【海峡両岸論】

G7、気づいてみれば少数派

「黄昏クラブ」と化した広島サミット 
岡田 充

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新興・途上国に配慮
 広島サミットのテーマは、岸田の選挙区、広島で開かれたことから①核廃絶、をはじめ②ウクライナ③台湾④経済安保―の4課題だった。岸田は今回サミット拡大会合に韓国、オーストラリアのほか、新興・途上国のインド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、ベトナム6カ国を招待した。6か国は、経済成長が著しく国際政治でも影響力を増す「グローバルサウス」(GS)に属する。
 GS諸国はウクライナ・台湾問題で日米の主張には与しない。20日発表された首脳声明i)を読むと、岸田が呪文のように唱える「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」や民主、自由など「普遍的価値」は総じて影を潜めた。代わって「力による一方的な現状変更は許さず、自由で開かれた国際秩序を守る」という表現を繰り返し使い、ロシアと中国を間接的に非難したのが特徴といえる。
 ウクライナ・台湾問題という西側にとっては最重要課題で、「新冷戦」を嫌うGSから反発を招かぬよう、官邸と外務省が絞った知恵だったのだろう。それだけ、国際秩序におけるG7の力と役割が後退し、新興・途上国に配慮せざるを得ない事情を浮き彫りにした。

欺瞞に満ちた「核廃絶」
 初日の19日、岸田にとって最重要課題の核軍縮の共同文書「広島ビジョン」が発表された。それは①ロシアの核威嚇やいかなる使用も許されない②北朝鮮に核実験と弾道ミサイル発射の自制要求③中国を念頭に、透明性を欠く核戦力の増強は世界と地域の安定にとって懸念―とうたった。核政策でも「中ロ朝」3国を敵対視が鮮明だ。
 かつてブッシュ(子)がイラン、イラク、北朝鮮の3国に「悪の枢軸」のレッテルを貼ったが、新冷戦を進めようとするバイデン政権にとって、「中ロ朝」こそ「新悪の枢軸」になったかのようだ。
 岸田政権は、バイデンが進める「統合抑止戦略」に相乗りし、日本の大軍拡と「核の傘」をドッキングさせ、一方で核兵器廃絶を目指す核兵器禁止条約には反対し続け、ドイツのようにオブザーバー参加すら考慮しないありさま。JNN(TBS系列)が6月5日伝えた世論調査ii) によると、サミットを契機に、世界で核軍縮の機運が高まったかを聞いたところ、「思う」は34%に対し、「思わない」は52%だった。
 岸田は「理想をいかに現実に近づけるか」と弁解するが、「核廃絶を目指す」という主張がいかに欺瞞に満ちているかを端的に説明している。

対中国表現の変化
 20日には英文で40頁の首脳声明が発表され、「地域情勢」の冒頭に中国問題が独立した項目として初めて扱われた。台湾問題では「台湾海峡の平和と安定の重要性」という表現を21年の英コーンウォール・サミット以来3年連続で盛り込んだ。
 今回はそれに加え、台湾海峡の平和と安定を「国際社会の安全と繁栄に対し『必要不可欠』」と初めて形容し、日本が台湾問題に主体的に介入する姿勢を打ち出した。さらに「台湾に関し表明された『一つの中国政策』を含むG7メンバーの基本的な立場に変更はない。我々は、両岸問題の平和的解決を促す」とも述べた。前2回のサミットの共同コミュニケにはなかった表現だ。
 台湾以外では、チベット、新疆ウイグル自治区、香港問題に言及し人権問題で懸念を表明。さらに22年に在中国日本大使館員が一時拘束された事件を念頭に、外交関係に関するウィーン条約及び領事関係に関するウィーン条約の順守を求めたのが目を引いた。さらに東シナ海と南シナ海での「力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対」を盛り込んだ。

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 その一方、「中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意」をうたい、「我々の政策方針は、中国を害することを目的としておらず、中国の経済的進歩及び発展を妨げようともしていない」と、経済を中心に対中関与政策を打ち出したのも特徴。
 バイデンの反中国政策を嫌うフランス、ドイツや多くの途上国に配慮せざるを得なかったためだ。(写真=得意満面の岸田首相、首脳会合で 首相官邸HP)

