【コラム】海外論潮短評(124)

高齢者新(ニューオールド)時代
― 長寿の社会経済学 ―

初岡 昌一郎


 昨年夏、ロンドンの『エコノミスト』誌が「ニューオールド」というタイトルの高齢化社会にかんする特別報告(2017年7月8日付け)を掲載した。発表されて半年経過しているが、新年の話題に相応しい将来的課題を提起しているので、報告要旨を掻い摘んで紹介したい。この特別報告は編集部によって纏められたものである。報告冒頭に36人の協力者の名前を挙げられており、その中に6人の中国人および韓国人とみられる名前は含まれているが、日本人名は見当たらない。

 この報告の特徴は、過去の繁栄時代が新世代に残した〝呪い〟として、後継世代の経済的負担というマイナス面から問題視されがちな高齢者を、よりポジティブな視点でとらえようとするところにある。

◆◆ グローバルな高齢化社会 ―健康長寿は債務ではなく恩恵―

 世界的な出生率の低下と平均寿命の延長が、高齢者の社会的依存度(14歳から64歳の生産人口に対する65歳以上の高齢者比率)を、2015年の15%から今世紀末には38%に急騰させる。悲観論者によれば、これが労働力不足を招くだけではなく、経済的停滞、不動産市場の崩壊、財政の巨額赤字、技術革新の足踏みにつながる。先進国ですでに国民総生産(GDP)の16%を占めている年金と健康保険支出は、このまま推移すれば、今世紀末には25%に上がると予測される。

 以前には平均寿命の伸長が高齢化ではなく、医療と公衆衛生の向上による新生児と乳幼児の死亡率低下で説明されていた。20世紀初めから特に先進国で著しく高齢者の生存率が高まり、この傾向が今日も続いている。平均寿命の限界も上昇を続けている。1960年代以後平均寿命は8年延びたが、その理由の一端は医学の進歩にある。国連の推計によると、2010年から2050年の間に85歳人口は世界的に見て倍増し、65才以上は今日の16倍に達する。

 「シルバー時限爆弾」や「グレイ津波」についての警告がこの20年間にますます話題となり、財政破綻や福祉国家崩壊という観点から問題視されてきた。全般的な生産性向上が予測不可能なレベルで実現されない限り、定年までの労働年数と同じくらい長期間にわたり年金を支給することは経済的に持続不可能である。

 しかし、先進富裕国において、そして中長期的には開発途上国においても、健康で長寿を享受している人々は、本人はもとより社会と経済にとっても、債務ではなく恩恵であると本特別報告は考えている。長寿の配当を実現するカギは、65歳以上人口の活動的な経済参加を促すことである。その出発点となる認識は、今日の多くの高齢者は疲れ果て病気に悩まされる、動きの鈍い老人ではないことだ。今日の65歳は、同年だった祖父母たちよりもはるかに丈夫である。

 ほとんどのEU諸国において、50歳以上の平均余命が国民の平均寿命自体よりも速く伸びている。だが、ほとんどの国おいて退職年齢に変化があまりない。ビスマルクが1880年代に最初の年金制度を制定した時には、受給開始は70歳(のちに65歳に引き下げ)で、当時のプロシャの平均寿命は45歳であった。
 今日、先進富裕国では90%の人が65歳の誕生日を迎える。ほとんどの人は健康であり、これを第二の人生の出発点と考えている。

 アメリカでベビー・ブーム最高潮期に生まれた世代が2017年に60歳となった。彼らの大群が退職期に近づくにつれて、退職年齢や年金制度の微調整によってもはや対応できなくなっている。65歳以後の人生と高齢化に対して、根本的に異なるアプローチが必要とされている。

◆◆ 退職者は起業家や専門職として有望

 先進世界、特にヨーロッパにおいて、退職者問題が年金負担をめぐる世代間対立に焦点をおいて論議される傾向にある。若年者が高齢者の年金を負担しているという主張が繰り返されているが、高齢者が仕事を継続できれば、付加的な成長を生み出し、老青両世代に利益をもたらす。先進国の65歳はこの先20年を生き、そのうちの半分は健康をおおむね保持すると想定される。ドイツ、日本、スペインなどの国では、2010年から50年にかけて10年間に2年から2年半ずつ退職年限を延長すれば、人口変動の影響を相殺できるとみられている。

 第二次大戦後、退職年齢に近づいていた労働者は「経済が必要としている」として職場に残された。だが、1970年代になると失業者が増えたので、平均寿命が延びているのにもかかわらず、イギリスなどでは若者に仕事を譲るために早期退職が勧奨された。この時代にすでに少子化が始まっていたので、将来の労働力不足のリスクは潜在していた。1990年代になると、政府と使用者は年金制度維持の約束が将来守れなくなることを認識していた。他方、被雇用者総数(仕事の総量)には限界があるという見方に根拠の無いことが明らかになり、「できる限り働く」という考え方が普及している。

