【コラム】槿と桜(88)

韓国人とお酒

延 恩株

 日本では「酒は百薬の長」などと言われているようです。ただし、この言葉には続きがあって「されど万病の元」となるのですが、なぜか前半だけがよく言われるフレーズです。この言葉、前半は中国の後漢の歴史書『漢書』の「食貨志第四下」にある「六管」について触れた箇所に出てくる言葉です。「六菅」とは酒、塩、鉄、貨幣の鋳造、名山(めいざん)、大沢(だいたく)を国家が管理するというもので、前漢と後漢の間に建国された「新」(BC8年~AD23年)を率いた王莽(おうもう)が出した政策の一つでした。

  塩は食物にとっていちばん大切
  酒は百薬の長(酒は百薬の中で最も優れ、祝いの席に欠かせない)
  鉄は農耕の基本
  有名な山や大きな湖や沼は、豊かな蔵

 というものです。一方、「されど万病の元」は吉田兼好の『徒然草』に見える一節で、確かに第175段に「百薬の長とはいへど、万の病は酒よりこそ起れ」とあります。
 この175段は飲酒の良い点も多少は述べられていますが、それ以上に飲酒が身体的に、精神的に、さらに社会的にも害を及ぼすという趣旨で記されています。病気の多くは酒が原因だとも言っています。

 酒を飲み過ぎてはいけない、適量ならば害にはならないという意味で「酒は百薬の長」と日本では言われているのでしょう。日本ではこの言葉、飲酒する人なら知らない人はいないだろうと思います。少し意地悪な見方をすれば、適量で飲酒をやめる人が少ないということにもなる警鐘の言葉とも言えるのでしょう。

 一方、韓国ではお酒が飲めないと社会で成功しないとまで言われているほどで、人との交際では日本以上にお酒は切り離せません。
 それを証明するかもしれませんが、OECDが2021年7月に公表した世界のアルコール消費量の国別ランキング(年間アルコール消費量を15歳以上の人口で割った数値)では韓国が24位、日本は31位でした。なんでもアジア地域では韓国が第1位だそうです。

 とはいえ、韓国にも「一不三少五宜七過」という言い方があって「一杯ではダメ、三杯では足りない、五杯がちょうど良い、七杯は飲み過ぎ」という警鐘の言葉があります。ここで言う「一杯」の分量がどの程度なのかわかりませんが、日本の「酒は百薬の長、されど万病の元」より具体的です。でも、お酒には醸造酒と蒸留酒があり、一般的には蒸留酒の方が醸造酒より酒精分が高く、酔う程度も大きく、韓国人が飲む酒は蒸留酒の方が多いですから、日本の方よりお酒に強い人が多いのかもしれません。もっとも、最近は蒸留酒でも酒精分を低く抑える焼酎(酒精分15%~20%)が主流となってきていますが。

 韓国では古くは「お客さんに十分に食べてもらって、帰宅させる家は栄える」と言われていました。今でも韓国人は人を家に招くことをむしろ好んでしますし、食事でもてなすことはよく行われています。約束なしに来訪した人や来訪時間に関係なく訪れた人、特に男性客には「酒案床」(주안상 ジュアンサン)という「酒肴の膳」を出し、お酒とお酒のつまみになるような食べ物を出します。
 それではどのようなお酒が客人に出されるのか、それぞれの家庭で異なりますし、客人の好みもあるだろうと思います。以下は韓国人の生活に馴染んでいると思われるお酒の種類をおおまかに挙げてみます。

●「マッコリ」(막걸리)
 現在では日本のスーパーマーケットでも売られていますから、日本の方もご存じでしょう。濁っていて歴史が古いお酒の一つです。米や小麦に麹と水を混ぜて発酵させます。白濁していて乳酸菌が豊富に含まれているため、少しの酸味と炭酸性があります。酒精分は多くは10%以下のものが主流で、他のお酒に比べて健康的(?)です。
 京畿道(경기도 キョンギド)の抱川市(포천시)の「二東(이동)マッコリ」が有名ですが、最近は柚子や高麗人参その他を加えたマッコリも販売されています。

