【アフリカ大湖地域について考える】

(12)ならなくていいのに、テロリストになってしまう

大賀 敏子

 ◆ 脱獄と再逮捕

 2021年11月、ナイロビ郊外の刑務所から、3人の受刑者が脱獄したが、3日後に再逮捕されたという事件があった。3人は、逮捕の時期も罪状も異なるが、いずれもアル・シャバーブにつながるテロリストとのことだ。アル・シャバーブは、2013年9月、ナイロビのショッピングモール襲撃テロ、2015年4月、東部・ガリッサ郡での大学襲撃テロ、2019年1月、ナイロビでの高級ホテル・複合施設に対する襲撃テロ、2020年1月、東部・ラム郡での米軍及びケニア軍基地襲撃テロなどを実行してきた(ケニア地図参照)。

画像の説明

 テロは大湖地域を脅かし続けている。11月のちょうど同じころ、ウガンダの首都カンパラで連続爆破事件があったほか、半年ほど前の3月には、モザンビーク北部、LNG開発プロジェクトに近いカーボ・デルガード州の町パルマで襲撃事件(オルタ広場第38号の拙稿を参照されたい)があった。8月、タンザニアのダルエスサラームとケニアのモンバサでほぼ同じころテロに関係した事件が起きたのも、モザンビークのこの組織メンバーが越境してきたためとみられている。大きく報道されない事件も多い。

 ◆ ふつうの人をリクルート

 「確かに半年くらい大学で姿を見かけなかった。そしたら実行犯になっていた」
 ガリッサ大学襲撃事件の後、とある若者が言っていた。実行犯の遺体のなかに、昔の同級生がいたという話だ。ごくふつうの、まじめな大学生だったらしい。

 テロ対策というと、被害者の観点からばかり考えがちだ。世の中にはテロリストという乱暴で凶悪な人たちがいるから、治安当局に頑張ってもらおう、一般市民はできるだけ危ない場所を避けよう、それでもテロに遭遇してしまったらどう身を護ればいいのか、と。
 確かにこれらは大事だが、同時に、つい先日まで隣にいた人が、いつの間にかテロリストになってしまうこと、これも大きな問題だ。自分の子供が、親戚の若者が、あるいはひょっとすると自分自身が、テロリストになってしまうことがありうる。

 ケニア政府は2016年国家戦略(National Strategy to Counter Violent Extremism)を策定した。警察力、軍事力といったハードの対策にとどまらず、教育現場、コミュニティ・グループなどの協力を求めるソフト対策をとりいれている。

 ◆ ケニア人が多い

 アル・シャバーブはソマリアに拠点を置くが、メンバーは多国籍だ。欧米出身者もいるが、ケニア人も多い。2012年は構成員の10パーセント、2014年はさらに増えて実に25パーセントがケニア人であるとの推計もある。ケニア人のなかには、ISISなどアル・シャバーブ以外の組織に加わる者もいる。
 5,400万人強のケニア人口のうち、クリスチャンが最も多いが、一割強はイスラームである。後者は、伝統的に国土北部、コースト、ソマリア国境沿いに多く、ナイロビでも一定の場所に集まっている傾向がある。イスラームのなかにはテロも暴力もけっして許さないという人も多いので、イスラームとテロ組織とが直接の結びつくわけではけっしてない。しかし、イスラーム優勢の地域が、おおむねテロ対策の重点地域となってきたのは事実だ。

 ところがこの10年、もはやそのような単純なくくりばかりには頼れなくなった。たとえば脱獄した3人の経歴を見てみよう。うち2人は、それぞれクリスチャンが優勢で、かつ、農業も盛んな地域(リフトバレー州のナクル、ウェスタン州のカカメガ)出身だ。一人はジョセフという明らかにクリスチャン・ネームを持つ人だ。

