【コラム】フォーカス:インド・南アジア(12)

原発輸出からの撤退が求められている
~原発輸出と公的資金融資、さらに民間融資の政府全額補償の問題~(2)

福永 正明


◆ 1.前回の問題提起

 日本経済新聞は2017年9月2日の朝刊1面にて、「政府、原発融資を全額補償―まず英の2基 貿易保険で邦銀に」と報じた。
 これは、日立製作所がイギリスのウィルヴァ・ニューウィッド原子力発電所建設計画において、政府が「邦銀2行から融資を引き出すため、全額補償」を決めたとされる。
 この原発建設事業には、英政府と日立製作所、さらに「株式会社国際協力銀行(JBIC)」、「日本政策投資銀行(DBJ)」を活用して投融資を実行する。DBJやJBICによる投融資「支援枠組み作り」として総額1兆円規模での支援が2017年末までに決定予定とされる。DBJやJBICの融資での不足額について、邦銀2行からの融資を募ることが浮上し、その条件が問題となる。
 日本側投融資には「日本貿易保険(NEXI)」が保険を提供して補償するが、従来のNEXIによる民間融資焦げ付きなど事故に備えた保険では、90-95%の補償でしかない。だが原発建設事業費は2基で2兆円超とされ、巨額資金を調達するには追加的な民間融資が必要となる。ところが海外原発の新規建設に関わるリスクは非常に大きく、民間資金確保には「政府の全額補償」が求められていた。

 世界各国の原発新設工事の遅延は常態化しており、政府の政策転換や住民の反対運動などにより建設中止となる事例も多い。つまり、海外原発事業は「きわめて貸し倒れリスクが高い」案件であり、日本のメガバンクの最良の選択は「貸さない」という判断である。
 だが、民間金融機関が投融資するためには「政府の全額補償」が不可欠となり、NEXI保険を例外活用し、邦銀による融資全額について「政府の全額補償」策へ進むとされる。

◆ 2.公的資金融資での原発輸出の安全性への疑念

 海外において事業を進める民間(私)企業に対して、政府の資金・保険による保証を提供する公的機関は、「輸出信用機関(ECA、Export Credit Agencies)」と呼ばれる。ECAは、民間企業による輸出、海外向けビジネスを後押しするために、貿易金融、貿易保証などを行う公的機関である。特に、貿易保証業務では、民間保険会社ではカバーしきれないリスクを保証する。
  日本におけるECAは、「株式会社国際協力銀行(JBIC)」と「株式会社日本貿易保険(NEXI)」である。JBICの前身は日本輸出入銀行であり、特別法により設立された「特殊会社」である。

 NEXIは、2017年4月に独立行政法人日本貿易保険が、独立行政法人改革により「貿易保険法及び特別会計に関する法律の一部を改正する法」により設立された特殊会社である。政府は2016年度末まで、対外取引において生ずる通常の保険によって救済されない危険を保険する貿易再保険制度は、貿易再保険特別会計により実施していたが、同特別会計はNEXIへ移管された。そして、経済産業大臣の指揮監督のもとNEXIは、国との一体性を高めた「貿易保険の政策ツール」として、「政府保証を100%付与」する政府全額補償の新制度を実施する。

 両機関が事業を展開する元手、つまり原資は、JBICが財政融資資金借入金、政府保証債、財投機関債、政府出資金等により調達する。またNEXIは、政府がNEXIの発行済株式の総数を常時保有していなければならないと定める。
 ここで重要であることは、国による全面的なJBICとNEXIへの資金提供であり、それは両機関が「国営企業」であることを意味する。JBICが日本の民間企業が外国投資を行う融資への資金も、万一にもその事業が頓挫した場合に支払われるNEXI保証金も、国が提供する。輸出や外国投資のため、国の資金を貸し出し、保険が必要な場合には国が全額資金を払う。国民の金が、利益追求のみで経営される民間企業の事業推進に利用され、さらには失敗の穴埋めをすることになる。

