■【書評】 

『さらば日米同盟!』~平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策~

  天木直人著  講談社刊 定価1500円
                       川西 玲子
───────────────────────────────────
 一気に読める面白い本である。途中でやめるのが難しいほどだ。この本が無視
されているがごとく、大手マスコミの書評にあまり取り上げられないのはなぜだ
ろうか。日米関係について問題にすること自体、マスコミでタブーになっている
としか思えない。
 
  この本は2009年の総選挙における政権交代後、鳩山首相への提言のつもりで書
きはじめたそうだ。しかし周知のように、鳩山政権は普天間問題で迷走を続け
る。著者の天木氏はその様子に失望しつつ、状況の変化を受けて何度も内容の手
直しをしなければならなかった。
 
  そして鳩山首相の辞任後、誕生した菅直人首相がいち早く「日米同盟の堅持」
を表明したことに、強い衝撃を受ける。しかしそのことによって、この本を何と
しても出版しなければならないと考えたという。
 
  実際、鳩山政権の誕生から今日に至るまでの期間ほど、安保体制について考え
ている人々が落胆したことはなかったのではないか。今年は新安保条約改定から
50年目である。そういう節目の年に、芽生えたかすかな希望があっという間につ
いえて、かえって日米同盟が強化されていくのを見るのは、失望などという言葉
では言い表せない気分である。
 
  だが著者は言う。「最後は国民の意志で決まる」。日本の政治家や官僚、財界
や有識者がいかに日米関係を重視しようとも、国民が反対すれば話は別だ。米国
は占領国の国民の反米感情や抵抗に弱い。日本の政治家たちを支配することはた
やすいことかもしれないが、日本の国民が反米になれば、それを無視することは
できない。だから実は今、日本は対米従属から抜け出る千載一遇のチャンスを迎
えているのである。
 
  こういう認識に立って、著者は一般国民に向かって訴える。安保条約が日本の
安全に役立っていないこと、しかもそれが米軍再編によって、今や対テロ戦争へ
の対応に変質していること、このままでは日本だけが、米国にとって「失うには
おいし過ぎる国」として、収奪されつづけることになると。日本が日米同盟の重
圧に苦しむのは、むしろこれからなのである。
 
  上記のようなことは、他の論者も述べている。本書の最大の特徴は、では日米
安保なしで日本はどう安全を守っていくのかという、多くの人々が抱いている疑
問に答えようとしている点だ。
 
  著者はそれを、憲法九条を掲げた平和外交、専守防衛に徹して決して海外に出
ない自衛隊、そして東アジア集団保障体制の構築の三つに求めている。具体策を
提示しようという姿勢や自衛隊論などに、元外交官である著者の姿勢が表われて
いる。こういう自衛隊論がでてくるのには異論もあるだろうが、活動の拡大に歯
止めがかけられない今、選択肢の一つになるのではないか。
 
  こういう自衛隊論が出てくるのは、著者が護憲政党の弱体化に危機感を感じ、
イデオイデロギーに囚われない護憲論を追究しているからだ。「社民党が日米同
盟を追認したら、平和を願う非イデオロギーの人たちの声を政治に反映する受け
皿がなくなる」「イデオロギー論争には関わりたくないが、平和憲法だけは守り
たい。そう願う多くの一般国民がいることを、私は知っている」
 
  著者はこの点を強調する。「イデオロギーに基づいた反米帝国主義では米国の
本当の誤りを正せない」「日本が国民的合意のもとに独自の安全保障政策を持て
なかった理由は、我が国の安全保障政策が常に改憲論議と絡めて語られ、不毛な
イデオロギー対立に終始したことである」
 
  「一九六〇年の安保闘争が日米安保体制を変えられなかった理由はいくつもあ
るが、その最大の理由は、国民から乖離していたからだ。左翼のイデオロギーだ
けでは、決して政府の政策を変えることはできない」。実際、私もいくつかの護
憲MLに入っているが、そこでは常に内輪の論争が起きていて、運動の拡大などと
ても望めない状況である。
 
  著者の天木氏はもともとノンポリ学生だったという。私が主催する上映イベン
トに何回かゲストとして来てくれたが、いい意味で普通人の感覚を持っていると
感じた。また、外務省を解雇されてからわかったことがたくさんあるそうだ。そ
ういう、言わば無党派リベラル的な感覚がよく出ている斬新な本である。
 
  元外交官ならではの体験から来る見聞も随所に見られる。私にとって一大発見
だったのは、日米同盟にパレスチナ問題が深く関わっているという点だ。米国が
イスラエルと一体になって、圧倒的な武力でパレスチナ人に弾圧を加える様子
を、著者はレバノン大使時代に目の当たりにしていた。その立場からイラク戦争
の本質を見抜いたからこそ、自衛隊の派遣に反対したのである。
 
  イラク攻撃の真の目的は、イラクを占領し、そこに米軍基地をつくって中東の
反イスラエル武装勢力を抑えることだった。そして今、米国が撲滅を叫んでいる
テロとはつまり、イスラエルのパレスチナ弾圧に反発するイスラムの反米、反イ
スラエルに対する抵抗運動である。そういう「テロとの戦い」に日本を加担させ
るのが日米同盟の実態なのである。
 
  最後にもう一度繰り返すが、これほど刺激的で面白く、タイムリーな本が話題
にならないのは不思議だ。イラク戦争自体も忘れ去られようとしている今日この
頃、天木氏も過去の人にされている感がある。あの国際法違反の先制攻撃に、た
だ一人公然と反対して仕事を失った勇気ある人間に対するこの仕打ちに、マスコ
ミの堕落を見るのは私だけだろうか。
  
《評者略歴》
  1954年生まれ。中央大学大学院法学研究科修了、政治学修士。シンクタンク研
究員を経て著述業に。時事評論的映画評論に従事。渋谷のアップリンクファクト
リーで、定期的に上映イベントを開いている。東京学芸大学非常勤講師。主な著
書に「歴史を知ればもっと面白い韓国映画」「映画が語る昭和史」(共にランダ
ムハウス講談社=現「武田ランダムハウスジャパン」)。現在、「中国近代史と
映画の旅」(仮題)執筆中。
 

                                                    目次へ