 ◆ 帰還者たち

 いったんリクルートされたものの、期待どおりでないことに気づいて、命からがらテロ組織から逃れてきた人たちがいる。国立テロ対策センター(National Counter Terrorism Centre)は、さまざまな市民団体と協力して、このような人たちを保護しサポートしている。ソマリアからの帰還者は数百人、ほとんどが30代以下だという。

 彼らの証言によると、多くの場合、親戚や友達が就職への誘いをもちかけてくるのがきっかけだ。そして、手付金、前契約金、経費などと言って、ひどく高価ではないものの、十分に魅力を感じる程度のお金、あるいは、機材だからと新品のスマホなどを与えられる。ベネフィットをもらえば、それまでの交流関係やコミュニティへの興味を徐々に失い、やがて疎遠になり、相手のプログラムにはまっていく。もともとは保護者がいて学校にも行けた、きちんとした環境で育てられた若者が多い。
 脱走した3人のうちの一人は、2015年のガリッサ大学襲撃に関与していたとされ服役中だが、22歳だ。つまり、事件当時16歳だったという計算になる。その若さは痛々しいほどだ。

 ◆ ケニア人は優秀

 一般にケニア人は勤勉だ。読み書きはもちろんのこと、むずかしい理屈を理解し、道理を説けば呑み込みが早く、教育訓練にはまじめに励む。筆者がそう感じるなら、それはテロ組織から見ても同じことだ。同時に、とあるサーベイによると、多くのケニアの若者は経済的成功のためには、捕まらないかぎり、どんなことでもするという決意を持っているという。そんな危うさもある。

 モザンビークのテロ多発地域では、貧しく、かつ、少数エスニックグループの若者を特に重点的にねらい撃ちにし、生活のサポートを与えながらリクルートしていくとのことだ。コンゴ民主共和国についてのとある報告では、リクルートされたメンバーたちは、テロリストは新型コロナウィルスに感染しないと教えられているという。
 これに対しケニア人には、もっと現実的な職業的、経済的夢をみさせる。これはアジア人にも共通するだろうが、アフリカ人はもともと西欧の価値観とは別の考え方で動く素地を持っている。リクルートする側は巧みだ。それぞれの場所と状況に応じて、ターゲットとする者が何を求めているのか、何が弱みなのかをつかむのは、赤子の手をひねるほどのことだろう。

 ◆ 社会が悪いからなのか

 今回の脱走事件だが、厳重に警備された刑務所から、いかにして脱走したのだろう。とあるジャーナリストは、現場に詳しい人たちを取材した結果、誰かが見返りを受け取って脱獄させたのではないか、少なからぬ額の報奨金がつくと見越して(実際、一人につき2,000万シリング、あわせて6,000万シリングの報奨金がつけられた(1シリングはおおむね1円))、あえて逃がしたのではないかと言う。「表向きのストーリーを額面通り受け取っている人ばかりではない」とのことだ。

 脱獄した3人は、ソマリア国境に向けて、首都から東へと300キロも逃亡したが、失敗したのは飢えと渇きのためだ。とある集落で食べ物と水を乞い、村人は相手が誰だかもちろん知らず、自分たちの乏しい煮豆を分け与えた。そして地元警察に見つかった。しかし、「金ならたんまりあげる」から見逃せ、ナイロビには通報するなと交渉したという。
 安易には権威を信じず、けっして体制に自分をゆだねない。あくまでたくましい人々だ。こうして、法の正義よりお金とパワーがまかりとおる。なるほど、社会が腐敗しているから、犯罪と暴力がはびこりやすいのだと片付けたくなる。
 しかし、それだけだろうか。

 ◆ 希望があれば

 「若者たちが希望をもてない、法の支配が行き届かず、不平等で、社会の中枢に入っていきにくい、そのような特徴がテロリストを生み出す土壌になっている」(アムネスティインターナショナル(国際人権保護団体))
 「昔から不平等感があり、政府が助けてくれるわけでもないから、希望をもてない、それが暴力化につながる」(Haki Africa(ナショナル人権保護団体))
 確かにそのとおりだろう。ただしここで、筆者が最近出会った二人の若者の様子を思い出してみたい。