●「清酒」(청주 チョンジュ)
 うるち米やもち米と水を原料に、麹(こうじ)を醸して作られ、上澄みだけを取り出したのが清酒です。醸造酒の清酒は色が透明に近く、味がまろやかで古くから祭祀や儀礼に使われてきました。
 ちなみに日本で「薬酒」と言えば、薬草が入った薬としての役目を果たすお酒を意味しますが、韓国では上等な酒という意味になり、この清酒を指します。上澄み部分が「薬酒」(약주 ヤクチュ)あるいは「正宗」(정종 チョンジョン)と呼ばれます。そして、上澄みを取り出してない酒は「濁酒」(탁주 タクチュ)といい、これも韓国固有酒の一つです。

 韓国の代表的な清酒は、慶州の法酒(법주 ポプチュ)が有名です。決められた規則通りに作る酒の意味で、仏教が盛んだった高麗(고려 コリョ)時代の10~14世紀頃は宗廟祭祀(そうびょうさいし)での官用酒でした。そのほかに忠清南道(충청남도 チュンチョンナㇺド)舒川(서천)の伝統酒である韓山素麯酒(한산소곡주 ハンサンソゴクチュ)も有名です。高麗時代以前の百済(백제 ペクヂェ)時代から伝わっている伝統酒です。もち米と麹が主原料で、そこに野菊、白豆、ショウガ、赤唐辛子を入れて百日間熟成させた酒です。とろけるような甘い香りと特有の味わいから飲むのを止められなくなることで「座り酒」(앉은뱅이 술 アンズンベンイ スル)とも呼ばれています。
 高級なお酒だけに、マッコリ、焼酎、ビールほどには日常的にたしなむ人はそう多くはありません。

●「焼酎」(소주 ソジュ)
 焼酎は手ごろな価格のお酒と見られがちで、現在、韓国人が一般的に飲んでいる焼酎は大量生産したそうした焼酎です。ただし、伝統的な製造工程を守った蒸留式の焼酎もあり、慶尚北道安東(경상북도 안동 キョンサンブㇰド アンドン)地域の特産品の「安東焼酎」(안동소주 アンドンソジュ)や全羅北道全州(전라북도 전주 ヂㇽラブㇰド ヂョンジュ)の「梨姜酒」(이강주 イガンジュ)は梨と生姜を混ぜ合わせて作った高級焼酎などもあります。
 韓国では一九八〇年代に焼酎がマッコリを抜いて国内消費量一位になり、現在はビールに抜かれましたが、それでも大変、親しまれているお酒であることに変わりありません。日本でも居酒屋などでソーダ類やお茶、お湯などで割って飲む焼酎類は人気があります。

 ただ韓国の焼酎と日本の焼酎では違いがあります。日本の焼酎は麦、蕎麦、米、さつまいも、サトウキビといったように1種類の穀類やいも類を主原料にして製造しますが、韓国の焼酎は米、麦、サツマイモ、トウモロコシなど何種類もの原料を混ぜて製造しています。一九四〇年代までは穀類を主原料に製造していましたが、戦争によって米をはじめとする穀物が不足して、伝統的な焼酎の製造が禁止されてしまいました。その結果、さまざまな原料を使うようになり、製造方法にも工夫が加えられ、現在の韓国独特の焼酎となりました。

 日本でも焼酎には甲類と乙類がありますが、韓国にも希釈式焼酎と蒸留式焼酎があり、韓国で多くの人が飲んでいるのは「希釈式焼酎」(日本の甲類)で、酒精分は15~20%程度ですから、日本の焼酎より酒精分が弱いと言えます。
 韓国でも以前は酒精分が20度以上の焼酎がほとんどでしたが、15年ほど前から焼酎の酒精分を下げて、マイルド焼酎が売り出されるようになりました。国民健康増進法が制定され、テレビ広告として酒精分が17度以上のお酒は宣伝できなくなったからだとも言われています。
 こうした傾向からかもしれませんが、韓国の若い世代にはフルーツ焼酎(과일 クァイルソジュ)に人気があるようです。オレンジ、イチゴ、桃、ゆず、グレープフルーツ、ブルーベリー、ざくろといったエキスを加えた焼酎です。

