■ A Voice from Okinawa (16)   吉田 健正

~心を病んだ米兵たち~

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 準米軍機関紙「スターズ・アンド・ストライプス(星条旗)」の紙面から、米
兵士・元兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。自殺が相次ぎ、心的外傷後ストレス障
害(PTSD)や外傷性脳損傷(TBI)を負った兵士が増え、帰還してもまともな仕事に
つけない……。国内に巨大な財政赤字とほぼ10%の失業率、多くの貧困者やホー
ムレスをかかえつつ、米国は戦時中なのである。


◇増え続ける自殺者


  「星条旗」によると、今年1~8月の米陸軍現役兵の自殺者は少なくとも125
人。昨年1年間の162人を超える勢いだ。民間人の自殺率のおよそ2倍である。

 (ジャーナリストのエミー・グッドマンは、2010年10月18日付けブロッグに、
その月までにイラクとアフガニスタンで戦死した米兵5700人に、帰還後に自殺し
たり戦争体験が原因となって死んだりした元兵士は含まれていないと述べたあと、
カリフォルニアでの調査の結果、帰国直後の死者は戦場での死者の3倍になる
ことが分かったと書いている。調査したジャーナリストのアーロン・グランツに
よれば、他州でも同じ状況があるので帰還兵の広い意味での「戦死者」は1万5
千人と推定されるが、米軍は「見ざる、調べざる」の対応を続けている。米軍が、
こうした戦死者を顕彰することもない。)

 精神的な問題を抱えて助けを求める兵士は増え続け、米兵が入院する最大の理
由になっている。陸軍が兵士の自殺を減らすために立ち上げた特別プログラムを
率いるフィルブリック大佐は、この現象を、部隊が過去9年に何度も戦地に派遣
されたことの「当然の結果」と呼ぶ。陸軍は療法士と精神科医を3年前の3倍に
増やしたが(現在3800人)、まだまだ足りないという。

 退役軍人組織のポール・サリバン氏は、軍は問題を金銭的ストレスや家族関係
のストレスだと兵士のせいにして、戦地から帰還した兵士の精神的ケアに取り組
もうとしないと批判する。今年7月、陸軍はすべての帰還兵が直接またはビデオ
を通じて精神科医の診察を受けるべきだという指示をだした。

 しかし、陸軍が15か月をかけて行った調査によると、自殺が増えている要因
は、繰り返される戦地派遣だけでなく、長年の戦争のあと新たに補充される新兵
の中に危険な行為に走りがちな若者が増えていることにもあるとう。「弱みを見
せない」という軍隊文化のために、「臆病者」「仮病使い」と思われるのを恐れ
て、仲間や上官に悩みを打ち明けられない兵士が多いのも背景にある。

 5年間で4度もイラクとアフガニスタンに派兵されたティモシー・リネラ軍曹
(29歳)は、心的外傷後ストレス症(衝撃的体験による強度のストレス障害)と
診断されると昇級の見込みが消えるのを恐れて、カウンセリングを受けなかった。

 リネラは、10月初めの週末、銃で自殺しているのが見つかった。その週末、彼
が属していたテキサス州にある米国最大の陸軍基地フォート・フードでは、他に
3人が自殺した。いずれも、イラクかアフガニスタンで戦地勤務をしたことのあ
る兵士だった。


◇心的外傷後ストレス障害


  2008年に行われたある研究によると、その時点でイラクかアフガニスタンに動
員された164万人の兵士のうち、およそ30万人はPTSDもしくはウツ症状を抱えて
いた。およそ5人の1人が、戦争トラウマと度重なる戦場派遣によるストレスに
起因する精神的問題に悩まされていたのである。戦場の悪夢のフラッシュバック
(記憶回帰)、感情的無感覚(放心状態)、睡眠障害、怒りや憎しみ、通常の出
来事に対する過剰反応などが特徴だという。

 社会生活が困難になり、職場での人間関係や夫婦関係にも大きな影響を及ぼ
す。帰還すると、危険(リスク)だらけの戦場とその戦場に無関心な市民生活の
落差の大きさに愕然とし、多くの兵士が新しい生活になじめない。すっかり変
わってしまった兵士に、妻や子供たちもどう対処したらよいか分からない。薬物
に手を出したり、アルコールに溺れたり、市街地を戦場と間違えて発砲したり、
職に就けずにホームレスになってしまう元兵士も後を絶たない。しかも、軍はこ
うした兵士の「復帰」プログラムを積極的に助けようとしない。


