【コラム】槿と桜(97)

MZ世代

延 恩株

 2022年4月4日、韓国の大韓商工会議所が「MZ世代」380人を対象にこの世代の消費傾向について調査した結果を公表していました。
 日本ではあまり聞き慣れない「MZ世代」という言葉ですが、韓国では多くの人が、特に若者世代であれば誰もが知っています。
 このMZ世代とは、M世代(ミレニアル)とZ世代の二つを合わせた造語です。「ミレニアル」とは「ミレニアム」の形容詞で、「千年紀」という意味です。西暦を千年単位で区切ったもので、1001年から2000年までが「2千年記」(第2ミレニアム)です。つまりここで使われているM世代(ミレニアル)とは、「第2ミレニアムの世代」という意味になります。

 「M世代」は、もともとアメリカで生まれた言葉で、英語では「Millennials(ミレニアルズ)」と呼ばれています。世界の人びとの問題意識や意見、傾向について情報を収集、調査するアメリカに本部を置くシンクタンクの「ピュー・リサーチ・センター」( Pew Research Center)は、この「M世代」を厳密に「1981~1996年に生まれた人」としています。
 一方でこの「M世代」は「Y世代」と呼ばれる世代(1980年代前半~1990年代半ば)ともほぼ重なっています。つまり「X世代」(1960年代半ば~1970年代末)、「Y世代」に続く言葉として「Z世代」が一つの区分として置かれているわけです。そして、韓国ではこの二つを繋げた「MZ世代」という言葉が生まれたことになります。
 「ピュー・リサーチ・センター」のように、「M世代」は1981~1996年生まれ、「Z世代」は1997~2010年生まれと時期区分を厳密に分ける場合もあるようです。でも、1980年代半ばから1990年代前半に生まれた「ミレニアル(M)世代」、1990年代後半から2000年代前半の間に生まれた「Z世代」と大雑把に区分する場合もあります。
 厳密な区分に従えば、41歳~12歳までが「MZ世代」となりますので、実際にこの言葉が使われる際には、もう少し曖昧で、現在20~30歳代になっている人たちをイメージしていると思います。

 冒頭の大韓商工会議所の調査では、その対象者が380名と少ないため、ここで示された結果がすべてと見るのは危険でしょう。でも、一定程度の傾向はわかると思います。この調査によりますと、物品を購入したり、消費したりする判断基準の順位では、
  1位 価格に対しての満足度
  2位 自分にとっての意味を重視し、自分の信念を消費行動で積極的に表現する
  3位 環境にやさしい製品やそれを製造する企業
  4位 ブランド品
 という順位でした。
 自分が求める価値観に合っていて、品質に満足すれば購入し、環境に優しい製品を製造する企業か、社会に悪影響を及ぼす企業かを製品購入の判断基準としているようです。
 なるほどと思えるのは、「MZ世代」に最高経営責任者(CEO)になったとしたら、経営の最優先目標は何か,という質問をしたところ、「企業の競争力向上」82.1%、「企業文化・従業員福祉の向上」61.1%、「ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の実践」60.3%だったということです。
 彼らの目が企業の発展だけでなく、従業員の福祉や社会への貢献といった方面にも強い関心があることがわかります。それが現在の製品購入意識にはっきり反映されているということなのでしょう。

 それでは、「MZ世代」は、なぜこのような思考傾向を持つのでしょうか。
 現在、20~30歳代の若者たちは社会へ巣立っていく年齢になったとき、彼らが望む企業や職業に就くことが容易ではない時代を迎えていました。激しい学歴社会、厳しい競争社会を生き抜くことは、韓国の若者の場合、自分だけでなく高い教育費を支払ってまで育ててくれた両親に報いなければならないという思いを強く持っている人が少なくありません。そのプレッシャーは日本の若い世代に比べるとずっと大きいと思います。
 そのような彼らが就職できないまま親元から離れることもできず、非正規職で生活を続けなければならないわけです。貧富の格差が広がり、弱者がより追い詰められていく社会状況は彼らに自己喪失感や挫折感を抱かせても不思議ではありません。
 それを証明するかのように、2022年9月27日に韓国の統計庁が公表した統計によりますと、2021年の韓国人の死因は癌が最も多かったそうです。ところが、10~30代では自殺がいちばん多く、全体の死亡率のうち自殺が占める割合は4.2%でしたが、10代は43.7%、20代は56.8%、30代は40.6%がこの年齢層の若者たちでした。なんでも経済協力開発機構(OECD)38加盟国中(2022年7月現在)、韓国がもっとも自殺死亡率が高かったということです。

