【コラム】槿と桜(90)

食器あれこれ

延 恩株

 「食文化」という言葉はよく耳にしますが、「食器文化」という言い方もあって当然でしょう。でも、食べることが主になって食器は脇役と思われているのか、あまり聞かないようです。一方で食器に限定しないで、器として見た場合、さまざまな素材を用いて技術的な歴史を積み重ね、伝統性や芸術性が加わった芸術品と呼ばれるまでになっているものも多数あります。
 また日常生活だけで見ても、時代の流れの中で人びとが食器に求める利便性や目的が変化することで、時代によって食器も変化してきています。そのため、私たちが日々使っている日用品としての食器からも、その時どきの時代とその時代を取り巻く生活、文化を見ることはできそうです。

 日本では豊臣秀吉の朝鮮出兵を境に多くの陶工が日本に渡り、その技術を日本に広めることになりました。有田焼の開祖は朝鮮人陶工の李三平で、日本で初めて白磁を焼いたとしてよく知られています。また柳宗悦(やなぎ・むねよし)は朝鮮王朝時代の陶磁器、特に白磁の美しさに魅了されました。

 このような韓国ですから、伝統的に陶磁器が日常の食生活で使われてきました。でも韓国に旅行したり、韓流ドラマをテレビで見たりしてますと、金属製の食器が多く使われていて、日本のように陶器や木製の食器と大きく異なることに気がつくと思います。
 私の経験的な観測もありますが、韓国の家庭での食器は、
  陶磁器のみ→ 陶磁器と一部金属製→ 金属製と一部陶磁器
と変遷してきています。ただそれも、最近は家庭で使う食器にやや変化が起き始めているように感じますが、それについては後で少し触れます。

 食器の形は日本と大きく変わることはないのですが、汁物の容器以外はほぼ蓋付きでした。でも、最近は蓋付きはご飯茶碗だけというのが多くなっています。ただ、それもなくなって、蓋付き容器が少なくなっています。とは言っても、韓国では日本に比べて蒸し料理が日常的に多いですから、蓋付きの小さなどんぶりに蒸し上がった料理を盛るのが一般的です。蓋をすれば暖かいまま食べることができるからです。
 また、日本よりも使う機会が多いのが 뚝배기(トゥㇰペギ 土鍋)です。真夏でもグツグツに煮立てて食べる鍋物料理は珍しくありません。一人用からあり、日本での鍋料理がたいてい4、5人で一緒に食べることを想定しているのとは違いがあります。もっとも日本でも鍋焼きうどんなどには一人用の土鍋が使われますが。

 ところで、土鍋を除いたそのほかの容器の素材には、陶器、真鍮(しんちゅう)、銀、ステンレスなどが使われます。真鍮は保温性に優れていますから、寒い季節にはぴったりです。また、陶器は涼しげに見えることから暑い季節にと使い分けることもよくありました。ただ銀と真鍮は重く、管理や保管が難しく一般の家庭ではあまり使われなくなりました。でも伝統的な素材ですから、今でも高級料理店などでは使われています。
 銀と真鍮は、一般の家庭でも比較的備えられています。昔は朝鮮王族や官僚、貴族階層が食器として使っていました。現在では嫁入り道具の一つになっています。
 銀と真鍮は耐久性があり、色や匂いがつきにくいことからキムチや唐辛子、にんにくをよく使う韓国料理にはぴったりとも言えます。
 でも価格の点、軽い、扱いやすいという点では、やはりステンレス素材が優れていると言えます。それが韓国の飲食店はもちろん、一般家庭でも大きく普及した理由でしょう。

