北から南から
中国・深セン便り

香港的北海道旅遊団(後編)

佐藤 美和子

¶ 香港人のツアー仲間たち

 香港人のツアー仲間たちは、発音の上手い下手や語彙力レベルはさまざまではありましたが、ほぼ全員が北京語がOKで、お陰でみんなと交流を持つことができました。かつて中国へ返還される前の香港では(1997年以前)、商店の店員はおろか、街中にいる警察官にも北京語が通じることは稀でした。それが中国が経済力をつけたこの15年で、商店やレストランで北京語が通じないことはほとんどなくなっています。それでも、中国企業や中国人観光客と関わりがなく、北京語習得の必要性がない層の香港人(つまり主婦や子供たちなど)には通じませんでした。しかしこのツアーで、高校生の孫娘と来ている高齢のおばあさん、孫娘よりずっとヘタクソで恥ずかしいんだけどと謙遜しつつも、北京語を少しだけ習いにいってみたことがあるのよ、というのに驚きました。もしかしたら、外からは見えないだけで、香港での日常生活にも北京語が必要な場面が出てきているのかも知れません。

 中には元々は中国出身だが、今は移民して香港戸籍を持っているという人や、香港人と結婚した中国女性もいて、この人たちは広東語と北京語、さらに地方出身の人は出身地の方言をも操っていました。例えば広東省東部の潮州市出身の人がいたのですが、広東語と潮州語は実は似て非なる言語なのです。しかし彼らは身内で話すときは潮州語、ガイドさんとは広東語、私たちとは北京語と、見事に使い分けていました。万年中途半端なレベルの中国語力の私など、時々日本語と中国語、二つの言語ですらごっちゃになってしまうのですが……。

 そして日本ツアーに参加しているだけあって、日本語を解する人も、若者を中心にちらほらといました。中でも日本のサブカルチャー好きが嵩じて、高校時代に日本語学習に没頭したことがあるという女子大生はなかなかハイレベルで、複雑な会話も可能でしたし、少しかじったことがあると言って、日本語の一語文や単語を数多く知っている人は他に何人もいました。

 香港人OLさんたちは、日本人の私よりもはるかに北海道の物産やスイーツに詳しく、これもびっくりでした。事前にかなり下調べをしたり、または北海道旅行をしたことのある友人から北海道土産のオススメや、必ず賞味すべきもののアドバイスを受けてきたのだそうです。自由散策時間に行きたい店の情報や、日本式温泉の利用法、浴衣の着方なども旅行前に自分で調べ、知識的な面でもしっかり準備してきている人が多かった、という印象です。この辺は、中国人ツアーとはだいぶ雰囲気が違います。

 中国でもネットを駆使する知識層や若い層だと、有効に旅行を楽しみたくて下調べする人はけっこういます。ただ、ネットでもリアルでも、他人に質問を丸投げするだけで、自分で調べるという努力をしない人が中国人には多いのです。中国の質問サイトを見ていると、これが日本のネット民だと「ggrks(ググレカス、つまり『そんな簡単な質問ならば、Googleなどの検索エンジンを使って自分で調べろ』という、少々口の悪いネット民用語)なーんて回答が帰ってくるのは確実、というほど単純な質問があまりに多いのですよ。
 そういう国民性なのか、日常でも他力本願な中国人は多いと感じます。金銭のやり取りが発生する場合は特に顕著で、こちらは旅行代金を支払っているのだから、情報は旅行社やツアーガイドがこちらに与えて当然!という感覚であり、自力で下調べをしておく必要性はあまり感じないようなのです。中国人団体ツアーで、旅行社やツアーガイドとの間で何かとトラブルが発生しがちなのは、こういう他力本願な姿勢が原因の一端だと思われます。

¶ ツアー仲間の経済事情

 前号でも書いた食事のオプションメニューですが、どうやらほとんどの人たちが何かしら注文していたようです。豪勢に全メニューを注文している人もいましたし、温泉旅館泊の日は、オプション価格で露天風呂付きの個室にアップグレードしている人たちも数組いました。温泉宿泊の3晩全てをアップグレードすれば、一室二人で約12万円もの上乗せになります。ほぼ全組が、高価な一眼レフカメラを持っていましたし、偶然かもしれませんが、参加者たちは会社経営者や大手銀行役員など、かなり羽振りの良さげな人ばかりでした。