 こうした社会状況の中で、2011年頃から韓国では〝恋愛〟〝結婚〟〝出産〟を諦める「三抛(放)世代」(삼포세대)という言葉が使われ始めました。やがてこの諦める三つに〝就職〟〝マイホーム〟も加えた「五抛(放)世代」(오포세대)という言い方が登場し、さらに〝人間関係〟〝夢〟までも諦める「七抛(放)世代」(칠포세대)となり、2016年頃からは「N抛(放)世代」(N포세대)と言われるようになりました。すべてを表わす「N」に「放棄する」という意味の「포」(抛 ポ)と「世代」(세대 セデ)の合成語です。
 夢や人間関係までも諦めるとは、少し大げさ過ぎるとも言えなくもありませんが、それだけ若者たちの将来が暗く、深刻な社会になっているということはよく理解できます。
 一方、こうした「N抛(放)世代」などという言葉が若者たちの間で言われていた時期と重なるように、2016年前後から「YOLO」(ヨロ 욜로)という言葉が使われ始めました。「You only live once」(人生は一度だけ)の頭文字で、最初はアメリカで言われていたようです。防弾少年団(BTS)が2017年9月に発表した『悩みよりGo』の歌詞にはこの言葉が繰り返し出てきます。

 現在の若者は、その多くが小学校時代から一流大学、一流企業をめざし、他人との激しい競争を繰り返しながら努力を重ねてきています。ところが、いざ社会に出ようとすると、それまでの自分の努力が報われる人はごく僅かという現実に直面します。こうして心が折れてしまい、生きる希望を見失いがちになるのはやむを得ないのかもしれません。そこで、彼らが将来のことは考えずに「人生は一度だけなのだから自分のために今を大切にして生きよう」と考えても不思議ではないでしょう。

 「MZ世代」の若者はスマホやインターネットが幼い頃から彼らの周囲には存在していました。彼らは多くの情報を自由に手に入れ、自分からも自由に発信できることを知っていますし、当然だと思っています。顔の見えない相手とも繋がりを持つことができるわけです(その弊害もありますが)。
 ユーチューブで情報を発信することなどにも、ほとんどの若者は苦にならず、ユーチューバーやブロガーが多く出現しているのも、こうした社会状況と無関係ではないはずです。
 個人を重んじながら、つましい生活をしなければならないだけに、自分の現在を大切にし、自分の生き方や楽しみが優先され、結婚や出産、住宅取得、老後等についてはあまり重要視しようとしません。
 前述した大韓商工会議所のアンケートでの購入、消費傾向がそれをよく示していると思います。こうした現在の自分の充実感や幸福感を求める消費傾向は物品の購入だけでなく社会の捉え方にも反映されています。
この点について、NHKのテレビ番組が興味深い放送をしていました。韓国大統領選挙の投票日まであと1か月に迫った2022年2月9日に選挙の勝敗を分けるカギを「MZ世代」が握っているとして取り上げていました(ニュース解説<時論公論> 「若い世代が求めるものは」)。
彼らがカギを握ると見るのは、保守派、革新派のいずれかを強く支持する人が少なく、無党派層が多いという点。強く望んでいるのは格差の是正で、その象徴が住宅価格の高騰で、住宅問題の解決を求めている。彼らの根底にあるのは公正な社会への渇望で、若者を中心に世界的に増えてきている「ジェネレーション・レフト」、つまり「左翼世代」に属するという。成長追求より公正な分配や福祉の充実といった政策を指示する傾向があること。しかし、革新派候補への支持につながらないのは、韓国の特殊な政治状況があって、革新派は民族主義的傾向が強く、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との融和政策を進める方向であり、それには共感を覚えていないこと。社会主義には関心を持っているものの、さまざまな情報を取得する彼らは北朝鮮や中国などの強権、独裁主義の国家の実情も掴んでいて、南北統一には関心が薄いというものでした。

 こうした日本での「MZ世代」の大統領選挙投票動向分析は、彼らの思考傾向を一定程度、的確に見ていたと思います。結果は革新派ではなく保守派の尹錫悦(윤석열 ユン・ソンニョル)氏が当選し、第20代大統領に就任しました。
私は「MZ世代」の人びとに無党派層が多いというのは、そうだと思っています。ただ「ジェネレーション・レフト」というほど思想的に確信を持って生きている人は少ないのではないでしょうか。もっと感覚的、情緒的に社会の公正や平等を求め、福祉や女性差別への関心なども社会的弱者となっている自分たちとも重なっているからでしょう。
 経済的に余裕のない「MZ世代」は、中古市場にも積極的に目を向けていて、結果的にはリサイクル社会が生まれ、資源の無駄遣いが抑制されていく期待を抱かせてくれます。
 人間の幸福感は決して金銭的な裕福度と比例して得られるわけではありません。自分の望むこと、好きなことが十分にでき、満足感が得られれば、幸福だと感じられる人は多いはずです。
 「You only live once」(人生は一度だけ)という言葉は、決して刹那的、享楽的な意味で使われているのではなく、みずからの感性や思いを大切にして自分なりの幸福を追い求めようとした結果として、現われてきたものでしょう。
このような生き方、思考傾向を維持していく若者たちが増えていけば、今回の大統領選挙の結果のように、韓国社会を変えていく中核に「MZ世代」がなる可能性を否定できないと思っています。

(大妻女子大学准教授)

(2022.10.20)
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