【コラム】
酔生夢死

香港デモがあぶりだしたネジレ

岡田 充


 香港島のメーンストリートを埋め尽くし、切れ目なく移動する無数の人波。大規模デモが「身体性」をもって威力を発揮した好例だと思う。デモは、香港トップの行政長官に「逃亡犯条例」の改定案を事実上撤回させ、謝罪させた。勝利したと言っていい。
 日本メディアもTVを中心に大々的に報じたが、SNSなどでの反応をみると、香港デモに対する日本人の思考の「ネジレ」があぶり出されて興味深い。デモを支持する層はざっと二種類に分かれる。

 第一は、中国を敵視する立場からのデモ支持。TVメディアのはしゃぎぶりも多分に「嫌中」ムードを反映している。どこが「ネジレ」ているのか。それは、この層は香港デモは支持しても、普天間基地の辺野古移転や「反安倍」デモには冷淡どころか、露骨に反対するところにある。

 彼らに特徴的なのは、「反中」はすなわち「親日」とみなす傾向が強い。1980年代後半の三年間、香港で生活した筆者は滞在中、日本人を蔑視する「ヤップンチャイ」(日本仔)というフレーズを何度も聞いた。香港人の多くは国共内戦や文化大革命を嫌い、香港に逃れてきた人たち。「反共産党」が多いが、決して「親日」ではない。
 日本は1941年末から香港を軍事占領し過酷な軍政を敷いて、抗日運動を弾圧した。その記憶は今の香港人にも引き継がれている。尖閣諸島(中国名 釣魚島)問題で、1970年代初めから中国の主権を主張してきたのは、香港や台湾の活動家だった。

 もう一つの層は「安保闘争」や「全共闘運動」を経験した60歳後半以上の世代の支持。香港のデモに、反権力スローガンを叫んだ自分の姿を重ねているのだろう。年配者だけではない。日本の学生団体SEALDs(シールズ)の流れをくむ若者が、香港デモの女性リーダーの一人、周庭さんの主張に共感し「連帯」を表明している。
 彼らの「ネジレ」は、「反中国」デモに「反安倍」勢力がシンクロしていることだ。30年前では考えられなかった新しい構図。中国が「弱く貧しい国」から「強い大国」へと台頭したことと無関係ではないだろう。

 この層にはもう一つ特徴がある。日本でも安保法制に反対する大規模デモが国会を包囲したが、政治はビクともしなかった。一方の香港では、大規模デモが政治を動かした。自分たちが果たせなかったことを香港デモに仮託し、まるで「代償行為」のように熱狂しているのではと思う。

 冷静に考えれば、代表制民主システムが機能不全に陥っている日本より、香港の方がよほど民主的な政治プロセスを経験しているのかもしれない。コラムニストの小田嶋隆は、デモに対する日本人の反応を次のように分析する。
 「彼らが熱い関心を寄せていたのは、当地のデモの帰趨が自分たちの主張を補強する材料として利用できるかどうかということだけだった」。

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  「百万ドルの夜景」が、百万人のデモに

 (共同通信客員論説委員)

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