 ある日、観光名所に到着したのにバスを降りようとしない人がいました。具合でも悪いの?大丈夫?と問いかけると、彼はなんと、ここへ来るのは6回目だと言うのです。北海道が好きで何度も旅行に来ているが、大抵のツアーにここが組み込まれているもんで、ここはもう見飽きちゃったんだ。とのことでした。北海道は初めてだけど、日本のほかの都市へは何度も行っているという家族もいましたし、自分と娘が母子二人で北海道旅行中のいま、息子一家は関西方面へ旅行中なの、という人もいました。それだけ頻繁に、海外旅行を楽しめる富裕層なのでしょう。そして香港人の日本旅行好きも、相当な模様です。リピーターが多いということは、それだけ日本を気に入ってくれているということ。日本人として、これは嬉しいですね。

 ツアーの中には、20代半ばの若夫婦とそれぞれの両親、計6人で参加している人たちがいました。もし日本人女性がこれを聞いたら、ほとんどの人が「うわぁ、お嫁さん大変そう……」と、心の中で気の毒がるであろうシチュエーションです。両親と義両親の間に挟まれるなんて、せっかくの海外旅行なのに、気疲れで楽しめませんからね。ところが香港人や中国人の目には、彼らはまるで『全家福(一家全員が揃って写った家族写真のこと。中国では幸福の代名詞のように使われる言葉)』のようで、素晴らしくめでたいことのように映ったようなのです。
 ある晩の、温泉旅館でのこと。この6人家族、かるく吹雪いているさなか、わざわざ屋外にある足湯施設に行こうとしていました。こんな凍えそうな天候なのに、どうして館内の温泉に行かないの?と尋ねると、温泉だと男女別々になってしまうから、6人が一緒に利用できる足湯に行くのだとのことでした。それってもしかして、嫁と嫁母との3人で温泉に浸かるというアウェイな状況を、お姑さんが嫌がった……と言うことなのかな?と、ちょっと邪推してしまいました。周りの中国人香港人たちは、幸せだねぇ、いいねぇと、事あるごとに声をかけては気楽に羨ましがっていましたが、当人たちにはやはり、そんないい事ばかりではないのだと思われます……。

¶ 香港人のショッピング

 このツアーでは、移動中のトイレ休憩や食事などで沢山のドライブインや、お土産屋さんに立ち寄りました。毎日5ヶ所以上は立ち寄っていたと思います。その立ち寄りポイントもガイドさんが決めているようで、ガイドさんは、どのレストランや店の人ともかなり親しそうでした。これって、やっぱりそういうことなんですかねー?

 色々と胡散臭く感じた私とは対照的に、香港人はそんなことまるでお構いなし、購買意欲はすさまじかったです。ドライブインに立ち寄るたびに、大量のお土産を買い込んでいく人。アウトレットモールでの数時間すべてをCOACHという一つのブラントショップのみに費やし、バッグや服を数十万円分も購入していた一家。日本人にとって香港は、ブランド物などが免税で安く購入できる、買い物天国のようなイメージがあります。でも実際は、日本のアウトレットや日本のネットショップの方が、香港より安い場合もたくさんあるのだそうです。彼らが言うには、日本の方が商品展開に幅があるのと、日本限定品があるという魅力から、たとえ結果的に価格に大差はなくとも、日本で買うほうがお得感があるんですって。免税のイメージが強い香港の人が、わざわざ日本でブランド品を買いたがるとは、思いもしませんでした。

 帰国日の早朝には、これまたガイドさんと相当に馴染みらしい、小さく古びた土産物店へ連れて行かれました。初日からあちこちで買い集めたお土産をそのお店に持参し、そこで多少追加の買い物さえすれば、お店の人がぜんぶまとめてダンボールにパッキングしてくれるというのです。たしかにバラバラの紙袋の状態では、機内預け入れ荷物には出来ません。箱詰めし、持ち易いよう紐をかけて貰えば、香港に着いてからも運びやすい。更に、周囲のほかの店はまだ開店していない早朝……本当に商売上手なガイドさんです(笑)。一人で3つ分ものダンボールになった女性に、うわぁすごいねぇと声をかけると、「でもこれ、9割がたが孫へのお土産なのよ。自分のものは、ちっともないの。孫が好きそうとか、喜びそうとか思うと、ついついこんなになっちゃった。甘いわよねぇ、我ながら(笑)」ですって。なんて幸せなお孫さん!

