■ 宗教・民族から見た同時代世界    荒木 重雄

~イスラム世界と欧米世界の深まる葛藤~

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1980年に約16%、95年に約19%であった世界人口に占めるイスラム教徒人口は、
昨2009年には23%に達し、実数では15億7千万人、世界の4人に1人がイスラム
教徒となる。
  このイスラム社会と欧米社会が建設的な関係で結ばれることが、これからの世
界の重要な課題であるが、2001年の9・11米同時多発テロに続いてブッシュ政権
の米国が発動した「対テロ戦争」の後遺症は、それからほぼ10年を経ながら、い
まだ各地で傷跡をうずかせ、新たな血を噴き出させている。連載再開に当たって
今号では、まずその現状を概観しておきたい。


◇◇アフガン・パキスタンは泥沼化


 米軍6万8千人、NATO諸国軍3万人、アフガニスタン軍10万人を展開しなが
ら、反政府武装勢力タリバーンの復活を許したアフガニスタンでは、米オバマ政
権は、昨年12月、さらに米軍3万人を増派して一気呵成に治安の回復を達成し、1
1年7月には米軍の撤退開始に導く新戦略を立てた。その第一歩として2月から南
部で展開しているタリバーン大規模掃討作戦は、しかし、早速、米軍の誤射や誤
爆による民間人殺傷で住民の怒りを買った。住民の反米感情の高まりに、不正・
腐敗で統治能力を疑われながら欧米の傀儡として地位を保つカルザイ大統領まで
が米軍非難のポーズをとる。
 
だが、この混乱はまだ序の口であろう。米軍の次のターゲットは、タリバーン
が資金や武器、兵士の調達拠点としている都市カンダハルの攻略とされる。年を
追うごとに増えるアフガン紛争の犠牲者は、09年の1月~10月だけでも民間人203
8人、アフガン政府軍523人、米軍・NATO軍519人だが、市街戦となればその
数が飛躍的に増えることは必至である。

 アフガニスタンとともにオバマ政権が主戦場とする隣国パキスタンでも、タリ
バーンに同調する反政府武装勢力による自爆テロなどで、09年では民間人2281人、
治安部隊1008人の死者が出ている。アフガニスタンの作戦と連携した掃討作戦
が国境地帯で展開されるなか、その報復としてのテロ攻撃がさらに激化すること
が懸念される。

 一方、2月には、米国とパキスタンの情報機関がタリバーンのナンバー2とさ
れるバラダル師をパキスタンの都市カラチで拘束し、米パ共同作戦の成果と喧伝
されたが、タリバーンとは創設時から気脈を通じてきたパキスタン軍情報部には
別の思惑も指摘される。


◇◇いまだ安定せぬイラク


 戦闘任務を終え、12万弱の駐留米軍を8月末には5万人にまで縮小するというイ
ラクでも、3月の国民議会選挙が近づくにつれて、沈静化していたかに見えた宗
派間対立が再燃した。併せて、昨年から、首都バグダッドの政府庁舎やホテル街
への爆弾テロも続いている。

 夏までにアフガニスタンに3万人の兵力を回すと決めた米国には、この選挙で
国民和解を実現し、治安の悪化を防ぎたいところだが、03年の侵攻以来、米軍と
多国籍軍の兵士約4千人、イラク側には10万人を超える住民の犠牲のうえで、現
地の社会構造を無視して押しつけた「民主主義」なるものは、いつの日か定着す
ることがあるのだろうか。


◇◇イエメンは第三の戦場となるか


 そのようななか、昨年12月、デトロイト上空でナイジェリア人乗客による米旅
客機爆破未遂事件が起こった。彼は中東イエメンに拠点を置くアルカイダ系組織
から指示を受けていたとのことで、イエメンがイラク、アフガニスタンに次ぐ第
三の「戦場」として急浮上した。しかし、あまり知られてはいないことだが、イ
エメンではすでに昨年の早い時期から、米軍の支援を受けた政府軍が国内各地で、
アルカイダとは無関係の反政府勢力に空爆を繰り返し、住民に多数の犠牲者を
出している。米機爆破未遂事件はその報復といわれる。

 その詳細はともかく、この事件は、オバマ米大統領の対テロ戦略に大きな変化
を及ぼした。ブッシュ前政権の強硬策を変更したオバマは、「テロとの戦い」と
いう言い方を封印し、テロ容疑者を超法規的に収容するキューバ・グアンタナモ
米軍基地収容所の閉鎖や、拷問と指摘された「水責め」などの尋問方法の禁止な
どを決め、イスラムとの対話を前面に出した。しかしこの事件を契機にオバマ流
ソフト路線に対する野党や世論の批判が高まり、方針変更を余儀なくされつつあ
る。
オバマのこのブレは、また、オバマのチェンジに期待したリベラル派を失望さ
せ、政権の求心力のさらなる低下をもたらしている。

 一方、開戦7年を迎えて、イラク戦争の問い直しが各地ですすんでいる。開戦
の大義とされたイラクの大量破壊兵器保有もアルカイダとの繋がりも事実無根で
あったのだが、国際法上の根拠を欠き、中東情勢を混乱させ、世界を分断させた
あの戦争とは何だったのか。安保理で開戦の正当性を主張した当時のパウエル米
国務長官は後にそれを「人生の汚点」と悔やんだが、英国、オランダではそれぞ
れ昨年、首相の指示による独立調査委員会が設けられ、英国ではブレア前首相も
喚問され、オランダでは明らかな国際法違反と断じられた。
  ここで問われるべきは、あの戦争をいち早く支持した小泉内閣であり、日本で
もある。
  オランダではさらに、アフガニスタンでの同国軍の駐留延長をめぐって与党内
の意見が割れ、2月、連立政権が崩壊する事態も起こった。

 このシリーズもまだしばらくはイスラム世界と欧米世界の葛藤を注視せねばな
るまい。
            (筆者は社会環境フォーラム21代表)

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