【コラム】
槿と桜(60)

韓日で誤解を生みやすい言葉あれこれ

延 恩株


 前回、安倍政権が輸出管理上の優遇対象国から韓国を除外する閣議決定すると、韓国の文在寅大統領が「盗人(ぬすっと)猛々(たけだけ)しい」と強い調子で批判したことを取り上げました。メディアを通して日本語でこのように訳された表現、韓国語では「적반하장 賊反荷杖 チョㇰパンハジャン」という四字成語で、「盗人猛々しい」とするより「居直る」「道理に合わない」といった意味の方がニュアンス的に近いように思うとも書きました。
 両国が友好的な関係であれば、一つ一つの言葉の使い方にそれほどひっかからないのでしょうが、現在のようなぎすぎすとして不信感が渦巻いているときにはお互い非常に慎重な言葉遣いが求められるようです。相手国が用いた言葉は、感情的にならず冷静に正確に翻訳しなければならない、と教えられた一例でした。

 これに関連しますが、韓国で使われている言葉は、その70%ほどが漢字語(中国、日本からの借用と韓国独自のもの)です。つまり現在、韓国では漢字は使わず、ほとんどがハングルで表記されていますが、実は日本の方にも馴染みのある漢字がハングルの向こう側で息づいているのです。ですから発音してみたら日本語と同じ、意味も同じという言葉もあるわけです。この点についてはすでにこの欄で触れたことがあります。

 ところが漢字表記は同じなのに意味が異なる言葉も当然出てきます。
 よく例示されるのが「八方美人」です。
 韓国語では(パルバンミイン 팔방미인)と発音されますが、日本語での「八方美人」はその人の性格や特徴を表す言葉で、一般的には「誰にでもその人に嫌われないような言い方をしたり、態度を見せたりする人」のことを言います。ですから日本では褒め言葉ではありませんし、「美人」が入っていますが男性にも使います。要するに〝信用できない人〟という意味ですから否定的な表現です。
 ところが韓国ではあらゆる面から見て優れた能力を持っている人を言います。その人の性格より能力を指すことが多く、大変なほめ言葉です。もちろん男性にも使います。

 現在の韓日関係で考えますと、この「八方美人」のようにそれぞれ自国の意味で捉え、メディアに繰り返し流し、お互いに誤解の連鎖を生じさせてきているような面があることを否定できないようです。

 たとえば韓日関係のぎくしゃくした関係に拍車をかけた観があります、韓国の文喜相(ムンヒサン 문희상)国会議長が天皇への謝罪要求発言をした際に、河野太郎外務大臣が「韓日議員連盟の会長まで務めた人間がこのようなことを言うのは(後略)」と国会で発言したことがありました。
 このとき韓国外交省が大変激しい抗議をしました。安倍政権内部では韓国外交省がなぜそれほど激しい抗議をしたのかわからなかったそうです。
 実は韓国は河野太郎外務大臣の発言にあった「人間」という言葉に強い反発心を起こしたのでした。韓国語の「人間」には、「人」という意味のほかに「輩(やから)」といった侮辱や卑下が込められた意味もあったからです。

 河野氏はもちろん「人」という意味で使い、侮辱や卑下を込めていたわけではないでしょう(河野氏が韓国語の「人間」の意味を知っていたとは思えませんので)。ここには韓国側の河野氏の発言を韓国語に翻訳したメディア側(あるいはそこに所属する個人)の責任があると思います。そして、その訳語を疑いもなく信じ、冷静さを欠いてしまった文政権内部にも責任があります。実際、河野外務大臣の「人間」を「輩」ではなく、日本語の意味と同じ「人」と訳している大手の新聞もあったのですから。ここには不信感の連鎖が生み出した不幸な〝誤解〟があったように思います。

 この「人間」と同じように誤解が生じやすい言葉をいくつか挙げてみましょう。
 たとえば、「用心」(ヨンシム 용심)などは、どのような文脈で使われているのか、慎重に取り扱わないといけない言葉です。
 日本語では、一般的に「気をくばる、気をつける」「何か起きないように注意する」といった意味です。
 韓国語でも「気をくばる、気をつける」という意味で使います。ただし「人に嫉妬して、危害を加えようとする気持ち」という、まったく異なる意味としても使われる場合があるのです。
 日本語と同じ意味もある一方で、日本語ではあり得ない、悪い意味でも使われるだけに、現在の両国の関係からは意味が意味だけに、また外交上、大きな誤解による関係悪化を招きかねない危険な言葉だと最近は特に思うようになりました。

 同じように自国語として使う時と、翻訳語として使う場合でかなり神経を使わないといけない言葉に「多情」(タジョン 다정)も入ると思います。
 韓国語では、「情」が「多い」ということから、深い思いやりがあることを意味します。大変良い意味で使われて悪い意味はまったくありません。ところが日本語でこの言葉を使いますと、情が深くて感じやすいという意味もありますが、「多情な青年期」などと使うように、「気分、感情」が「多い」という意味が強く、韓国のように「情(なさけ)」に重きが置かれてはいないようです。異性に対して心が移り気であるときにも使い、こちらは完全に良い意味としては使われません。
 両国とも「多情」は他の言葉に置き換えて翻訳しないといけない、使う場合には慎重な姿勢が求められます。

 では次の言葉はどうでしょうか。
 日本語で「親分」と言ったら、やくざの仲間うちでいちばん上の人を指します。やくざに関係なくてもグループの上に立つ人を「親分」などと言う場合もないわけではありません。あるいは「親の代わりなる人」の意味で使う時もあります。いずれにしても人間の繋がり関係を指します。
 でも韓国語での「親分」(チンブン 친분)は「親しいつき合い」という意味です。「親」は〝親密〟という意味で使われていて、人間関係の濃密度を表わしています。

 これに関連して日本語に「親日」という言い方があります。この言葉では「親」は〝親密〟という意味で使っています。したがって「親日家」などと言えば、〝日本に親しみを感じている人〟という意味になります。
 ところが、韓国の文在寅大統領はみずからの政治方針の一つとして「親日清算」とよく言います。ここでの「親日」は〝日本に親しみを持つ〟という意味ではありません。文在寅大統領が言う意味は、日本の植民地として統治されていた時代に日本の統治政策に協力した韓国に現在住んでいる同胞のことを指しています。つまり彼が使う「親日」は〝裏切り者、売国奴〟のことで、まったく異なる意味で使っているのです。ですから「親日清算」とは〝植民地時代の日本協力者を摘発、排除する〟ということになります。

 このようにわずか数語の例示ですが、現在の韓日両国の険悪な関係を作り出すのに一役買ってしまったかもしれない(あるいはその可能性がある)「同漢字・異義語」があって、翻訳の難しさを実感させられました。また韓国の文化や歴史を日本の方に紹介する立場にある者として、日本の文化や歴史も深く理解しなければ、誤った理解に誘導してしまう危険性があることも思い知らされました。

 私たちの日常生活でも相手に自分の考えていることをきちんと知ってもらうためにそれなりに説明の仕方に気を使うことはそう珍しくありません。同じ内容でも言い方一つで、相手にすんなり受け入れてもらうこともあれば、逆に反発を買ってしまうということもありえます。
 その意味では、韓国の文在寅大統領にも、日本の安倍晋首相にも言いたいのですが、相手への反論には「売り言葉に買い言葉」方式ではなく、相手の心を少しでも和らげるような伝え方の工夫をしてみてはいかがでしょうか。それでなくても、今回取り上げましたように、「同漢字・異義語」による誤解が生まれる危険性が大いにあるのですから。

 (大妻女子大学准教授)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