生煮えの「デリスキング」
 経済安保にも触れておこう。半導体や重要鉱物などを念頭に中国依存から脱却し、安定したサプライチェーン(供給網)構築をめざすテーマでは、「デカップリング(筆者註 切り離し)又は内向き志向にはならない」「我々は、経済的強靱性にはデリスキング(同上 リスク回避)及び多様化が必要」などと、温和な表現を選んだように見える。
 「デリスキング」という用語は、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長が23年3月末、中国について講演した際のキーワードとされバイデンもそれ以来よく使ってきた。5月21日、バイデンが広島で記者会見した際、プロンプターに映し出された原稿には、「デカップリング」と「デリスキング」の2つの単語に下線が引かれ、「言い間違えないよう注意を促していた」iii) という。
 それだけ、まだこなれず「生煮え」用語なのだが、英フィナンシャル・タイムズ」(FT)のチャイナデスク、ギデオン・ラックマンはデカップリングが「不可能かつ極端な考え方」iv) として非難されるのに対し、「デリスキング」は「西側の企業には、安全を期すために一定のルールさえ守れば従来通り中国と貿易を続けてよいというメッセージとして伝わっている」と、その違いを表現する。
 だが、FTの「新冷戦論者」でもあるラックマンですら、デリスキングの問題点として①企業と国の関心が相対立②中国依存を軽減する困難さと高いコスト③リスクの本質が依然として判然としないーを挙げている。
 G7前には、マクロン仏大統領が、台湾有事で「米国に追随しない」v)と発言するなど、G7内部で中国をめぐる日米との不協和音が露呈。GS諸国の多くは中国の「一帯一路」によるインフラ構築で対中経済関係を深化させており、デカップリングは受け入れられないことに配慮したのが、デリスキングだった。

戦争継続を確認
 米欧諸国にとって最大課題のウクライナ問題はどうだったか。5月20日にゼレンスキー・ウクライナ大統領が広島に到着してから、広島サミットはさながらゼレンスキーに「支配された」(インド紙「インディアン・イクスプレス 」vi))。
 官邸や外務省には、「サミットがゼレンスキー一色になる」と懸念する向きもあったが、まさにその通りになった。先に引用したJNN世論調査で、広島サミットについて岸田の「議長としての指導力を評価するか」との質問に「評価する」が55%と、「評価しない」の26%を大きく上回ったのも、ゼレンスキーの「電撃登場」と
無関係ではあるまい。

 ゼレンスキー自ら乗り込んだ理由は、戦争継続のため①G7主要国に軍事支援の強化を要求②インド、ブラジル、インドネシアなど、政治解決を求めるGS諸国にウクライナの立場を理解させる―ことにあった。
 第1の目的については、バイデン政権が20日、米国製F16戦闘機のウクライナ供与容認を発表してゼレンスキーの希望に応え、その目的は達成した。首脳宣言も「ロシアの違法な侵略戦争に直面する中で、必要とされる限りウクライナを支援」と、冒頭にうたって戦争継続を確認した。
 では新興・途上国側の反応はどうだったか。「グローバルサウス」の代表を自認するモディ・インド首相は、ウクライナ支援を求めたゼレンスキーに対し「紛争解決に向け可能なことは何でもする」と応えた。その一方、「対話と外交が唯一の解決策」と述べ、政治解決の必要を繰り返し、ロシアン軍の即時撤退は口にしなかったのである。
 ブラジルのルラ大統領にいたっては22日の記者会見vii)で、「ウクライナとロシアの戦争をするために、G7に来たわけではない」と持論を展開するありさま。米国と欧州主導の対ロ制裁を支持しているのは40カ国に過ぎず、GS諸国の大半は政治的解決を主張している。モディ、ルラ両氏の反応を見る限り、ゼレンスキーの新興・途上国への説得は成功せずに終わった。

中国の武器は経済
 G7サミットの最中から、ウクライナ危機の仲介外交を担当する中国政府の李輝ユーラシア事務特別代表はウクライナ、ポーランド、フランス、ドイツを歴訪、5月26日にはモスクワ入りしラブロフ外相と会談した。
 さらに同じ26日、中国外交部直属のシンクタンク「中国国際問題研究院」は、ロシアとウクライナをはじめ新興・途上国10カ国余りの国際政治学者や識者を招き「平和への道 ウクライナ危機の政治解決の展望」と題して3時間以上にわたるオンライン会議を開いた。
 筆者も招かれ参加したが、サウジアラビアや南アフリカ、インドネシアの識者がいずれも紛争の政治的解決を主張したのが印象的だった。同時に、中国の仲介への本気度を感じた。

