■ A Voice from Okinawa (23)         吉田 健正

   ~植民地日本の中の植民地:再び地位協定について~
   ―日米合意から1年、普天間移設はどうなる?―
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  前々回、『アメリカ帝国の報復』などの著者で在沖米軍基地の閉鎖を主張して
いた故チャルマーズ・ジョンソン氏を取り上げた。「報復シリーズ」の3冊目、
『ネメシスーーアメリカ共和国最後の日々』(未訳)を取り寄せて開いてみると、
全7章(354ページ)の中の第5章が、アメリカ帝国主義の実例として日米地位協定
を取り上げていることに気づいた。ちなみに、ネメシスとは「傲慢」や「独善」
を懲らしめるギリシアの女神で、このままいけば共和国・米国は経済大国として
も軍事超大国としても民主主義国家としても凋落の一歩をたどるだろう、という
趣旨のタイトルである。
 
  ジョンソン氏によれば、アメリカは「国家の安全」や「平和に対する国際的脅
威」に関する「共通の関心」を盛り込んだ安全保障条約を締結した後、地位協定
(SOFA)を交渉する。ホスト国に駐留する米軍がその国の国内法に縛られないよう
にするためだ。
 
  「米国の将兵、軍事請負業者、国防総省の文民職員(軍属=シビリアン)、軍
人とシビリアンの家族に、駐留国の市民には与えられない特権を与える、という
のがSOFAの目的である。かつて欧米帝国が中国などに押し付けた一方的(相互的
ではない)植民地的「治外法権」制度が、現在も適用されているというのである。
ただし、米国に駐留する他のNATO(北大西洋条約機構)加盟国の将兵は、NATOに
駐留する米軍と同じ権利と待遇を受けるという。


◆日本はなぜ敗戦直後の治外法権制から離脱できないのか


  敗戦から65年、日米地位協定(「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及
び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の
地位に関する協定」)が結ばれてから半世紀がたった今でも、協定が敗戦直後と
同じように、主権国家・日本の対米不平等、治外法権的な関係を規定していると
いうのは、何とも理解しがたいことである。

 ジョンソン氏は、第5章で、沖縄を例に、基地返還に際しての米側に対する環
境原状復帰義務の免除、航空機騒音に対する米側の責任免除、出入管理や運転免
許に関する日本の権利放棄、基地従業員への日本および米国の労働法の不適用、
事故や犯罪に関する治外法権的措置などに詳しく触れているが、本稿では改めて
植民地・日本の中のさらなる植民地・沖縄における最近の事例を紹介しよう。
  先進国首脳会議や先進財務省中央銀行総裁会議に参加する日本が、いまだに敗
戦直後の、米軍に治外法権を認めた非主権国家として、米側の意向に従い続ける
のなら、大半の県民が要求している普天間海兵隊航空基地の閉鎖・県外国外移設
を自主的に進展させることは期待できない、と考えるからである。


◆検察委員会が過失致死容疑の米軍属を「起訴相当」に


  沖縄本島中部の国道で、今年1月、米軍属の運転する乗用車が対向車線に侵入
して別の乗用車に正面衝突、成人式に出席するため帰省していた沖縄の男性(19
歳)が死亡した。米軍属の男性は、自動車運転過失致死容疑で書類送検されたが、
那覇地検は「男性は職場から帰宅する途中で公務中だった」として、不起訴処分
にした。日米地位協定では、公務中の軍人・軍属・家族の第一次裁判権は米側に
あるからだ。繰り返すが、対象となったのは、平時の軍属である。

 不起訴に納得しなかった被害男性の母親の審査申し立てを受けた那覇検察審査
会は、5月末、米軍から「公務証明書」の提出もない中で「公務」の認定が不十
分だとして、「起訴相当」の議決を下した。米軍は、軍属男性を、「5年間の運
転免許剥奪」とする懲戒処分にした、と日本側に伝えているが、検審は軽すぎる
処分で不当とした。