◇外傷性脳損傷


 「米軍が2003年3月20日にイラクに侵攻してから7年以上が経った8月31日、
オバマ大統領は国民にイラク戦争の公式終了を告げた。しかし、米国史上最長の
一つとなった戦役の後遺症は、PTSDと外傷性脳損傷(TBI)抱えて帰還する何千・
何万もの兵士を今後も苦しめ続けるだろう」――米公共ラジオ放送NPRは、今年
9月4日、こう伝えた。

 精神障害のPTSDに対して、TBIはたとえば爆弾破裂の衝撃による脳の損傷だと
いう。悪夢、罪悪感、ウツなどをともなうPTSDに対して、TBIは頭痛、バランス
感覚喪失、難聴、自制心喪失、光過敏症、目まい、記憶喪失といった「目に見え
ない」神経障害を引き起こす。国防総省によれば約11万5千、ランド・コーポレ
ーションの調査によれば40万人の兵士が軽度のTBIをわずらっているという。

 軍隊が基本的に独身男性の組織であることにこうした症状が加わって、米軍で
は婦女暴行(強姦)も多い。2003年の女性帰還兵の調査によれば、3分の1がレ
イプされたという。2004年にPTSDで助けを求めた女性帰還兵に対する調査によれ
ば、74%が軍役中に性的暴行を受けた。しかも、その大半は報告されなかった。
報告しても、男性の上官は士気に影響するとして、ほとんど取り上げないという。

 レイプで訴えられても、容疑者は降格、除隊、戒告で済むことが多い。セクハ
ラはほぼ日常茶飯事だという報告もある。


◇戦争の影


  藤本幸久監督による映画「ワンショット・ワンキル」をご覧になっただろう
か。18、19歳の新兵たちの訓練風景を撮影したものだ。命令には絶対服従という
軍隊で、人を殺すことを徹底的に教え込まれる若者たち。

 藤本監督によると、「戦争と軍隊を支えるのは貧困です」という(『ジャーナ
リスト』、2010年4月25日)。今や徴兵制ではなく全志願制になった米国では、
中間層や富裕層、高収入で安定した職につける高学歴の兵士はきわめて少なく、
大学に進むための学費のない貧困層や市民権が欲しい移民、ときには犯罪歴のあ
る若者が志願入隊する。

 藤本監督が述べるように、「アメリカに行っても戦争の影など見あたりませ
ん。戦争の影があるのは貧困層です」。しかも、障害を負って帰国する帰還兵も
多いのに、彼らは「勝手にしろと放り出さ」れる。藤本氏によると、米国のホー
ムレスの3分の1は元米兵だといわれている、という。


◇軍事国家・米国の末来


  世界最強の米軍で起こっているこうしたことがらは、何を意味しているのだろ
うか。ワシントン、ウォール街、軍需産業、政府・大企業寄りの巨大メディアが
結びついて「強いアメリカ」を演出する影で、米国は経済だけでなく、社会も―
―いや国そのものが――崩壊への道を歩んでいるのだろうか。

 ケネディ大統領が進めた草の根国際協力ボランティア機構「ピース・コー〔平
和部隊〕」のような人間的支援より、圧倒的に勝る最新兵器と長期戦で疲弊した
兵士に頼る戦争を続けていけば――そして「ウィキリークス」で流れた映像が示し
たような一般市民に対する無差別攻撃「テロ」を続けていけば、米国は国際社会
で孤立を深めるだけでなく、国内的にも理想と現実の間の矛盾が拡大する一方に
なる。「アメリカン・ドリーム」と人道主義が消えた米国に明日はない。
 
  その米国との「軍事同盟」を宝物のごとく扱う日本は、共犯関係から逃れられ
ない。しかも、沖縄にはおよそ2万5000人〔在日米軍の68%強〕の米兵(うち、
1万5000は「命知らず」で知られる海兵隊員)が駐留している。イラクやアフガ
ニスタンに派兵されることの多い前線基地・沖縄では、酒を飲んだ米兵による自
動車強盗、自動車事故、ひき逃げ、タクシー乗り逃げ、暴行事件も多い。

 防衛省によれば、2005年に日本全国で発生した米兵がらみの事件・事故のうち
北海道3件、東北178件、北関東144件、南関東334件、近畿ゼロ件、中国・四
国50件、九州34件に対して沖縄が1012件だという。その割合は、現在もほとんど
変わっていないだろう。米軍は因果関係を公表していないが、障害を負った帰還
兵による事件・事故、戦場派遣への恐怖から犯罪や事故を起こすケースが少なく
ないことは米国内の状況から想像がつく。

       (沖縄在住・元桜美林大学教授)

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