【マスコミを叱る】

(39)2017年3~4月

田中 良太

◆◆[トランプのイラク攻撃報道は甘過ぎだったのでは]

 トランプの米国が4月7日(現地時間)、シリアの空軍基地を軍事攻撃した。トランプが表明していた安全保障政策の「原則」に違背する軍事行動だったことは明らかだ。
 トランプは大統領選中から「世界の警察官であることを止める」と宣言していた。素直に聞けば、米国が攻撃された場合以外、軍事行動は展開しないという意味になる。またアサド政権と過激派組織「イスラム国」(IS)が戦っているシリア内戦については、アサド大統領退陣を求めた前オバマ政権の方針から転換し、IS打倒を優先し、アサド支配を容認する方向に傾いていた。

 7日の攻撃はアサド政権の軍事基地に対するもの。「敵の敵は味方」という戦争の論理からすると、ISに味方する行動となる。米国が一貫してとってきた「アンチ・イスラム過激派」という対中東政策を転じたことにもなる。

 こうした政策転換の理由としてトランプ政権があげているのは、アサド政権がサリンとみられる毒ガスを使い、女性や子どもにも被害があったことだ。アサド政権が毒ガスを使ったと断定したトランプは「(アサドは)一線を超えた」と語り、女性や子どもの毒ガス被害を強調した。

 新聞各紙、テレビ各局とも、毒ガス使用の残虐さを強調。女性や子どもの被害を重視したトランプの「決断」と書き立てた。「賞賛」のニュアンス濃厚だ。
 それで良かったのだろうか? オモチャを持った子どもがそれで遊びたがると同じことで、軍の司令官となったトランプは、軍を使いたがっただけではなかったのではないか。
 新聞・テレビは少なくとも、この「危険なオモチャ遊び論」の可能性を指摘すべきだった。トランプは核の押ボタンを持っている。これも「使いたい」はずだ。標的はもちろん北朝鮮。核開発のための施設を攻撃するためなら「許される」と考えるかもしれない。

 対イラク空爆を決断したとき、トランプは習近平・中国国家主席との会談中。米中貿易不均衡と北朝鮮核開発への対応が2大テーマ。それだけにトランプは北朝鮮の核開発を強く意識していたのではないか? ホンバンは北朝鮮に対する核攻撃で、イラクはその予行演習だったかもしれない。「怖い」というのが私見だ。
 陸海空3軍に加えて海兵隊を含めた全米軍の最高司令官となったら軍を動かして攻撃したくなる。そういう子どもっぽい人物だとすると、トランプは核の押ボタンも押したくなるはずだ。

 トランプについて、「真実の報道」ができているか否かという問題も浮かび上がってくる。朝日は4月8日付朝刊「時時刻刻」を「米、突然の単独攻撃 協調路線から急転換 シリアにミサイル」という見出しの記事とした。以下の文章がある。
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 方針転換について、ティラーソン氏は「アサド政権の(神経ガスによる)凶悪な攻撃が、大統領の見方を変えた」と解説した。シリアにある化学兵器がISなど過激派組織の手に渡れば、「米本土に持ち込まれ、米国市民に危害を加えかねない」とし、米国を守るためだったと強調した。(中略)
 攻撃決断には、トランプ氏の米国内外へのメッセージも透けて見える。
 ティラーソン氏は「他国が最後の一線を越えた場合、トランプ氏は行動に移すことを立証した」と語った。オバマ前政権の協調主義を破棄し、「米国第一」のためには単独行動も辞さないという決断力や強い姿勢を見せつけた。
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 トランプ陣営が「書かせたい」と考えたことが、そのまま活字になっている! トランプは「フェイク・ニュース」を問題にした。単純な「ウソ報道」「間違った報道」ではなく、意図的な「でっち上げ報道」という方が、正しい訳語だろう。そのトランプ報道が、逆にトランプサイドの「事実」をデッチ上げている。引用した朝日の記事は、そのでっち上げをそのまま活字にしている。「それで良いのか」と言わなければならない。

◆◆[政権中枢の構図報道は十分か]