 海外事業の失敗には、自然災害、戦争や治安悪化、相手国政府の政策転換などが想定される。過去に日本政府と企業が関連した最大の「事業失敗」例としては、イラン・ジャパン石油化学(IJPC)がある。
 1973年4月設立のイラン・ジャパン石油化学(IJPC)は、三井物産を中心とした日本側投資会社イラン化学開発(ICDC、1971年12月設立)と、イラン国営石油化学(NPC)の50%:50%の合弁事業(JV)であり、石油随伴ガスを原料とするイラン初の総合石油化学コンプレックスをバンダル・シャプールに建設する計画あった。

 建設費の当初案は1,500億円(4億ドル、当時は1ドル360円)とされたが、IJPC設立の半年後である1973年10月に第四次中東戦争が勃発、第一次石油ショックとなった。完成製品の価格上昇はプラス要素として見込まれた。だが建設費の暴騰は著しく、74年初めには2,900億円、同年10月に7,400億円と算出され、当初案の5倍に膨れ上がった。建設費暴騰の荒波を受けながらも、工事は1978年末までには85%完成していたとされる。だが、79年1月にイラン革命が起こり、日本からの要員は追い出されることとなり、工事は中断し、同年4月にはイラン・イスラム共和国の樹立を宣言した。

 ICDCとその出資した親会社である五社は、民間企業のリスク限界を超えると判断せざるを得ず、政府の支援を要請した。政府は、産油国イランとの友好関係の重視、さらに第二次オイルショック発生から、IJPCを「国家事業(ナショナル・プロジェクト)」と決定した。

 ところが80年9月、イラン・イラク戦争が開戦、9月にイラク機が建設現場を爆撃し、さらに連続して被爆となり、同年11月に日本側全員が帰国し、事業はほぼ頓挫した。1981年4月に日本側ICDCが送金中止を決定、この時点での総支出額は5,989億円とされ、以後の金利負担が巨額となることは明らかであった。

 イラン・イラク戦争の休戦協定は、88年8月に成立、両国は89年3月に精算前提とする交渉を開始、10月に最終合意した。その条件とは、日本側が出資金722億円、ICDCのローン1,250億円を放棄、日本側がイランへ支払う「手切れ金」である精算金として1,300億円を支払う内容であり、他に金利負担が見込まれた。また、NPCが事業を単独で継続するため、当然ながら日本の金融機関からの借入金、第三者への債務、延払債務、イラン側債務はNPC負担となった。合弁事業費用総額6,000億円、日本側の投資会社の損失総額は3,000億円を超え、1990年2月にIJPCの清算は完了した。

 さて日本側の民間企業における損失に対しては、海外投資保険から777億円(保険が付けられた額1,662億円、請求額930億円に対して)の支払いが行われた。日本側投資会社のICDCは、設立から20年が経た91年9月に解散した。

 この事業には、政府出資の石油開発公団、日本輸出入銀行、海外経済協力基金(いずれも当時)が出資も含めて関与し、重要な役割を果たしていた。まさにそれは、「ナショナル・プロジェクト」であり、国家丸抱えの事業であった。国からの資金の場合、誰が責任を負ったのであろうか、そもそも元々の資金をだした国民には十分な説明が行われたのであろうか。ICDCの中核となった民間企業・金融機関も大きな損失を抱えたが、自らの利益から資金を絞り出し、経営者は責任を負い、失敗を教訓として次世代以降が新しい経営を進めることができる。あまりにも安易な「ナショナル・プロジェクト」、そして、税金を利用しての「国家による投資」、「国家による保証」が造った「大失敗」であった。

 イラン石油化学事業の場合、戦争や政変などの事情があった。では、倫理的には認められることではないが、仮に日本から原発輸出が行われる場合を考えたい。
 日本の原発輸出では、輸出する原発プラント・資機材などが、確実に安全かの判断が必要となる。つまり、JBICとNEXIが公的資金を海外原発へ融資する場合、適切な「安全確認」が行われなければならない。だが、現在は「輸出原発の安全確認」体制そのものが、きわめて危険な状態にある。