 そのほかビールは現在、韓国で消費量第1位ですが、日本のビールと味などは異なりますが製造方法などに違いがありませんので、ここでは触れないことにします。またワインやウイスキーなども比較的身近なお酒として飲まれています。

 ところで、韓国ではテレビコマーシャルで酒精分が17度以上のお酒は宣伝できないという法律が制定されていることで、私としては少々心配になります。
 確かに韓国人の生活には日本以上にお酒がよく結びついているように感じます。人とわいわい集まり、飲食するのを好む韓国人ですから大勢が集まるちょっとした会になれば、必ずと言っていいほどお酒が欠かせません。それでなくても日常の生活の中でも喜ばしいこと、嬉しいこと、悲しいことなど様々な事柄に合わせてお酒が出てきます。

 このような民族性からなのでしょう、2018年に世界保健機構(WHO)が公表した「酒と健康についての国際現況報告書」によりますと、韓国人1人当たりの年間アルコール消費量は10.2リットルでアメリカ、日本、中国よりも多くなっています。
 韓国の成人男子1人当たりの年間アルコール消費量もそうですが、韓国女性も男性の四分の一と少ないとはいえ、日本や中国よりも多く飲んでいます。

 韓国での飲酒可能年齢は満19歳からですが、飲酒の機会が多い社会生活を幼い頃から見慣れている若者が、実際にお酒を飲み始めるのは法で定められた年齢より下回っているのが実情です。私自身の体験ですが、小学校6年生のころ、家で祖母の還暦の祝いを3日間にわたって行いました。遠くからの親類が祝いに来られるようにと3日にしたわけです。そのとき私も何か手伝いをしていて、無性にのどが渇き、いくら水を飲んでも渇きが止まらなかったのでした。そのとき祖母が祝いの席にあったマッコリに砂糖を入れて数口ほど飲むと渇きが止むはずだと少し飲ませてくれました。ところが、砂糖入りマッコリがあまりにも美味しくて祖母が席を離れた後にガブガブ飲んでしまい、すっかり酔ってしまった私が目を覚ましたのは翌朝のことでした。

 韓国では一般的にお酒の飲みっぷりを褒めるような雰囲気があり、ついついおだてに乗って飲んでしまいがちになります。私もそうだったのかもしれません。大人になってからはあまりお酒を飲まなくなった私から見て、こうしたお酒の飲ませ方は健康には良くないと思っています。
 さらに心配なのは年間で1か月に1回以上、飲酒した韓国人成人(満19歳以上)の割合が2009年から2018年での間に5%ほど増加していることです。特に、男性がやや減少しているのに対して女性の割合が大きく増加しています。女性の社会進出が増えたことなども影響しているのでしょう。
 こうしたアルコール摂取量増加に伴う健康被害、未成年者の飲酒、酒酔い運転による交通事故、反社会的行為などさまざまな問題が引き起こされてきています。

 韓国の保健福祉部の2017年度の統計ですが、アルコール中毒者が139万人で成人の10人に1人が中毒症となっています。また男性ではアルコールが原因の有病率が21.2%で成人男性の5人に1人となっていて、アルコール依存症も5.5%で世界平均の2倍ほどです。
 こうした状況から、〝お酒は1種、1次会で、9時には帰る〟という「119運動」というキャンペーンが展開されているのも頷けます。
 2020年からは酒類の広告に芸能人の写真を使用禁止、広告に酒類を飲むシーン禁止などが定められ、2021年6月からの改正国民健康増進法施行令では7時~22時までテレビでの酒類コマーシャルが禁止、同時間帯に街中の広告スクリーン、公共交通機関などでの広告も禁止されました。

 現在、韓国はコロナの猛威にさらされて飲み会も厳しく規制されています。人と集まるのが好きな国民性も自由にならないだけに多少はお酒との縁が薄らいできているのかもしれません。それなら、これをいい機会に「119運動」を一時的な運動で終わらせるのではなく、完全に自分の生活の中に定着させていけたらいいのにと密かに思っています。
 [酒は百薬の長]で飲酒を止め、「されど万病の元」までお酒を飲まないようにしたいものです。

 (大妻女子大学准教授)

(2022.1.20)
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