 「三万人のための情報誌」を自称する月刊誌『選択』は、書店では買えない。年間購読のみで、読者には毎月1日に、その月号が届く。内容は国際▼政治▼経済▼社会・文化に4分されているが、4月号の政治記事のタイトルは、安倍昭恵一色と言えるほどだった。▼安倍昭恵はいかに「右翼」となりしか▼国政不全「安倍夫妻」の大罪▼森友案件で晒した財務省の本姓、などだ。
 以下の文章があった。
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 晋三は小さな頃から、この賢母からの強いプレッシャーのもとに育ってきた。岸信介元総理の娘で周囲から一目も二目もおかれてきた洋子は、政治に詳しく、頭が切れ、冷たさを感じさせる母だった。そんな母に晋三は幼少期、あまり愛されていなかったという。兄に比べて勉強ができず、気も弱く、「どもり」癖があり、期待の持てる息子ではなかったからだ。だが、晋三は政治の道に進むと宣言することで、自分に無関心だった母を振り向かせた。以後、政界に進んでからは何事も母を頼り、母に助けられながら、母の期待に応えていった。
 一方、そんな母と真逆のタイプが昭恵である。晋三以上に勉強が苦手で学歴は専門学校卒。論理的な思考力がなく、ふわふわと夢のようなことをいう。政治に関心がなく、知識欲は薄いが、その分、虚栄心もない。少女がそのまま成人になったような昭恵は、晋三に優越感と安らぎを与えてくれた。自分にものを教えてくれる母と、自分がものを教えられる妻。この二つの要素が彼には必用だったのだろう。(安倍昭恵はいかに「右翼」となりしか、から引用)
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 この文章で明らかなことは、血縁政治家がトップとなっている「血縁政権」の場合、政権中枢を支配するのは「血縁の論理」だということだ。隣国・韓国の朴槿恵(パククネ)政権が典型だろう。弾劾手続きによって大統領を罷免され、検察に逮捕された朴槿恵前大統領は、閣僚をはじめ、側近とも対話しない「独裁」が厳しく批判された。
 槿恵氏は父親の朴正熙(パクチョンヒ)が大統領だった時代にただ一人の側近として遇された。大統領秘書室をとり仕切っていたという。
 正熙氏は軍事クーデターで政権を獲得した実力派独裁者。軍人中心の政権幹部に対して「対等の対話」は許さなかった。槿恵氏もまた閣僚らに口頭報告を許さず、「報告は文書で」を義務づけた。これはおそらく正熙氏の手法を真似たのだろう。「マネ」という意識もなく、「大統領は対話しない」と思い込んでいたのかもしれない。
 その孤立の中に、同年配の女性・崔順実(チェスンシル)被告が上手く入り込み、大統領の権限を上手く利用して、財団への資金集めなど、多数の犯罪行為を重ねた。それが「崔順実ゲート」ではなかったか。
 あくまで結果論だが、父・朴正熙氏が娘・朴槿恵政権の中枢構図をつくったといえる。それと同様、安倍晋三政権中枢の構図は首相の母・安倍洋子氏によってつくられたといえる。

 安倍晋三首相は、偉すぎる女性=母・洋子氏と対極に位置する、偉ぶらない人物が大好きなのだ。その1人が妻・昭恵氏である。他にも作家の百田尚樹氏などがいる。「安倍ゴマすり」としか思えない礼賛文・礼賛本を執筆・公刊すれば、安倍政権の中枢に入り込み、「側近」となることも夢ではない。
 月刊誌『選択』4月号の安倍政権ものを読むと、「1強」とされてきた安倍晋三政権も、森友学園問題で、そして側近ナンバー1の安倍昭恵氏によって、転落への道を歩むのではないか?と期待したくなった。
 ほんらい、そんな期待をすべきではない。首相官邸記者クラブに所属して政権中枢を取材している記者なら誰でも知っているはずのことを書かない。新聞・テレビに所属する記者たちの、いわれなき「自己規制」を問題にしなければならない。

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 2017年4月10日までの報道についての論評です。
 筆者は元毎日新聞記者。
 独自のメールマガジン「空気を読まない」を書いています。フェースブックなどでお読み下さい。

 (元毎日新聞記者)


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