる」ということで、改憲の「本丸」そのものであると、その危険性を鋭く炙りだしています。

 本書には大別して三つのことが明快に語られています。
 一つは、「はじめに」につづく「破壊された立憲主義と民主主義」(第1章)で、安倍政治によって進められてきた「憲法を破壊した勢力の正体」が克明に、そしてそれらがもたらした深刻な事態に直面しているが語られています。

 二つは、自民党が2012年に決め、いま安倍首相がその実現をめざすという「憲法改正草案」を立憲主義の立場から、その狙いの“真実”が明かされます。両氏は、草案はとても「憲法と呼べる代物ではない」と断定します。それでは「なぜ代物ではない」といえるのか。両氏は対論でこの「なぜ?」を丹念にテンポ良く解き明かしてくれます。
 それは、「改革草案が目指す『旧体制』回帰とは?」(2章)、「憲法から『個人』が消える衝撃」(3章)、「自民党草案の考える権利と義務」(4章)、「緊急事態条項は『お試し』ではなく『本丸』だ」(5章)、「キメラのような自民党草案前文」(6章)、「9条改正論議に欠けているもの」(7章)、「憲法制定権力と国民の自覚」(8章)——の順に展開されます。

 このなかで、長いあいだ自民党の憲法調査会(2009年から憲法改正推進本部)のブレーン的存在であった著者の小林氏は、自民党の生々しい改憲論議の内実を全編随所にわたって紹介しています。例えば、改憲を主導する「彼らの共通の思いは、明治維新以降、日本がもっとも素晴らしかった時期は、国家が一丸となった、終戦までの10年ほどのあいだだった、ということなのです。普通の感覚で言えば、この時代こそがファシズム期なんですがね」と語っています。

 また、樋口氏は、「これだけ問題だらけの改正草案がなぜまかり通るのか。それが何に起因するのか……私はとくにここ1年ぐらい、現在の政権中枢ないし周辺にいる人たちの、人間性そのものが問われている気がします。まず、日本の戦後史のとらえ方のおかしさ、それから、そもそも戦前そのものをしらない」「自分たちが歴史や文化を知らないだけではなくて、人文社会の大きな流れそのものに対してあまりにも傲慢な見方をもっていますね」と分析しています。

 三つは、「憲法を奪還し、保守する闘い」(9章)の重要性が語られています。そして「対論を終えて」のなかで、小林氏は「主権者としての心の独立戦争」、樋口氏は「あらためて『憲法保守』の意味を訴える」と結んでいます。

 本書は、現行憲法のすばらしさを深く再認識する意味で、自民党改憲草案の「真実」を知る意味で、政治の異常事態を止めるために、そして自らは何ができるかを問いかける意味で、すばらしい著書です。憲法を保守したいと思っている人にとっても、改憲派だと思っている人にとっても、すばらしい著書です。

 (筆者は一般社団法人生活経済研究所参与・オルタ編集委員)


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