■ TPP反対の立場で訪米・訪韓した大河原雅子議員に聴く  編集部

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【編集部】TPP交渉は来月の野田訪米で何か「お土産として」約束するのでは
ないかという心配がささやかれていますが、大河原さんは活発にTPP反対で活
動され、最近米国・韓国に行かれましたが、それらについてお話ください。

【大河原】TPPは菅総理が横浜のAPEC首脳会談で発言し、野田総理も昨秋
ハワイのAPECで「協議参加に向けての情報収集をする」と言明した。私は菅
発言の時から「TPPを慎重に考える」という会の事務局長を務め、30回近い
勉強会を重ねて、勉強すればするほど非常に疑問が高まってきました。

 これまで「自由貿易」を当たり前のこととしていましたが、それには、それぞ
れの国の文化・地域事情・経済・社会環境の違いを踏まえ、2国間でお互いに大
事にしなければならないものを交渉の中で譲り合って協定を結んできたのです。
ところが今回のTPPは参加した国が全て10年以内に関税をゼロにし、全く同じ環
境基準・同じ労働基準で一つの経済圏を作ると言うのです。

 自由と言いながらかなり限定的になる。交渉は4カ国から始まり、今9カ国が
参加して協議をしていますが、中身が外に全然伝わらない。立法府の国会議員に
さえ完全に秘密のまま進められ、私たちは大きな危機感を感じています。

 アメリカではオバマ大統領がこのTPPで輸出を倍増し雇用を200万増やす
からアメリカの国益のためだとしているが、日本はなぜここに参加するのか明ら
かにされていない。それでアメリカの事情を調べようと今年の1月8日から11
日の3日間に、非常に強行軍でしたが山田正彦衆議院議員を団長にして6人の議
員でワシントンDCに行きました。

 日本大使館を通じてアポイントを頼んだのですが、なかなか思うように取れな
くて、現地で活動するNPOの方などにもアドバイスを貰ったりして議会・政府
機関・業界団体・組合・NGOなど31箇所を回りました。しかし、この時期、
大統領一般教書演説までは議員は皆さん地元ということで、11の議員事務所を
訪ねたのですが議員本人には会えませんでした。訪問先の議員は推進派も反対派
もいますが、NAFTA(ナフタ:北米自由貿易協定)にも米韓FTAにも反対
してきた筋金入りの議員もいることに驚きました。

 私たちは、この経験から、これまでの自民党政権で培ってきた外交のチャンネ
ルでなく改めて政権を担う立場になった民主党政権として独自にチャンネルを切
り開くことや議員外交の必要があることを痛感しています。

 驚いたことに、TPPはアメリカが一丸となって進めているのではないかと思
っていたのですが、一般市民はほとんどTPPについて知らないのです。それは
オバマ大統領が国内向けにはTPPのことをあまり発言していないからなのです。

 雇用を増やす、輸出を増やす、と言う事はとりあえず国内の産業を守って国内
の雇用を増やすと言う言い方になりますし、アメリカのグローバルに活動してい
る大企業に対してはTPPを使ってアメリカの国益を大きくするのだと約束をし
ているのが良くわかりました

 実はアメリカ国民は、ナフタでカナダやメキシコとの協定の中であまりいい思
いをしてこなかったというのです。私たちは、ナフタがメキシコの農業をダメに
し、大被害を与えたということを伝え聞き勉強もしてきましたから、アメリカは
もの凄く利益を得ていたというイメージでしたが、実際は世論調査でも7割近い
人がナフタでアメリカはそんなに高い利益はなかったと回答しています。

 ある数値では500万人、労働団体では100万人の雇用が確実に失われたと
言い、これまでの自由貿易協定について懐疑的な国民が多かったのです。それか
ら例のウォールストリート占拠運動が大きく広がっていて、まさしくマイケル・
ムーア監督が映画“キャピタリズム”やその前の医療問題を取り上げた映画“シ
ッコ”で画いた格差。1%対99%というあの世界です。
 