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 習近平国家主席は、広島サミット開幕の前日の18日から2日間、陝西省西安で中央アジア5カ国(カザフスタンとキルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)との首脳会議(サミット)を開いた。サミットは「一帯一路」を推進し「中国・中央アジア運命共同体を構築する」とする「西安宣言」を採択。①内政干渉に反対②エネルギー協力拡大③イスラム過激派の脅威に対抗―などで合意した。(写真=西安に勢ぞろいした中国・中央アジア5カ国首脳 中国外交部)
 注目すべきは、中国の新興・途上国に対する影響力強化のツールは、貿易の人民元決済を急速に拡大していること。自国通貨に対するドル高で返済危機に陥る途上国にとって経済的「側面支援」でもある。

 習は22年12月サウジアラビア訪問と湾岸協力会議(GCC)首脳会議で、原油・ガス輸入代金を人民元で決済する合意を取り付けた。経済制裁によって原油・天然ガスの西側輸出を禁じられたロシアは、中国との貿易の7割を人民元とルーブルによる自国通貨決済にしており、米ドル離れがゆっくりと進む。
 国際的な決済ネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)によると、国際貿易市場での人民元決済の割合は23年3月までの2年間で2%から4%に倍増。ブラジル、アルゼンチン、バングラデッシュのほか、アフリカ諸国でも人民元決済の動きは進む。中国人民元は途上国浸透の武器になっている。

G7のGDPは4割台に低下
 広島サミットに話を戻そう。グローバルサウスには世界人口の半数を上回る40億人が住み100以上の国家が属する。一方G7は発足した1970年代半ば、メンバーのGDP総値は世界の6割強を占めていたが、今や4割台に低下した。人口比では世界の10%に過ぎない。経済力と政治的影響力の低下と併せ、今や「少数派」と言っていいだろう。
 グローバルサウスはまとまりのある集団ではないが共通点も多い。第1はバイデン政権が米中対立で強調する「民主か専制か」「米国か中国か」など、二元論的な「新冷戦論」には与しない。第2に、「普遍的価値観」としての民主、自由、法の支配など、理念先行の外交ではなく、国益に基づく実利外交追求でも共通する。
 むしろ米中対立を利用して、エネルギー、食糧・気候変動問題などで米中双方から経済的支援を引き出すことを利益とみなす傾向がある。彼らを「民主主義陣営に引き込む」という米欧の狙いとは、逆のベクトルが彼らを動かしているのだ。

「西側の身分」誇る日本
 岸田はことあるごとに、日本を「アジア唯一のG7メンバー」と誇らしげに口にする。中国の人民日報系「環球時報」viii) はG7外相会議閉幕時に発表した社説で、その「口癖」を次のように表現した。
 「(日本は)アジアでG7唯一のメンバーと主張し、アジアで自分の『西側の身分』を突出させることにアイデンティティを見出してきた」。G7メンバーであることが、あたかも「名誉白人」であるかのような錯覚に陥っていると突いたのである。
 日本の1人当たりGDPは米ドル換算で韓国、台湾、香港、シンガポールを下回り、世界30位にまで下落した。インドGDPは間もなく日本のGDPを抜く。
 世界秩序はもう米一極支配には戻らない。代わって中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカの「BRICS」に代表される多極化秩序にとって代わりつつある。
 G7凋落は2008年のリーマンショックの際、新自由主義に基づく金融資本主義の破綻で鮮明になった。広島サミットは、G7凋落と多極化する世界という現実が一層際立つ会議だった。(了)
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i) G7広島サミット 首脳宣言(23・5・20 外務省HP)100492726.pdf (mofa.go.jp)
ii) 岸田内閣の支持率46.7% 前回調査から0.5ポイント下落(TBS NEWS DIG23・6・5)
iii) 「米国が問われる国の信望 国際秩序「総意」のために 分断世界とG7㊤」(「日経デジタル 23・5・22」
iv) ギデオン・ラックマン「概念先行の『デリスキング』」(日経デジタル 23・6・2)
v) 岡田充「海峡両岸論第149号 中国は台湾民衆への「和平攻勢」継続 対米改善の幻想捨て外交攻勢も」
vi) The Indian Express「PM Modi at G7 Summit: Raise voice against unilateral change in status quo」(23・5・22)
vii) 「Lula ‘upset’ after Zelenskyy’s no-show to Hiroshima meeting(EFE通信22 May 2023)
viii) 環球時報社説「G7外长会想展现团结,外界却看到了裂痕」(23・4・18)

※この記事は著者の許諾を得て『岡田充の海峡両岸論』2023年6月8日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。

(2023.6.20)
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