 米側が「公務中」と主張し、日本側に異議があれば、日米合同委員会に申し立
てることができる。しかし沖縄県内の事件・事故で、そうしたケースはないとい
う。審査会は、「日本の裁判所で審理できないのは非常に不合理」として、地位
協定の改定、日米合同委員会の透明性も求めた。これが、一般住民の意見を代表
する「常識的」な見解だろう。


◆少年強盗事件、遅れた身柄引き渡し


  4月末に、路上で15歳の少年が羽交い絞めにされ、ナイフを突きつけられて携
帯電話や鍵を奪われた事件では、県警が翌月はじめ、基地内に住む米軍人の息子
2人に対して強盗の疑いで逮捕状をとり、米軍に身柄の引き渡しを求めた。日米
地位協定では、米軍人・軍属については、米側は基本的に「日本が起訴した後」
に身柄を引き渡すことになっているが、同伴家族の引渡しについては「日米が相
互に援助する」とあるだけで、明確なルールは定められていない。

 米軍は具体的な説明なしに身柄の引渡しを拒み、逮捕状取得から約3週間後の
5月末になって身柄を県警に引き渡した。県警によれば、米軍は地位協定の「相
互に援助」規定を守っていない。例によって、外務省が米側に規定遵守を申し入
れた形跡もない。その後、少年らは、基地内で流行っていた合成麻薬を買う金が
欲しかったと自白している。


◆米軍事件・事故 懲戒通知は「本人同意必要」  


  2008年8月に沖縄本島中部で米海軍所属の女性が起こした交通事故で男性(当
時38歳)が死亡したが、女性は帰宅途中(公務中)ということで、やはり起訴を逃
れた。被害者の遺族が、日米地位協定の民事特別法に基づき、国と沖縄防衛局を
相手に損害賠償など約7100万円を求めた訴訟で、国側(日本政府)が米兵の過
失を認め、賠償金を支払うことで、「和解」が成立した。
  その女性はどうなったのだろうか。5月末の衆議院安全保障委員会でこれにつ
いて尋ねられた高橋千秋外務副大臣は、次のように答えた。米側が第1次刑事裁
判権を行使するとした容疑者の処分結果を日本側に通知する際、「懲戒(処分)
という形になると(容疑者)本人の承諾が要る」、1か月前に米側に照会したが、
まだ回答はない。また、過去5年間に米側が刑事裁判権を行使した事件で、刑事
裁判と懲戒処分それぞれの内訳を問われた高橋副大臣は、「件数を明らかにする
ことは米国との信頼関係の問題がある」と答弁を控えた。(『沖縄タイムス』)
  米国に遠慮して、国民への情報提供、国民との信頼関係、日本人被害者家族の
人権よりアメリカ人加害者の人権を大事にするこの国は、いったいどうなってい
るのか。


◆基地返還に特別措置:だが事前立ち入りはダメ


  駐留軍用地および軍用地跡地の多い沖縄で、「返還に伴う特別な措置を講じ、
もって沖縄県の均衡ある発展並びに住民の生活の安定及び福祉の向上に資する」
ため、政府は1995年、沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する
法律」(軍転法)を定めた。
  ところが、地主が返還後の跡地利用を検討しようと思っても、事前立ち入りを
米側に「あっせん」するはずの国が、あっせん申請の窓口を設けておらず、結果
的に、同法に基づく立ち入り申請は一件もない。やむなく、県や市町村は、国内
法ではなく、96年の日米合意「合衆国の施設および区域への立ち入り許可手続き」
に基づいて米側に提出しているという。


◆不平等協定は改定せよ


  米兵による婦女暴行事件、運転事故、窃盗事件、米軍機の激しい飛行騒音は止
まない。一方で、世界の保安官を自任する米国は、国際刑事裁判所にも加入しな
い。基地内で事故が起きても県警や地元自治体職員は立ち入れないのに、沖国大
構内への輸送ヘリ墜落時の米軍による大学関係者・県警察・市役所職員の排除。
このような国との不平等な地位協定は、日本国民の権利や誇りを著しく傷つける。
日本にあって、日本人より米軍人・軍属・家族が特権的(治外法権的)な存在と
いうのは、日本を米国の植民地にするものだからだ。日本政府は、なぜ米軍を日
本の憲法が及ばないままにしているのか。日本はいつ米国から「独立」するのか。


◆どうなる、ロードマップ合意?