  政治都市ワシントンでさえその状況にあるのを見て本当に驚きました。ワシン
トンDCのホワイトハウスに近い公園でテントが張られていたのです。オバマ大
統領は、新自由主義を是正すると期待されて大統領になったわけですが、TPP
は国民の為でなく、一部の大企業の為のもので本当は国内の格差是正や雇用を守
るにはマイナスなのだという事をはっきり自覚している方達が多かったです。

 私たちは政府代表ではないので、日本で会う事が難しい、大統領直属でこのT
PPの直接の担当者になるUSTRの次席代表マランティスさんやカトラーさん
にもお会いしました。マランティスさんは訪日の折、本屋に入ったらTPPに関
する本がたくさんあって驚き、その時に日本国民の関心が高いのを初めて知った
と言っていました。

 私たちがアメリカに行った主な目的は2つです。1つにはアメリカの事情を知
る事、そしてもう1つは私たち衆・参700人の国会議員の中で、このTPPに
対して懐疑的である議員が365人もいる事を伝えることでした。

 これについてはUSTRの方にお会いした時にこれをしっかり伝えました。こ
れからどういうプロセスを取るかはお互いの国の議会で決めることだが、日本で
は国会議員の半分を超える人がいまだに懐疑的なのだから、これが批准される可
能性は少ない、ということも伝えました。

 また1つの例として非常に面白かったのは、豚肉の業界の方達と会った時です。
  日本は豚肉を一番輸入している最大のお得意様ですが、このTPPが発効する
と日本の消費者はアメリカからだけでなく他の国からも選ぶことができますから、
皆さんにとってはむしろ輸出が減ることになりませんかと言ったら表情が一瞬硬
くなり、それまでの満面の笑みが消えてしまいました

 もう1つ、食の安全のことでの業界団体との関わりで言えば、遺伝子組み換え
の技術で、日本は消費者サイドから言えば不十分ながら(私はEUのように厳し
くしなければならないと思います)表示を作っている。しかしバイオ・テック業
界の担当者は、遺伝子組み換えの表示義務は絶対にノーだ、任意表示でいいのだ
と、はっきり主張していました。

その担当の女性は自らもバイテクの専門家と言っていましたが、消費者から
の苦情を受けたり、バイテク技術を啓蒙したりする百戦錬磨のツワモノでした。
以前は商務省にいて外国との貿易交渉をしてきた人なのです。アメリカでこの
事を進めている担当者は、ある時は政府の役人であり、またある時は業界団体
の代表となり、まさしく「回転ドア」と呼ばれる状況です。

それは百戦錬磨どころか、1つの利益追求という道筋で、この交渉が進められ
て行くと言う事がはっきり分かりました。ワシントンDCに行って見てこのTPP
というものが私たち国民にとってメリットがどこにあるのかをもっとはっきり政
府が示さない限り、これはなかなか容認出来ない。私は断固拒否だと言う気持ち
を強くして帰って来ました。

 そのUSTRのカトラーさんが強調したのは、現在交渉しているTPPの中身
はオープンに出来ないが、米韓FTAを見てくれ、米韓FTAが見本であり、T
PPは、さらに高度な経済連携になるのだというのです。全てのモデルは米韓F
TAだと言う事で、2月には篠原孝衆議院議員を団長に衆参8人の議員で韓国・
ソウルに行きました。韓国は貿易7割のまさしく貿易立国、好調といわれる経済
状況も、一昔前の高度成長期の日本のようです。

 工業製品を輸出するために農業が犠牲になるのを、政府が補助金を使って保証
し我慢して貰う方針で、農業に携わる方々も一部納得されてしまったようです。
それについては昨年秋に韓国で豚肉や牛肉の生産団体の方や、高度な農業をされ
ている優秀農家の方達に状況は聞いていましたが、今回は韓米FTA阻止の国民
運動本部が設けられるというので、そちらを訪ね、また国会議員の方達に直接お
目にかかって意見交換をしてきました。