 それに引き換え私はといえば、買ったのは自由時間に一目散で書店に飛び込んで買いあさった大量の文庫本、好物のレーズンバターサンドなどの北海道スイーツ、そして友人たちへのお土産くらいです。ガイドさんの懐にはちっとも貢献せずの、さぞかし美味しくない客だったろうと思います(笑)。

 あ、でも最後に、新千歳空港で日本製電気炊飯器を買ってきましたよ! 日本の炊飯器、中国では日本旅行のお土産に大人気なのです。そういえば、私の北京留学時代の留学仲間に、秋葉原の家電店に勤めている人がいます。中国人客があまりに多いので、大型家電店ではアルバイトの中国人留学生や、中国語ができる日本人スタッフを何人も置いているのです。そのお店でも、やはり炊飯器が一番人気だそうです。

 我が家は以前、中国有名メーカーの炊飯器を使っていたのですが、これがヒドイ代物でした。わずか20分弱で炊き上がる代わりに、保温2時間を過ぎるともう3日も経ったかのように、ご飯がすっかり赤茶けてしまうのです。中国東北産ですが日本品種米を買っているのに、艶消ししたかのように光らない・粒が立たないご飯で、どう工夫しても、炊き立てであっても美味しくない……。余りにまずく炊き上がるので、その炊飯器は捨ててしまい、もう何年もお鍋を使ってガスで炊いていました。

 新千歳の免税店に行ってみると、なんとここでも店員さんは、日本語が流暢な中国人でした。とても商品に詳しい優秀な店員さんで、私には日本語で、ウチの相方には中国語で、それぞれに商品の特徴を説明してくれました。日本製ですが、虎さんマーク象さんマーク共に中国各地にカスタマーサービスセンターもあるそうで、保証書付きなので中国での使用も安心です。

 帰国後さっそく、いつものお米で炊いてみたところ、ううむ、日本の炊飯器がこれほど優秀だったとは!と瞠目するばかりでした。一時帰国中の実家で食べるご飯、いつも感動するほど美味しいのですが、いいお米を取り寄せているせいだとばかり思っていたのです。どうやら中国産のお米でも、日本の炊飯器で炊けば十分美味しくなることが分かりました。親戚中に配りたいからと、重量超過料金を払ってでも一人で何台もの炊飯器を買っていく中国人がいるという話に、心の底から頷けました(笑)。

 話はちょっと旅行記からずれてしまいますが、深セン在住の日本人家庭のうち、相当数がわざわざ香港へ日本産のお米を買出しに行っています。また、日本への出張や一時帰国するたびにお米を持ち帰ってきている人もいます。香港へ買いに行く場合、お米は重いので買い物カートやスーツケース持参で、しかも深センに戻る際にはイミグレでお米を没収されるかもという危険を冒してでも、日本米を食べ続けている人がけっこういるそうなのです。

 私はそこまでは拘りませんが、それでも深センのジャスコで一番高い、中国東北産のコシヒカリ品種米(5kgで約1800円)を買っていました。ところがある日、あまり市場には流通しておらず、お取り寄せになるという、やはり中国東北産の『ひとめぼれ』を中国人の友人に貰って食べてみたところ、うん、こっちの方が美味しい!

 そして最近、とうとう日本産のお米にまで手を出してしまいました。中国の大都市限定ですが、いつのまにか日本産の輸入米が手に入るようになっているのです。香港にある日本輸入米取り扱い店に注文すると、すぐに精米して最短翌日には宅急便で送ってくれるのですよ。価格は2kgで約2800円! お味のほうは、日本の実家で食べているお取り寄せのお米とまったく遜色ありません。元々パン党でご飯には拘りがなかったはずなのに、日本製炊飯器を導入したことで火がついてしまい、ついに日本産輸入米にまで行き着いてしまいました。お陰でエンゲル係数の跳ね上がりは恐ろしいほどなのですが、でも一度日本のお米を味わってしまったら、もう元には戻せそうにありません……。

 そうそう、イミグレで没収といえば。ツアー仲間の数人が、最終日に発泡スチロール箱を抱えていました。中身は、なんとカニです。羨ましいことに、香港の入国では、日本の生鮮食品の多くは問題なく持ち込めるのだそうです。留守家族や親類にもカニを食べさせたくて、最終日に仕入れたカニを香港に持ち帰り、お土産に配るんですって。なんとも豪勢なお土産で、羨ましい……。私だってカニなら持って帰りたかったですが、日本から香港への持ち込みに問題はなくとも、そのあとの香港から深センの段階で、確実に没収されます。そしてカニは中国税関職員の食卓へ……なんてのは嫌なので、私は指をくわえて泣く泣く諦めました(笑)。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)

※2014年1月、香港の旅行会社主催の北海道ツアーに参加した記録で先月号の続きです。