60年を越える厚誼に感謝
— 先輩風を吹かさなかった大先輩を偲ぶ

初岡 昌一郎

 人は一生の中で多くの人に偶然的に巡りあう。その中で長年にわたる交誼を結び、人生に中でとても大事な存在となる人がある。加藤宣幸さんは私にとってそういう人であった。

 回想すると、加藤さんに初めて会ったのは、1955年の秋、左右社会党の統一を目前に控えた頃であった。加藤さんはその頃31歳。左派社会党本部の気鋭の書記局員で、当時の社会党内でニューリーダーとして嘱目されていた江田三郎に至近の立ち位置にいた。私は大学一年生で20歳。岡山県の片田舎から出てきて間もなく、理想に生きる恐れをまだ知らない、社会的政治的関心に突き動かされていた行動的若者であった。

 左派社会党岡山県本部書記で江田直系だった仲井富さんが、本部青年部事務局長となり、その年の9月に上京してきた。彼と知り合ったことが、その後の人生歯車を回転させていった。同じ岡山県北出身の仲井さんと親しくなったことで、当時本部青年部長の西風勲さん、本部書記局の中心的存在であった加藤さん、森永栄悦さん、貴島正道さんなど、江田三郎を取り巻く人々の群列に間もなく加わっていくことになった。

 20歳になるとすぐに社会党員となった私は、大学社研(社会科学研究会)と関東大学社研連を通じ学生運動に関わる傍ら、社会党青年部の活動に深くコミットしていた。その過程の中で、当時の学生運動や社会党内で圧倒的に優勢であったマルクス主義に距離を置き、社会民主主義に向かって歩み始めていた。E・H・カーの『危機の20年』や シュトルムタールの『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を興奮して読んでいだ。そして、大学時代に熱中した佐藤昇と松下圭一の著作と両先生との個人的邂逅に非常に大きな影響を受け、社会主義運動の革新を模索していた。

 このような政治的な指向と理論的な関心を共有したのが加藤宣幸さん、貴島正道さんなど社会党本部江田派の核を形成した人たちだった。本部レベルで加藤さんたちは社会党の路線と政策の転換を図ろうとし、青年運動レベルで私たちは社会主義青年同盟(社青同)の結成を通じて新しい大衆運動の展開を試みたが、それぞれ共にこと志と異なる結果を招来した。このころは、個人的に補佐役のように加藤さんに密着していた時期であった。留年もせずにかろうじて大学を卒業した時、それを喜び卒業式に父兄代わりに出席してくださったのが加藤さんであった。卒業してもしばらくは、加藤さんが事務局長格であった構造改革派研究会の事務担当を続けていた。

 60年代の半ばには、構造改革派による社会党改革は完全に挫折、加藤さんは社会党本部を離れて、新時代社を設立。その前に私は社青同を辞任、1964年秋に全逓労組本部書記局に入っていた。当時の新時代社と全逓本部はいずれも水道橋にあったので、加藤さんをしばしば訪ねる機会が再来した。私の初訳書『東欧の革命』(セトン・ワトソン)をこのころ新時代社から出版していただいた。これはソ連型共産主義の押し付けに対する痛烈な批判書である。

 1972年に私は国際労働組合組織の書記局に入り、その後の20年間、頻繁な海外出張と国内外での多忙な生活に追われることになった。また50歳台後半からは関西で大学教員生活を始め、この間は加藤さんとの日常的な接触が希薄になっていた。しかし、70歳を迎えて大学を去る前年の春、加藤さんを観桜のため姫路に迎えたのを契機に、親交新時代が始まった。加藤さんが晩年に心血を注いだ『オルタ』に旧友たちと一緒に加わることによって、この12年間は加藤さんと非常に近い距離で人生を共有できた。振り返ると、「オルタ」、研究会、仲間との語らい、国内外の旅行等々、想い出は走馬燈のように脳裏を駆け巡り尽きない。

 「オルタ」との関係は加藤さんとその周囲にいた人々との絆で固く結ばれていた。その死が加藤さんに「オルタ」を創刊させる直接的動機を与えた久保田忠雄さんも青年部時代の先輩であり、加藤さんの弟分だった。私は彼と特に波長が合った。社会党本部青年部長に彼が就任した時、社青同にいた私は補佐役の副部長に指名された。そして、1963年の夏、仲間の強い反対を受けながら四面楚歌の中で社青同を去り、ユーゴスラビアに遊学する私の決断を支持・激励し、そのための旅費を工面するのに奔走してくれたのが久保田さんであった。

 最後に、加藤さんにお別れの言葉を一言。「十歳以上の年齢差があったのに、常に同じ目線で温かく遇してくださった加藤先輩、本当にありがとうございました。生涯を通じ同じ方向をめざした道を歩むことのできた幸運をかみしめておリます」 合掌。

 (姫路独協大学名誉教授、ソーシャル・アジア研究会代表)

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