 韓国で一般家庭にまでステンレス製の食器が普及するのはそれほど古くありません。少なくとも日本が朝鮮半島を植民地化していた時代(19101~1945)は陶器が主流でした。
 大きなきっかけはその後に起きた朝鮮戦争(1950年6月25日~53年7月27日 韓国では「六・二五動乱」とも)でした。この戦争で全土が戦場となり、野山は焼かれ、物資が不足する状態が続きました。また戦火を逃れて移動も余儀なくされ、食器も持ち運びに都合がよく、軽いものとしてステンレス製の食器が使われ始めました。またそれまで使われていた銅製(真鍮)の食器は銅価格が高騰したため、製品化できなくなったことも要因としてありました。戦争は人びとの生活を脅かし、金銭的にも切り詰めて暮らすしかなくなりますから、日用雑貨は安く、長持ちする物が使われていったのは当然だったのです。

 そして、朴正煕(パㇰ・チョンヒ)が大統領だった1963年から1979年までの間に進められた高度成長政策は、その後「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれ、韓国を世界最貧国から脱出させたと言われるようになりました。
 こうして人びとの賃金水準が上がり、生活にもゆとりが出てくるようになると、外食する人も増えてきました。飲食店ではお客を呼び込むためにご飯を増量するようになり、ご飯の消費量が急激に増えていってしまいました。

 米消費量の増大を防ぐために朴正煕大統領は飲食店で出せるご飯の量を一定量に抑える政策を打ち出し、1974年に飲食店ではステンレスの茶碗にご飯を入れてお客に提供しなければならないという行政命令を出しました。しかし、それでもステンレスの茶碗にご飯を山盛りにして提供する飲食店が減りませんでした。そのため1976年には、飲食店で提供するステンレスの茶碗の規格を定めて(直径10.5cm、高さ6cm)、しかもこの茶碗の5分の4ほどのご飯の分量にしなければならないと決められました。さらに1981年からはこの制度が全国的に義務化され、飲食店では必ずステンレスの茶碗にご飯というスタイルが定着しました。
 こうして食器のステレンス化は人びとの生活の中に定着していったと言えるでしょう。

 日本的に考えますと、熱いものはステンレス製では持てないと思ってしまいます。ですから日本では熱い料理には陶器や木製の食器を使い、手で持っても熱くならないようにしています。ここには両国の食事での習慣の違いがあって、韓国では食器を持って食べるのは行儀が悪いと考えられていて、食器はテーブルに置いたまま食べますから、熱くても問題ないのです。

 私が小学生時代、我が家の食器半分がステンレス製でした。この時代はおそらく韓国の一般的な家庭ではステンレス製の食器が主流だったと思います。ところが最近、我が家では陶器製の食器の割合が増えてきています。理由は陶器製の方がさまざまな形と色合いのものが多く、無味乾燥なステンレス製より料理が美味しそうに感じられたり、目で器を楽しむといった、ちょっと贅沢な感覚を求め始めてきているからではないかと思っています。そして何よりも母がそれを強く望んでいることが大きいと思います。

 また、私の兄は、私が帰国した時に日本の箸をお土産に持っていったことが何度かあるのですが、彼は韓国の金属製の箸を使わずに日本製の木製の箸をずっと使い続けています。ステンレスの箸より指にぴったりして、掴みやすいのだそうです。その点は私も同感で、帰国するたびに使わなければないステンレスの箸は苦手になっています。

 このように我が家の食器使用の移り変わりを見ていますと、韓国の食器も金属製主流からかつての陶器製主流に変化していく可能性は否定できないでしょう。
 一方で、最近は銀・銅製の食器がまた使われ始めてきています。
 その理由は、健康志向が強まってきていて、口にする食べ物に添加物が多く含まれている場合が多くなってきているからです。もちろん、それらが人体に悪影響を及ぼす可能性があり、食物に含まれているかもしれない毒性の反応を見ることができるからというのです。
 かつては毒殺を恐れて色の変化から毒性を判断したと言われていますが、今また食物の毒性発見として銀・銅製食器が使われ始めているとしたら、これからは可能な限り手作り料理を心掛けなければならないと思い始めています。

 (大妻女子大学准教授)

(2022.3.20)
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