  普天間基地の移設→同基地の閉鎖・返還、在沖海兵隊と家族のグアム移転→嘉
手納以南の基地閉鎖・返還を定めた日米ロードマップ合意から今年5月で5年、県
外移設を約束した鳩山政権がそれに回帰してから1年がたった。しかし、実現性
のメドはいまだに立っていない。

 その間に、県知事選挙で県民の意向だとして県外移設を求める仲井真氏が当選、
ウィキリークスが暴露した駐日米国大使館から国務省宛ての公電で、海兵隊のグ
アム移転について、日本側の負担比率を低く見せたり、移転人数も水増ししてい
たことが判明した。協定が、日本にとっては拘束力をもつ「条約」だが、米側に
とっては議会の承諾を得る必要のなかった「行政協定」に過ぎなかったことも確
認された。日米合意の多くは、英語が「正文」で、日本語は単なる翻訳というの
は、このコラムでも指摘したことがあるが、私たちは上記の地位協定やこうした
日米合意が示すように、いまだに「不平等条約」の時代に生きているらしい。

 米国領グアムで日本が負担することになっているインフラ(水道・電気・ゴミ
処理)整備費の返済についても、不透明のままだ。菅内閣の菅首相も松本外相も
北澤防衛省も、沖縄側が強く反対しているにもかかわらず、日米合意を追及して、
辺野古海兵隊飛行場を辺野古に移設すると主張し、それが実現できなければ危険
な普天間基地がそのまま存続すると脅している。米国では、沖縄を視察したレビ
ン上院軍事委員長らが5月に普天間基地の辺野古移設は米軍機騒音など基地負担
の多き住民に一層の犠牲を強いるもので、「実現困難」として、嘉手納空軍基地
への統合案を提言した。


◆カラー版パンフレットへの疑問


  日本側から、レビン議員のような基地周辺住民の騒音軽減に関する言及はなく、
5月7日に来県した北澤大臣は、逆に在沖米海兵隊の役割を強調した「在日米軍・
海兵隊の意義および役割」というカラー版パンレットを仲井真に示して、知事の
反発を買うありさまだった。
  ちなみに、知事は、「本県の見解」として、こう述べている。
  「本パンフレット全般において、米軍・海兵隊の沖縄駐留を前提として作成さ
れており、沖縄県と国内の他の都道府県との比較がない」「また、前提となる衝
突や紛争といった脅威が不明確であり、在日米軍・海兵隊の出動が見込まれる事
例をはじめ、具体的な説明がなく、抽象的である」「このような内容では、「県
外移設」ができない理由が説明されているとは言えず、県民の納得のいくもので
はない」

 「鳩山前総理は、昨年5月の記者会見において、「何とか県外に見つけられな
いかという強い思いの下、沖縄県内と県外を含め、40数か所の場所について、移
設の可能性を探った」旨の発言をしており、政府においては、これらの検討結果
を明らかにするとともに、県外移設の可能性について再度検討するよう強く求め
る。」
  何が何でも沖縄県内移設にこだわる首相官邸・防衛省・外務省の大臣と官僚た
ち。彼らの顔はどこを向いているのだろうか。いっそのこと、沖縄県と県民は、
頼りがいのない自らの政府より、直接、米国政府と交渉した方がよいのかも知れ
ない。
         (筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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