【コラム】槿と桜(103)
韓日首脳会談その後、そして尹錫悦大統領
2023年3月16日に来日した尹錫悦(윤석열 ユン・ソンニョル)大統領は当日午後4時過ぎ、岸田文雄首相との首脳会談を行いました。韓国大統領が国際会議への出席のためではなく、純粋に首脳会談を目的に来日するのは2011年12月の李明博(이명박 イ・ミョンバク)元大統領以来でした。
文在寅(문재인 ムン・ジェイン)前大統領時代に韓日の関係は政治的にも経済的にも非常に悪化していましたが、両国の関係改善を選挙公約にしていた尹錫悦大統領の積極的な日本との対話姿勢はこれまでの両国の関係を大きく改善させていくことが期待されています。
ところで、この両国首脳の会談直後、朝日新聞社がおこなった世論調査(3月18、19両日、電話)では、両国首脳の会談について「評価する」が63%で、「評価しない」は21%、また徴用工問題(1945年以前、日本が朝鮮半島を侵略、支配していた時期に日本企業から強制連行され、労働に従事させられたとして「元徴用工」だった人びとが日本企業に損害賠償の支払いを求めて韓国の裁判所に提訴し、2018年10月30日に大法院(韓国の最高裁判所)が原告勝訴の判決を出して以降、同様の判決が相次いでいた)では、韓国の財団が被告の日本企業の賠償金相当額を支払うとする韓国政府の解決策を「評価する」が55%、「評価しない」が28%でした。
さらに読売新聞社も全国世論調査を実施(17~19日)し、両国の首脳会談を「評価する」が65%、「評価しない」が24%でした。また徴用工問題でも韓国政府の解決策を「評価する」58%、「評価しない」31%でした。
この大手新聞2社のアンケートでの調査対象数はそれほど多くなかったようですが、結果はほぼ同じような回答でした。日本では両国首脳会談を6割以上の人が評価し、徴用工問題での韓国政府の解決策を6割近くの人が評価していたことがわかります。
ところが韓国では日本での反応と比べるとかなり様子が違っていました。
保守系の『朝鮮日報』や『中央日報』は、文在寅前大統領の対日政策によって極度に悪化していた韓日関係が両国首脳の会談によって「回復する基盤がつくられ、歓迎すべきこと」「韓日関係正常化のスタートとなった」と会談そのものについては評価していました。しかし、日本側(岸田首相)が、元徴用工問題で謝罪など「より前向きな立場を示さなかった」と批判的で、徴用工問題で尹大統領が解決策を提示した決断に岸田首相が今後どのように応じるかによるとして、今回の両国首脳会談の成否については、結論を先延ばしにしていました。
政権寄りの新聞でさえも日本が朝鮮半島を支配した1910年~1945年間の歴史認識への反省と謝罪(それには今回の徴用工問題も含まれています)が「必須条件」とし、それが岸田首相からはなかったとして失望を鮮明にしていました。
ましてや反政府系の新聞の一つ、『ハンギョレ新聞』は両国首脳会談での尹大統領と岸田首相の姿勢を主に取り上げ、特に尹大統領が徴用工問題で今後、賠償金の返済を日本企業に請求しないと表明したことから「日本が外交的に圧勝した」と激しく尹大統領を批判していました。また野党の「共に民主党」からは「屈辱外交」などと激しい批判を浴びていました。
このように約12年ぶりに開かれた両国首脳会談に対する韓国と日本の新聞の論調では、日本はおおむね肯定的で好感を持って受け止め、韓国では不満、失望、批判といった感情が交錯する受け止め方が主流でした。
でも、これが経済界となりますと、この首脳会談を高く評価し、今後の経済交流の活発化を望む意見が主流で、この点では日本でも同様です。
一方で、2023年2月18日に日本の公益財団法人「新聞通信調査会」が公表した韓国人の日本への好感度では、日本に対し「好感が持てる」と答えた人が前回調査(2021年11~12月)比8.7ポイント増の39.9%で2015年の調査開始以降で最高だったそうです。この調査は2022年11~12月に調査されていますから、まだ両国首脳会談がおこなわれる以前の数字です。でもこの数字を裏付けるかのように、文化面では現在、ちょっとした日本ブームが起きていて、2023年1月に公開された日本のアニメ映画の観客動員数がこれまでの最高を記録するなどしています(「オルタ広場」前号拙稿参照)。それに続く『すずめの戸締り』も好調に観客動員数を伸ばしています。
しかし、こうした調査では調査方法の違いなどで、大きく数字を異にする場合もあれば、ちょっとした条件や他の要因が加わったり、質問の仕方が違ったりなどすると数字が異なってきます。
それを証明するようですが、「ソウル共同」4月1日付の配信によりますと、韓国の『東亜日報』が3月31日に約1000人を対象とした世論調査では、70%が日本に好感を持っていないと回答したということです。日本の歴史認識への不信感が大きく、岸田文雄首相が元徴用工訴訟問題で直接謝罪しなかったことへの批判があったというものです。
韓国人が常に日本に歴史認識への反省と謝罪を求めるのは、日本の35年間の植民地支配は不法だったという認識があるからです。「植民地支配は不法だった」という認識は私にもあります。足を踏まれた者はいつまでもその踏まれた痛みを忘れません。一方、足を踏んだ者は痛みがないのですからすぐさま忘れてしまいがちです。
ところで、尹大統領は日本から帰国した4日後、「現在の韓国政府は正しい方向に進んでいる」と確信していると3月21日の閣議冒頭で語っていました。この談話にはテレビカメラも入れていましたから、国民へ訴えるという目的もあったはずです。20数分間に及ぶ談話の大部分が今後の対日関係のあり方や政策に費やされ、「日本はすでに、数十回にわたって私たちに歴史問題での反省と謝罪を表明している」という発言もありました。これまでこのような発言をした大統領はいませんでしたから、日本では大きく取り上げられていました。
尹大統領は過去を直視し、忘れてはならないとしながら、過去に足を引っ張られてはならず、被害者と加害者の関係を乗り越え、不信の連鎖を断ち切り、新たな両国の関係を築く必要があると訴えていました。尹大統領が最も韓国民に伝えたかったのは、過去を乗り越えて、意見の相違が生じても、両国は頻繁に会って意思疎通を図り、問題を解決し、協力する道を探っていく。歴史的にも、文化的にも、最も親しく交流してきた両国は共に努力して双方がより多くの良い結果が得られる関係にならなければならないというものでした。
この尹大統領の談話の中で、私がいちばん印象に残ったのは、1965年に朴正煕(박정희 パク・チョンヒ)元大統領が日本との国交正常化を推進するや屈辱的、売国的外交と激しい批判にさらされましたが、朴元大統領は「被害意識と劣等感に囚われ、日本に対して無条件に恐怖心を抱くことこそ、屈辱的な姿勢」と逆に批判したという箇所でした。
尹大統領はみずからを朴元大統領に重ね、岸田首相との首脳会談後の韓国内の不満、失望、批判の声に朴元大統領の言葉で応えたのでしょう。
尹錫悦大統領の積極的な日本との対話姿勢によって、今後の両国の交流と協力の推進に大きな足掛かりが作られたと言えます。これを好機として岸田首相も相互互恵の関係を築くために韓国との対話を深め、政府間の往来をもっと盛んにして、安定した両国関係となるようにしていって欲しいと願っています。
大妻女子大学教授
(2023.4.20)
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