【コラム】酔生夢死

「お騒がせ議長」の尻ぬぐいは御免だ

岡田 充

「お騒がせ議長」の尻ぬぐいは御免だ        
 ペロシ米下院議長の台湾訪問(8月2~3日)は、中国政府が反対しただけではない。バイデン政権が訪台中止をペロシ氏に提言し、台湾の蔡英文政権も招待撤回に傾いたのに、自分のレガシー(歴史的評価)を満足させるため断行したのだった。

 メディアは「米国は台湾見捨てない」(8月4日付「朝日」)などの見出しで、「中国の恫喝に屈しなかった」議長を好意的に扱う。だが台湾紙「中国時報」(8月2日)が、台湾当局の「公電」を基に報じた内幕を知ると、別の風景が浮かび上がる。
 それによると、ホワイトハウス高官は、訪問予定が明らかになった7月18日以降、ペロシ氏に訪台延期を連日のように進言し説得に当たった。バイデン大統領は7月20日、記者団に「米軍は今は(訪台は)良くないと考えている」と強くけん制した。

 バイデン発言を聞いたペロシ氏は、台湾の蕭美琴・駐米代表に電話し8月3日訪台の意向を伝えた。この時ペロシ氏は、台湾側も招待撤回に傾いていることを初めて知ったという。一方習氏は7月28日の米中首脳協議で、ペロシ訪台を念頭に「火遊びをすれば身を焼く」と威嚇した。

 包囲網を無視してペロシ氏が訪台を強行した理由について「中国時報」は、同氏が82歳と高齢な上、民主党敗北が確実視される11月の中間選挙後に議長退任の可能性が高いため「個人的レガシー(歴史的評価)の追求を堅持した」と書く。

 蔡氏はこの間、ペロシ訪台に期待する発言は一切せず「低調」姿勢だった。ペロシとの会見でも、蔡氏は米高官訪台の際に使ってきた「台米関係の突破」という表現は避けた。訪問が「痛しかゆし」だったことが窺える。

 中国の軍事威嚇や経済制裁に曝されれば、台湾の安全保障環境は悪化する。台湾民衆は軍事演習中も冷静対応した。だが今後、演習が波状的に常態化すれば、批判の矛先は、米国と共に対中強硬路線を追求してきた蔡政権にも向きかねない。
 中国は、抑制してきた対日批判を強める姿勢に転換した。韓国の尹錫悦大統領が、「夏休み」を理由に対面せず、電話協議で済ませたのに対し、岸田文雄首相は朝食会を開き、軍事演習を「国家安全保障と国民の安全を脅かしている」と非難する対照ぶり。

 岸田政権は、中国ミサイルの日本EEZ落下を、「台湾有事は日本有事」とする「安倍遺言」にリアリティを持たせる「宣伝戦」を始めた。国民の関心を、安倍国葬や「旧統一教会」問題からそらそうとしているのでは、と勘繰りたくなる。
 駐日中国大使は「日本に厳正な立場を求める」声明を発表し、中国紙も日本批判キャンペーンを開始した。個人のエゴに基づいた訪台でもたらされた、東アジア安保や外交危機の「尻ぬぐい」をさせられるのはまっぴら御免だ。(了)

画像の説明
台湾総統府で会見したペロシ氏(左)と
蔡英文氏(台湾総統府HP)

(共同通信客員論説委員)

(2022.8.20)
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