 韓国の場合、このFTAを巡ってはノ・ムヒョン大統領がこれを発議し、それ
から政権交代が起こった。ノ・ムヒョン大統領時代にはFTAに賛成し、民主党
の大統領候補でもあったチョン・ドンヨンさんは、当時は何も知らなかった、知
れば知るほど結んではいけない協定だと自己批判したうえで、今はFTA阻止の
先頭に立っています。言い出した民主党が下野して、FTA阻止・廃止闘争を、
政局をかけて戦っているというねじれ関係が起こっています。11月には批准に
向けて強行採決をするという事件もあり、10万人デモが行われたりして批判が
高まり、4月の総選挙、12月の大統領選挙の確実な争点です。

 韓国では、この強行採決の以前に6年間にわたる長い闘争の歴史があったので
す。いま阻止運動の中枢部にいるソン・キホ弁護士は1500ページにのぼる英
文(ハングル文)の条約文を1つ1つチェックされたのですが、私たちが彼から
韓米FTAを学べば学ぶほど、これは不平等条約そのものであることがわかりま
す。また彼の指摘で訳文の誤りも見つかり、条約の発効が今年の1月1日からで
はなくて3月15日に延期されています。

 この条約の情報が国民にオープンになり、やっと反対意見が言えるようになっ
たこともあって、3月12、13日と開いた国際シンポジウムには韓国からも多
数お越し頂いて韓米FTAの中身について教えて頂きました。あの韓米FTAを
見習えと言われれば言われるほど、これは絶対に交渉に入ってはいけないと思い
ました。

 日本の貿易経済に資するからと言うことで農業対工業のように言われて来た事
が、実はこれまでアメリカがずっと日米交渉の中で保険・金融・医療それから食
の問題(牛肉のBSE検査問題)もずっと対日要求してきたものばかりです。

 交渉に入るには、今参加を表明している9ヵ国全てにそれぞれ了承を取り付け
なくてはなりませんが、現状ではオーストラリア・ニュージーランド・アメリカ
が日本の参加を支持していません。野田総理がTPPに関する国民的議論をと各
地で説明会を再開しましたが、不安の声は挙っても、どんどん進めてくれと言う
意見はなかなか聞けません。

 反対運動の国際的な連帯は本当に必要だと思います。とくにアメリカのラルフ・
ネーダーさんが作られたNPO“パブリック・シチズン”の働きは非常に大きく、
素晴らしいです。今回グローバル・トレード・ウォッチ・キャンペーンの責任者
であるロリー・ワラックさんが国際シンポジウムに参加するため初来日してくれ
ました。

 彼女と彼女の団体が世界中の市民や議会関係者へも情報を提供することを積み
上げて来た事を高く評価したいと思います。そして改めて連携させて頂きたいし
日本にもそういう日本版“パブリック・シチズン”を作らなければいけないと思
いました。「海外市民運動情報センター」をやっておられた野村かつ子さんの志
を継ぐような方々の固まりが期待されますね。
 
  なお、ソン・キホさんが「米韓FTAハンドブック」を作っており、近く日本
語版も出来ると思います。投資家や企業が国を訴えるISD条項や、一度条約を
結んだものについて後戻り出来なくなるラチェット条項と言うのもひどいです。
韓米FTAも3月15日に発効しましたが、それから4年間はどういう交渉があ
ったのか中身をオープンにしないことになっています。だからこうやって目隠し
状態にして誰が交渉しているかわからなくしているのだと思います。

 TPPや韓米FTAは、まさに多国籍企業の回転ドアで貿易交渉担当者と業界
代表者を行ったり来たりしているような人たちが、寄ってたかって作った協定な
のだという、ワラックさんの言葉をしっかりと受け止め、TPPへの交渉参加に
前のめりな動きにブレーキをかけていきたいと思います。
【編集部】本日は国会開会中のお忙しい中有難うございました。
(大河原雅子氏は民主党参議院議員・「TPPを慎重に考える会」事務局長)

(注)この記事は2012年3月14日にインタービューを行ったものですが、
    文責はオルタ編集部にあります。 

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