 ベビー・ブーム世代はエネルギッシュで、自己主張が強いことで知られている。彼らの多くは退職年限が過ぎても、生きがいと経済的必要のために働きつづけることを望んでいる。保険会社エイゴンの最近の調査によると、55歳以上の過半数がフレキシブルな退職移行を望んでいる。しかし、定年後に非常勤で勤務を継続させると回答した使用者は4分の1にすぎない。採用と雇用継続における年齢差別も深刻な問題である。望ましい対策は高齢者の経験や尊門的知識・技能を生かす労働市場の形成である。

 「ブーマー」世代は起業家を輩出している。アメリカにおける55-65歳世代は、20-34歳世代よりも起業する人が65%も多い。イギリスでは40%の新企業家は50歳以上である。さらに、70代のほぼ60%はセルフ・エンプロイメント(雇用関係のない職)で何らかの仕事をしている。世界で最も高齢化速度の速い韓国と日本において、ほとんどの大企業は60歳で労働者の雇用を終了させているが、退職後にかなり多くの人たちはビジネスを始めようとしている。現代(ヒュンダイ)などの一部大企業は高齢労働者が起業するのを援助している。若者だけが新しいことを始められる、という考え方が挑戦を受けている。

◆◆ 消費者としての高齢者 ―「シルバー視されたくない」―

 アドベンチャー・トラベルから出会い系サイトに至るまで、高齢者はますます若者と好みを共有している。長生きによって自由時間が増え、可処分キャッシュを手にした高齢者が経済にたいし〝シルバー・ドル〟チャンスを提供している。アメリカでは間もなく可処分所得の70%を50歳以上の世代が保有にすることになる。グローバルに見ても、60歳以上による家計支出財力は2010年からの10年間に倍増するとみられる。その多くがレジャーに向けられるだろう。ベビー・ブーム世代の大量退職がこの傾向を促進しており、彼らはこれまでの世代よりもはるかに豊かで健康だ。

 だが、不安の黒雲も前途に姿を現している。ほとんどの国は長期的なケア提供の公的私的資金調達に悩まされている。介護・医療のための保険制度の運用は次第に難航している。利用者はよりよい介護の提供を期待しているが、低金利が基金運用を困難にし、制度の先行きを危うくしている。特に、高齢化がアルツハイマーや認知症など人手を増やす必要のある要介護者を急増させていることが、制度破綻の引き金になりうる。多くの人はまだ認識していないが、解決のオプションがなければ、究極的には家庭介護にUターンすることになりかねない。経済・所得格差が高齢者の老後を厳しく分断することになる。

◆◆ 長寿の配当 ―高齢者の可能性を引き出す方法―

 歴史を振り返ると、人類はその子孫を残すのに必要な期間だけを生きていた。今日、先進国で生まれた子どもはその孫の子ども(曾孫)誕生まで存命と想定されている。人生が延びるのに伴い労働と余暇の機会が増加し、個人、社会、経済をより豊かにできるはずだ。人類がこの「長寿の配当」を手にすることができるかどうかは、この可能性を活用する方法次第である。

 2000年代初めに69歳になったアメリカ人男性の健康状態は、1960年代の60歳に比較できた。今日の70歳は、かつての60歳に相当する体力を持っているとみてよい。使用者、企業、金融機関が高齢者にもっと上手に対応すれば、万人にとって大きな経済的な利益をもたらす。

 1970年代に多数の女性が職場に進出したことが、「ジェンダーの配当」と高く評価されたが、「長寿の配当」もそれに比較できる。技術の力を利用しながら自立性を高めることによって、人生の最終段階を大きく改善しうる。この面でドイツが好例を提供している。例えば、自動車メーカーBMW。かつては力仕事が多く労働者は早く退職していたが、今はコンピュータ制御による自動化が進んでおり、生産ラインで働く47歳の労働者が今後20年間は残ることができる。

 もう一つの問題は、健康長寿が経済格差を反映していることである。高所得、高学歴層が「長寿の配当」を享受しているのにたいし、低学歴の貧困層は健康寿命がはるかに短い。開発途上国と先進国間に大きな格差がるだけでなく、先進国内でも貧富格差が健康長寿に大きく反映している。アメリカでは、過去20年間に学卒者と低学歴者の寿命格差が拡大している。

 OECDによると、現在25歳の高学歴者は義務教育だけのものより平均して8年長く生きるとみられている。イギリス統計局は、ロンドン郊外の富裕地区に暮らす、2012年から14年に生まれた少女は、市内の低所得地域に住む同世代の少女に比較して、3.4年間長生きするだけでなく、14.5年長く健康を維持すると予測している。

