【コラム】
酔生夢死

黒服からイノベーションは生まれない

岡田 充


 サクラの季節とともに日本の首都は「黒服軍団」に制圧される。就職活動が三月に解禁され、黒いリクルートスーツに身を包んだ若者が、就活のためオフィス街を埋めるのだ。こんな風景はアジアを含め世界中どこにもない。日本独特の風景と言ってよい。

 黒服という「制服」を見るたびに思うのは「横並び」の集団主義。これに「協調」と「忠誠」を加えれば、日本の組織・集団を貫く秩序が見える。「自己アピール」で、部活動でいかにグループをまとめ、いい成績を上げたかをキャッチにする彼らの姿が目に浮かぶようだ。タテ型秩序が厳格な体育会の学生が企業に重宝された理由でもあった。
 真面目で従順、自分を殺しても組織に忠誠を誓う労働力が高度成長を担い、それを終身雇用と年功序列が支えたのは確かだ。でもバブル後の「失われた20年」は、日本型経営・雇用モデルでは、イノベーションは生まれないことが分かった。
 イノベーションとは、新しいアイデアから新たな価値を創造し、社会に大きな変化をもたらすことを意味する。自分が属する組織を否定的にとらえる「相対化」の視点がないと、イノベーションは生まれない。しかし企業はそんな「厄介者」や「はぐれ者」は採用せず、従順なイエスマンを採りたがる。

 お隣の台湾で興味深い調査結果が出た。18~29歳の若者の53%が中国大陸での就職を希望しているというのだ。前年比10・5%増だという。「賃金などの待遇が台湾より高く将来性がある」のがその理由。北京や上海など中国の先進地域での賃金は上がる一方。職種によっては日本や台湾より高いサラリーの企業も出てきた。
 台湾では「産まれた時から台湾は独立国家」と考えるミレニアル世代を「天然独」と呼ぶ。彼らは、馬英九前政権の対中融和政策に反対し、民進党の政権復帰の原動力になった。民進党よりも独立傾向が強いとされるほど。習近平による共産党の独裁システムを好きなわけはない。
 「両岸関係が良くないのに大陸での就業を希望するのは、彼らがリスクを恐れていない証拠。恐れればチャンスを失うと考えている」と分析するのは、台湾政治大学の教授である。「ハイリスク・ハイリターン」の思考は、「石橋をたたいて恐る恐る渡る」日本とは対照的だ。国家意識が希薄で、海外に新天地を求め現地に定着した多くの「華僑」にも通じる意識。

 サクラが満開になると、黒服軍団は「新人研修」で組織のタテ型秩序と忠誠心を徹底して叩き込まれる。研修の後は、企業ぐるみの花見の宴。ビニールシートの上に車座になる彼ら。先輩社員が用意したコンビニのおつまみと酒を前にしてもちっとも盛り上がらない。
 日本ではあらゆる組織で、内向きの「社畜」が再生産される。その成れの果てが、「森友学園」土地取引の決裁文書を改ざんした財務省役人である。「公僕」とは名ばかり、トップを守れば自分も生き残れると勘違いした官僚は、保身を図るトップからまず切られた。

 (共同通信客員論説委員)

画像の説明
  東京都内の花見の風景。イメージ写真。

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