【コラム】
槿と桜(67)
韓本語って何?
「韓本語」という名詞そのものや、どのような言葉を指すのかを知っている人は、次のような条件を備えていると思われます。
・韓国人で日本語を、日本人で韓国語を多少とも知っている。
・ユーチューブをよく見ている。
・ネット情報をつかんでいる。
・若者層
このような韓国人であれば、「혼또니 배고파」(ホントニ ペゴパ)という韓国語を理解できると思いますが、そうでなければ「ホントニ」はわからないでしょう。なぜなら「ホントニ」は「本当に」という日本語だからです。「ペゴパ」は韓国語で「お腹がすいた」という意味ですから、韓国語と日本語が混ざり合った表現なのです。
でもこうした二つの異なる言語が混ざり合って、母語にはない表現を使い始め、互いに意志を疎通させるという現象は決して珍しいことではありません。
遊び心で使い始め、それがネット情報として広まり、若者中心とはいえ彼らに受け入れられ、意識的に使われ始め、「韓本語」とか「韓日混合語」と呼ばれるようになっても不思議ではありません。
こうした事例では、まったく無意識に使われ始めることもあります。その良い例が小さな子どもたちが母語とは異なる言語環境で生活を始めると、母語とは異なる言語表現を混じえて話し始めます。
私のことで言えば、日本に住む韓国人と韓国語で話しているとき、ふと「あれっ、今のは日本語!」と気がつきながら、相手にも通じているということが起きます。
また異なる言語環境で生活を始めた一つの家族がその家庭内で母語とは異なる言語表現を混ぜて使い始め、その家族のなかでしか通じないけれども、共通の言語空間が生まれることもあります。
このようにお互いに通じない異なる二つの言語を持つ者同士がなんとか理解し合おうとして、言語が接触し、混ざり合って、その言語環境の部外者からは奇妙で、理解不能な言葉が生まれてくる場合があります。こうした言語現象が「ピジン」とか「ピジン語」と呼ばれる混合言語の誕生となるわけです。
こうした現象は異なる言語を持つ複数の民族が接触し、交流する時に生じるのですが、その言葉が閉じられた空間、限られた期間で終了せずに、世代を超え、空間を広げて使われ続けていく場合もありえます。つまりピジンを母語とする世代が出現してくることになります。母語ですから、公用語や共通語として使用され、文法、発音、語彙の統一が図られるようになり、「ピジン」とは区別して「クレオール」と呼ばれ、完成された言語とみなされることになります。
このような言語上の発展段階で見れば、今回取り上げている「韓本語」は、まだ遊びの段階にとどまっていると思います。しかし、言葉は生きています。それを証明することになりますが、朝鮮半島が1948年に分断されて以降、韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)の朝鮮語の発音・語彙に違いが生じ、時には理解できない言葉も出てきてしまっています。
一方、日本語との関係で言えば、1910年から1945年までの35年間、朝鮮半島は日本の植民地となった歴史を背負っています。当然、言葉も支配され、現在の韓国語にも日本語がかなり多く入っています。特に若い韓国人の中にはそれが日本語だということを知らない人もいます。たとえば、以下のような言葉です。
①우동 ②오뎅 ③다라이 ④다마네기 ⑤가방
あえてカタカナ表記にしてみます。実際の発音は多少違うと思いますが、
①ウドン ②オデン ③タライ ④タマネギ ⑤カバン
これらの言葉はいわば強制され、いつしか日常言語として定着していったものです。しかし、韓本語は誰からも強制されたわけではなく、遊び心から生まれた韓国語と日本語の合成語です。ですから現時点では正式な言葉や文としては認知されていません。しかし、小説などにもときどき出てくるようになっていますから、日常生活の中で使われ始めてきているのだと思います。私自身「~데스까?」(~デスカ?)、「데스네」(~デスネ)といった軽い疑問や確認の時に使う日本語が使われているのを何度か耳にしたことがあります。
遊び心から始まった韓本語ですが、使いやすい、わかりやすい、細かいニュアンスが表現できる、言語構造が似ているといった理由も加わることで、一部は韓国語のなかに定着していく可能性も否定できません。
以下は韓本語がまだ遊び段階であることを教えてくれるものですが、漫画の吹き出しのようにして、その言葉の使い方を示しているものを韓国のネット上で見つけましたので、そのほんの一部を紹介してみます。なお、カタカナで表記した部分が日本語そのものです。
これらのほかに韓本語としてよく使われる日本語の例としては、
・良い(이이→イイ)
・美味しい(오이시이)
・可愛い(카와이이)
・面白い(오모시로이)
・気持ち(기모찌)
・幸せ(시아와세)
・全然(젠젠)…ダメ(다메)
・ちょっと(좃또)
・はい(하잇)
・~しました(시마시따)
・~から(까라)
・~まで(마데)
・~さん(상)、~ちゃん(짱、쨩)
・~は(와)
などがあります。まだほかにもあるのですが、これらのうちどれが定着していくのか、あるいはすべて消えてしまうのかわかりません。
しかし、1960年代からの「日帝残滓の清算運動」との関連から、日本統治時代(1910年~1945年)に使われていた日本語を排除しようとする「国語純化運動」が韓国では今も続けられています。その一方で、今回取り上げた韓本語のように、まったく異なる歴史的、文化的背景を土壌とする韓国語と日本語の混合語が若者を中心に生み出され、使われてきています。
こうした現状を文在寅大統領がどう見ているのかわかりません。でも文政権が進める「日帝残滓清算運動」とは関係ないと言わんばかりの韓本語の出現は、両国の文化的交流のゆくえが文在寅大統領が望むのとは異なる方向に動き始めていることを教えているのかもしれません。
(大妻女子大学准教授)
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