 寿命における貧富格差の原因は明白だ。喫煙、肥満、大気汚染、飲酒、ドラッグなどの程度が平均寿命に影響を及ぼしている。格差を解消してゆくためには、公衆衛生とヘルスケア、そして質的に高い教育に対するアクセスを均一化するための投資が必要だ。こうした努力が傾注されてきたスウェーデンやカナダにおける健康寿命平均化が、アメリカよりも数段進んでいることは驚くにあたらない。

 しかし、健康長寿は個人の努力にも多く依存している。スタンフォード大学の調査によると、77%の学生は100歳まで生きることを望んでいるが、それを実現するために努力しているものは42%にすぎなかった。しかし、人生が最終局面に入ると個人努力の限界を超え、公的機関と国家の出番となる。いまのところこの体制が極めて不十分で、抜本的な見直しが迫られている。

 平均寿命に対する過去数十年間の予測は常に過小評価の連続であった。一部の人口問題専門家は、今日生まれている子どもの平均寿命が100歳に達すると推定している。生命科学の諸分野にますます多くの投資がなされ、広範な研究活動が進んでいることから見て、人間の生命は今日の限界を超えるかもしれない。しかし、社会的経済的な用意なしに人類の延命のみを追求することは、個人と家族にとってだけではなく、社会的経済的にみて破滅的な結果を招来する。高齢化社会を新しい視点で捉え直すことが急務だ。

◆ コメント ◆

 長寿はこれまでお目出たいお祝い事とされてきたが、最近では長寿を「災難」とみる傾向が生まれている。高齢化社会がこのまま進行すると、高齢者の増加により社会全体の展望が暗くなることを懸念するような論調が多い。この点から、エコノミスト誌の特別報告が、ポジティブな面に光を照射しようとしているので紹介してみた。だが、これを読んで楽観的な気分になる人は少ないかもしれない。それは、現在の政治的経済的な制度・政策路線の転換・大幅修正が容易なことではないからだ。高齢者が安心して仕事を続けるためには、労働時間が大幅に短縮され、超過勤務が公的に厳しく制限された社会でなければならない。

 世界的に見て、高齢化社会を促進しているのは二つの人口要因がある。一つはここに取り上げた平均寿命が大幅に伸び続けていること、二つ目は少子化である。この二つは、いずれも絶対的な貧困と飢餓の減少、保健衛生水準の向上、教育の普及という、共通の社会的進歩のおかげである。少子化については、世界的な人権の確立と男女同権、先進国における女性の職場と社会への進出、開発途上国における初中等教育の普及と女性の識字率の飛躍的向上を、出生率低下の基本的なファクターとして国連人口計画などが認めているところである。人口の抑制は、産児制限よりも女性の地位向上と社会的進出によって達成された。

 これらは社会的進歩として評価すべきである。特に、世界的な出生率低下は、地球環境保全と人類の平和的かつ調和のとれた繁栄にとって好ましい。評者が生きてきた80年余りの間に、世界人口は3倍以上になり、このまま行けば、今世紀中頃には100億人のレベルを突破するとみられている。ドイツの文学者ギュンター・グラスがカルカッタを訪問し、その路上生活について「これは人類の過去ではなく、将来を示すもの」と警告を発している。地球が養いうる人口の限界は「150億人」という推定値も出されているが、資源、特に農業資源と水資源の限界から見て、それ以前に深刻な危機が到来するだろう。

 ただ、一部先進国、特に東アジア諸国における急速な少子化が社会・経済の持続性を既に脅かしているので、特別な憂慮と関心を呼んでいる。バランスと調和のとれた移行には、先見性のある社会経済政策が必要だ。経済的に見て、高度経済成長期は人口の急増が並行していた。半面、経済の低成長・停滞は人口増の抑制と共同歩調である。その好例は、戦国・江戸時代の日本、共産党政権崩壊による混乱期のロシア、現今の北朝鮮であろう。歴史的に見て、人口増加を伴わない経済高度成長がなかった事実からみて、出生率が大幅に低下している現在の世界において、経済高度成長時代が到来することはありえない。

 ありえない経済成長を期待して財・資源を無駄に投入し続け、年金・医療などの社会的支出の急増への対応策を先送りする政策は問題の安易な回避にすぎず、詐欺的だ。さらに悪質なのは、この成長戦略の一環として現在の日銀と政府がやろうとしてきた、インフレ誘導による財政赤字の軽減策だ。これは年金などの社会保障給付の実質減少と資産の目減りを招き、ますます多くの人を貧困に追いやり、退職後も人々が無理やり働かなければならないようにするものだ。将来の高齢化社会に対する現政権のこうした方向にたいし、本論が示唆するような対案が真剣に議論されるべき時はすで到来して久しい。格差社会を是正する政策と安心安全な将来社会の設計は切り離すことができない。

 (姫路獨協大学名誉教授・オルタ編集委員)

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