 とある20代の女性は、イースタン州の紅茶畑で日雇いをしている。紅茶は1キロ摘むと、10シリングで買い取ってもらえる。一日に10キロ、もし一ヶ月に20日間働けたら、2,000シリングだ。おかげで月300シリングの家賃を払うことができ、裏庭に植えたイモやトウモロコシを食べていれば、貯金もできる(法定の月額最低賃金は主要都市の一般労働者で13,573シリング、地方都市で7,241シリング(2018年)。

 ナイロビのある男子大学生は、毎週一回、200シリングで筆者の車を洗っている。バケツ二杯の水に、雑巾とブラシ、洗剤少々を使ってごしごしやっている。一ヶ月で1,000シリング、一年で12,000シリングになり、工夫して出費を抑えれば、まもなく中古だが自分専用のパソコンが買えると楽しみにしている。自動車が好きで日本で働きたいと言う。日本語を学ばないと生活しにくいことを伝えたら、驚いて目をくりくりさせていた。

 どちらも若者、いわば、テロリスト候補「適齢期」だ。ポケットのキャッシュはほとんどない。しかし、絶望してはいない。わざわざ暴力の世界に入っていくまでもないことを、積極的に意識しているわけではないだろうが、心のどこかで心得ている。確かに貧しい、だからテロリストが生み出されやすい。しかし、同時に、こうして希望のおかげで守られている人たちも確実にいる。

 ◆ 遠い国の話なのか

 日本はどうだろう。若者たちに希望はあるのだろうか、人々は孤立していないのだろうか。いますぐテロリストがリクルートされる状況にあるかどうかは別だが、社会をむしばむ危うさと、まったく無縁であると言いきれるだろうか。
 アフリカ大湖地域のテロは、「遅れて、貧しくて、腐敗した国」のいつものことだと片付けてしまいやすい。しかし、それほど遠い問題なのだろうか。

 (ナイロビ在住・元国連職員)

[参考文献]
・The East African “Security agony for Dar, Nairobi as terror suspects sneak back home”, 28 August 2021
・Beyond Lines “The Kenya National Strategy to Counter Violent Extremism Simply Put!”, 21 February 2019
・REINVENT programme “Kenya’s New Violent Extremism Hotspots An assessment of risk and vulnerability in Marsabit, the Rift Valley and Western Kenya”, June 2021
・The East African “The changing face of terrorism in East Africa, the Horn”, 19 January 2019
・Counter Extremism Project “Kenya: Extremism and Terrorism”
・FDD’s Long War Journal “ISCAP Ambushes UN Peacekeepers in the DRC, Exploits Coronavirus”, 1 July 2020
・FDD’s Long War Journal “Kenyan governor claims Shabaab controls over half of northeastern Kenya”, 16 January 2021
・Daily Nation “A farewell to arms: Over 900 Mombasa youth exit extremism”, 23 July 2021
・Daily Nation “Why more Kenyan youths are fleeing terror camps in Somalia”, 26 July 2021
・Daily Nation “Are terrorists winning by losing?”, 25 November 2021
・Reuters “Special Report: In Africa, a militant group’s growing appeal”, 20 May 2012
・Wikipedia “Terrorism in Kenya”
・The Aga Khan University “The Kenya Youth Survey Report”, 18 January 2016
・Capital FM “Terror Suspects Found Guilty of Planning Attack on Garissa University”, 19 June 2019
・公安調査庁「国際テロリズム要覧2021」
・CIA “THE WORLD FACTBOOK—Kenya”
・NCTC – National Counter Terrorism Centre – KENYA
・ジェトロ「最低賃金を2年連続で引き上げ(ケニア) | ビジネス短信 - ジェトロ」 (jetro.go.jp)2018年5月10日
・Daily Nation “Step up war on terror”, 10 December 2021

(2021.12.20)
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