【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界

Qアノンなど陰謀論者やカルト集団は不安な時代に蠢く

荒木 重雄

 青い衣をまとい山羊の皮の太鼓を打ち鳴らすなど、異形のシャーマン(霊媒師)が、ロシアのあちこちに出現し、コロナ封じの祈禱をしているという。コロナ禍の広がりがもたらした民衆の終末論的な危機意識に応えた伝統の復活であるという。
 だが、なかには、治安部隊によって逮捕され精神病院に入院させられた者もいるというから、穏やかではない。彼が説く「プーチンは悪魔で、自然から愛されていない」との主張に支持の声が集まったからだとされる。

 不安な時代にカルトの影が出没し、それが政治に絡むのは、ロシアに限らない。

 ◆ トランプ虚偽政治の鬼っ子

 こちらにも一人のシャーマンが登場した。
 バッファローの角をつけた毛皮帽をかぶり、顔を赤白青のペイントで塗り分け、裸の上半身にタトゥーを施して、星条旗を結んだ2メートルほどの槍を携えた大柄な男だ。1月6日、トランプ大統領(当時)に煽動されて米連邦議会議事堂へ乱入した一群の中でも一際、異彩を放っていた「Qアノンのシャーマン」を自称する、通称ジェイク・アンジェリである。

 彼らが自ら帰属することを誇る「Qアノン」とはなにか。

 2016年12月、自動小銃、拳銃、ナイフで武装した男が、ワシントン郊外の一軒のピザ店に押し入って、発砲した。
 彼は、そこでヒラリー・クリントン率いる闇組織が児童の人身売買を行っているとの情報に接し、止めねばと、意を決して入ったのだ。勿論、事実無根であった。

 翌年10月には、ハンドルネームをQと名乗り、最高機密にアクセスできる政府高官と自称する人物が、ネットの匿名掲示板4チャンネルに一連の書き込みを始めた。それが繰り返す主張は、世界規模の児童売春組織を運営している悪魔崇拝者や小児性愛者の秘密結社が存在し、リベラルを標榜する民主党の政治家や官僚、財界人、マスコミ・エリート、ハリウッド・セレブなどがそのメンバーで、彼らによるディープ・ステート(闇の政府)が米国を牛耳ろうとしている。その「闇の政府」の支配と秘密裏に戦っている英雄がトランプ大統領である。という筋書きである。

 人種差別的、反ユダヤ主義的な思想も含む、あまりにも荒唐無稽な陰謀論だが、夥しい数の転送、リツイートで拡散されて、全米では数百万人もの信奉者がいるとされる。このSNSで繋がる陰謀論信奉者のネットワークがQアノンである。
 Qが anonymous(匿名)であるところから、この運動はQアノン(Q Anon)と呼ばれる。

 ところが、2018年8月になると、トランプ再選キャンペーンの集会に、Qアノン信奉者が現われ始めた。仮想空間から現実空間に登場した彼らは、彼らを「愛国者」とよぶトランプに呼応して熱烈なトランプ支持者となり、トランプ親衛隊となって、今年の1月6日には、プラウド・ボーイズ(男性だけの反移民極右団体)、銃所有支持者、南部連合旗を携える白人至上主義者、反ユダヤ主義のナチス支持者らとともに、議事堂占拠へ突進したのである。

 ◆ なぜ陰謀論集団が増殖する

 1月20日のバイデン大統領就任式は、州兵2万5千人を配置した厳戒態勢の下で、曲がりなりにも無事終了し、トランプ前大統領は二度の弾劾訴追を受けた大統領の汚名を背負って去った。
 Qアノンも、主だったアカウントやウェブページを封鎖され、鎮静化しているように見える。だが、そうだろうか。潜伏状態は陰謀論信奉集団にはむしろ恰好の増殖環境でもある。

 米国の政治史には、通奏低音のように流れる陰謀論の政治文化があるという。政治学者リチャード・ホーフスタッターが指摘する「我々は誰かに狙われている」という偏執的な不安(パラノイド)である。「中央政府はフリーメーソンに操られている」という古典的な物語に始まり、カトリック、財閥、共産主義、リベラル勢力などが、時を経つつ次々、米国を蝕むとする陰謀論の標的とされ、Qアノンではディープ・ステートである。
 これらの「敵」の設定が大衆の情動を刺激し、知識層や既得権益層への反発を煽る。

 さらに、開拓以来、教会を拠点とする団結を尊んできた純朴な人々にとって、正義の戦いには「救世主」が求められる。Qアノンや保守的大衆にとって、トランプはまさにその期待に応えるものであった。新型コロナにかかってもたちまちにして「復活」したトランプではないか!

 「トランプ=救世主」を荒唐無稽としないQアノンのメンタリティーには、カルト宗教との類似性、あるいは、新宗教運動へ移行する可能性も指摘される。見たいものだけを見、信じたいものだけを、事実や証拠に反しても信じようとする習癖。
 彼らは、Qが発信する実現しなかった予言や支離滅裂の情報や指示も、敵を欺くための方法と理解する。

 そしてなによりも幸福感である。自分が信じた虚偽が肯定されるコミュニティに属し、他の人々がまだ知らないなにか重要なものと繋がっているという、万能感、満足感、幸福感が、宗教と類似の魅力をこの陰謀論信奉集団にもたらしているという。

 Qアノン信奉者は、互いにツイッターで「デジタル戦士」を誓い合い(#Take The Oath)、SNSでの投稿には「#WWG1WGA」というハッシュタグをつけていた。これは「Where We Go One, We Go All」の略で、日本語にすれば「我々は一致団結して進む」とでもいおうか、一体感を鼓舞する標語である。

 ◆ 反社会的活動を犬笛が促す

 だがしかし、陰謀論に火をつけ焔とする最大の要因は、米国社会がうむ格差と分断、怨念である。トランプが見せた政敵への容赦ない攻撃や傍若無人な行動が胸のすくものに映った、不遇感を抱く少なからぬ大衆の存在。彼らにとってトランプが放った「選挙が盗まれた。本当の勝者はトランプだ」という言葉は、重い呪縛として残り続け、働くだろう。

 「犬笛政治」という言葉がある。人間には聞こえない高周波の音で犬を呼ぶ笛に譬えて、解るものだけに密かに伝えられる政治的メッセージである。誰かが吹く犬笛に応えて、陰謀論集団が、極右勢力や人種差別主義者らと、またぞろ動き出す日がなしとはいえない。

 かつてトランプは、マッチョな極右過激派組織プラウド・ボーイズに呼びかけている。「下がって待機せよ(Proud Boys, stand back and stand by.)」。

 (元桜美林大学教授・『オルタ広場』編集委員)

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