 経済産業省の外局である資源エネルギー庁の特別機関であった「原子力安全・保安院(以下、保安院)」は、原子力の安全に関する「国際協力」を任務として、輸出向けプラントや資機材の安全管理を実施していた。しかし、2012年9月19日に廃止された。保安院の解散された同日、環境省の外局として原子力規制委員会が発足し、原発の規制業務が移管された。だが、原子力規制委員会は「国内の原発のみ対象」とするとして、原発輸出は無関係であるとされた。
 つまり保安院消滅後、原発輸出の「安全確認体制」が存在しない状態が継続し続けた。もちろん、一方で東電福島第一原発事故後に発足した第二次安倍政権は、世界各国への原発輸出のトップセールスを続けた。こうした状態については、国会で再三取り上げられ、「原発輸出の中止」が、野党各党議員から主張され質問が続けられた。

 政府は、2015年10月6日付けにて、「原子力施設主要資機材の輸出等に係る公的信用付与に伴う安全配慮等確認の実施に関する要綱」を公開した(http://wwwa.cao.go.jp/oaep/dl/yoko151006.pdf)。同要綱では、内閣府、財務省、経産省から構成する「原子力施設主要資機材の輸出等に係る公的信用付与に伴う安全配慮等確認に関する検討会議」を新たに設置し、原子力の安全に関する条約の加入または加入意思、IAEAが実施する「総合規制評価サービス(IRRS)」の受入れ状況に関する情報などから、政府として原発輸出の安全確認を実施するとした。

 新制度は、融資や保証を行うJBICとNEXIが、政府に「依頼」し、政府が「情報提供」するという位置付けである。つまり、新「安全確認体制」ではなく、JBICとNEXIが原発輸出事業のリスク確認、責任主体である。すると、国の関与が異常に弱くなり、まさに「不十分な」安全確認でしかないことは明らかである。

 いくつか具体的に問題を示すならば、第一に核不拡散が担保されておらず、核拡散防止条約(NPT)が不可欠の条約とされず、国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定、追加議定書も含まれていない。つまりこれらを締結していない国、例えばNPT未加盟のインドへの原発輸出を可能とする体制である。
 第二に、保安院時代まで安全確認の対象外は、10億円未満の案件であったが、新体制では15億円未満案件となった。確認しない案件が増加することとなる。
 第三に、プロジェクトごとに立地の特性などに即した安全配慮確認がなされない。書類上の安全確認が行われるだけであり、現地住民の反対運動や自然破壊問題などは、一切無関係となる。
 第四に、安全確認した内容は、一般公開されず、事後的な「議事要旨」の公開が行われることとなっている。
 第五に、政府は内閣府の下における原子力に関わる専門官僚を中心とするより中立性・透明性の高い合議体にて審査すると主張しているが、その内閣府が原発輸出を含むインフラ輸出戦略を所管する。つまり、経産省の外局であった保安院時代の安全確認より、原発輸出推進の内閣府が自らの都合のよい担当部署の官僚を集めて、JBICとNEXIの依頼で安全確認を行うということになる。

 神戸製鋼所による品質偽装は、東海第二原発での未使用鋼材問題にも発展し、国による安全管理がなされる以前の、企業の安全管理が問題となっている。

 原発輸出が、核兵器開発と直結することは明らかであり、世界の核兵器禁止条約発効への流れに逆行することは明らかである。また核不拡散・核廃絶を外交基本方針としてきた日本の大きな転換である。さらに東電福島第一原発事故を経験した日本からの原発輸出は、倫理的に許されるものではなく、世界の人びとは「日本は原発を売るな!」と訴え、強く批判している。特に、今回のイギリスでは日立の原発輸出、さらに日本政府の全額保証による支援への批判が強く、現地住民たちは怒りの声を上げ続けている。

 国民の血税を利用して、きわめて不十分な安全管理のもと、国が資金を提供し、さらに事業が失敗した時には全額補償して原発輸出を行う必要はない。
 私たちも、「再稼働反対!」とともに、「原発輸出反対!」を訴え続けよう。

 (岐阜女子大学南アジア研究センター所長補佐)

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