【宇宙にもっていく本】戦争と平和~宗教

宇宙空間を旅しながら読むのに適した本を紹介しています。宇宙旅行は夢物語ではなく、現実のものとなっています。いつかあなたも宇宙へ。1冊の本をお供にして。(東大阪新聞掲載)

1)エラスムス著: 「平和の訴え」

木村 寛

 エラスムス著『平和の訴え』(一五一七年) 箕輪三郎訳、岩波文庫

 ロッテルダムのエラスムスは当時最高の人文主義者であった。一五〇一年には『戦うキリスト者の短剣』、十年後には『痴愚神礼讚』(これはイギリスの親友トーマス・モアに献呈された)を出版した。
 一五一六年モアは『ユートビア』を出版した、二人ともカソリック教徒であった。翌年、エラスムスは『平和の訴え』(近代初の平和論)を出版したが、この年はドイツのマルチン・ルターがヴィッテンベルクの城壁に、法王庁に対する九十五箇条の質問状を掲げた年でもあった。宗教改革の火の手があがろうとしていた。
 エラスムスの本はカソリック側から禁書の扱いを受け、ルタ一側からは参加の要請が続いたが、エラスムスは自分の孤塁を守った。批判者たちは彼を石胎の知性、曖昧主義の王様、純粋観客と椰楡した。ルターの中に戦争への歯止めが無いことを恐れていたからである。事実後年、ルターはドイツ農民戦争において「農民を殺し尽くせ」と主張するに至る。
 ルターとの間にその後、自由意志-奴隷意志論争が起きる。エラスムスは信仰者の自由意志(例えば平和を守る)を尊重する。本の冒頭は、「至る所、諸国民によって締め出され、棄て退けられた平和の神の訴え」とある。この本はユトレヒトのフィリップ司教に献呈された。オランダでの内戦を回避したかったらしい。

2)エラスムスとトーマス・モア往復書簡

『エラスムス=トーマス・モア往復書簡』 沓掛良彦・高田康成訳、岩波文庫

 二人が出会ったのは一四九九年イギリスでのことであり、ルキアノスの翻訳を手掛ける。ルキアノスは風刺と諧謔で知られた古代ギリシャの作家であり、その十数年後、二人の代表作、『痴愚神礼讃』と『ユートビア』が生み出される。
 五十件の手紙が収録されているが、失われたものもあるらしい。一五一六年十件、翌年二十一件(『平和の訴え』出版の年)、翌々年六件、一五二〇年八件であり、これらで九割を占める。モアの手紙は二十二件である。
 二人は誹謗中傷するカソリック側やルター派の輩に取り囲まれていた。とりわけ、イギリスは法王庁から独立してイギリス国教会の設立があったので(一五三四年『国王至上法』)、モアの運命が翻弄される結果となった。彼の手紙は一五三二年には大法官辞任に触れ、翌年の手紙は死の覚悟をうかがわせている。彼はヘンリー八世の再婚に反対して刑死する(カソリックの立場の順守、一五三五年)。エラスムスは翌年モアの後を追う。
 ルネッサンスの中で育った二人は激しい宗教改革運動に翻弄された。スペインやポルトガルでは反宗教改革運動が引き起こされた(南アメリカ大陸はほとんど彼らの植民地となった)。

(2024.3.20)
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