【コラム】槿と桜(37)

韓国の四字成語

延 恩株


 日本語がようやく聞き取れるようになった頃、日本の方がときどき四文字の漢字を使った表現をするのに気がつきました。日本語を学習している過程で日本に四字熟語(사자숙어)とか四字成語(사자성어)と呼ばれる表現があるのは学んでいましたし、韓国にも中国からの文化受容が長く続いた関係から漢字成語(한자성어)、故事成語(고사성어)、四字成語と呼ばれるものがありましたから、そのことには驚きませんでした。
 日本語を聞いていて、耳にしたことがあるような発音だと思うこともありましたが、それが四字成語だとは理解できませんでした。また漢字でどのように表記するのか示されても漢字一文字ずつの意味さえ、まだしっかりわからない段階では理解不能の言葉群だったわけです。

 たとえば「大器晩成」ですが、これを「たいきばんせい」と言われても、また漢字で示されても意味はわかりませんでした。でも〝大人物となるような人間になるまでにはそれなりに時間がかかる〟といった意味だと説明してもらいますと、それなら韓国にも「대기만성」(テギマンソン)という表現があることに気がつき、韓日とも同じ意味で、この成語が使われていることを知ったというわけです。

 これらの成語が使われ、しかも共通しているのは両国とも歴史的に長く漢文化の影響を受けた漢字文化圏だったからなのは言うまでもありません。

 ただし、私を含めてハングル世代(1970年~1972年に高校生だった世代よりあとの韓国人)は、「テギマンソン」から「大器晩成」という漢字を思い浮かべられる人はそう多くないと思います。つまり「テギ」(大器)と「マンソン」(晩成)では意味がわかりませんし、「テギマンソン」は〝漢字成語〟としてより、一つの語句として理解していることになります。ですから〝漢字成語〟といっても漢字が理解できない韓国人が多くなってきた現在、漢字を知らないままこうした漢字成語を使っているわけです。

 とはいえ、ある事柄を短い語句でぴったり表現できる成語は便利ですから、韓国にもかなりの数の〝漢字成語〟があります。そこでほんの少しだけ韓国の四字熟語をいくつかに分類して紹介してみましょう。
 取り上げた以下の成語には念のために意味も示しましたが、すべて『大辞林 第3版』(三省堂)に依っています。

【1】漢字・意味とも韓日同一(中国とも同一)
 1)「五里霧中」(오리무중 オリムジュン ごりむちゅう)
  〔五里にもわたる深い霧の中に居る、の意〕
  方角が分からなくなってしまうこと。物事の様子がまったく分からず、方針や見込みが立たないこと。
 2)「捲土重来」(권토중래 クァントジュンネ けんどちょうらい)
  〔「けんどじゅうらい」とも〕
  一度敗れたものが、再び勢力をもりかえして攻めてくること。一度失敗したものが非常な意気込みでやり直すこと。
 3)「内憂外患」(내우외환 ネウウェファン ないゆうがいかん)
  国内の心配事と外国からもたらされる心配事。内外の憂患。
 4)「同床異夢」(동상이몽 トンサンイモン どうしょういむ)
  〔同じ床(とこ)に寝ていても見る夢は異なる意〕
  行動をともにしながら意見や考え方を異にしていること。
 5)「傍若無人」(방약무인 パンヤンムイン ぼうじゃくぶじん)
  〔「傍(かたわら)に人なきがごとし」の意〕
  人前をはばからず勝手に振る舞うこと。他人を無視して思うとおりのことをすること。また、そのさま。

【2】漢字・意味とも韓日同一(中国とは文字が一部異なる 意味は同じ)
 1)「抱腹絶倒」(포복절도 ポボクチョルト ほうふくぜっとう)
  腹をかかえてひっくり返るほど大笑いすること。
  中国では「捧腹大笑」。
 2)「十中八九」(십중팔구 シプチュンパルグ じっちゅうはっく)
  一〇のうち八か九まで。ほとんど。たいてい。
  中国では「十有八九」。
 3)「換骨奪胎」(환골탈태 ファンゴルタルテ かんこつだったい)
  古人の詩文の発想・形式などを踏襲しながら、独自の作品を作り上げること。また、他人の作品の焼き直しの意にも用いる。
  中国では「脱胎換骨」。なお中国では「新しく生まれ変わる」という意味にも使われるようです。
 4)「疑心暗鬼」(의심암귀 ウィシムアムクィ ぎしんあんき)
  疑心があると、何でもないものにまで恐れや疑いの気持ちを抱くものである。
  なお『大辞林第3版』では、この解釈を「疑心暗鬼を生ず」で項目を立てています。
  中国では「疑心生暗鬼」。
 5)「羊頭狗肉」(양두구육 ヤンドゥグユク ようとうくにく)
  看板には羊の頭を掲げながら、実際には犬の肉を売る意。見かけと実質とが一致しないことのたとえ。
  見掛け倒し。羊頭を掲げて狗肉を売る。
  中国では「掛羊頭売狗肉」。

【3】漢字・意味とも韓日同一(中国にはない表現)
 1)「満場一致」(만장일치 マンジャンイルチ まんじょういっち)
  その場にいる人全部の意見が一致すること。全員異議のないこと。
 2)「紆余曲折」(우여곡절 ウヨコクチョル うよきょくせつ)
  ①道などが曲がりくねっていること。②事情が込み入っていて、いろいろ変わること。
 3)「立身出世」(입신출세 イップシンチュルセ りっしんしゅっせ)
  高い官職や地位につき、有名になること。
 4)「自画自賛」(자화자찬 チャワジャチャン じがじさん)
  ①自分で描いた絵に自分で賛を書くこと。②自分で自分のことをほめること。てまえみそ。
 5)「右往左往」(우왕좌왕 ウワンザワン うおうさおう)
  〔古くは「うおうざおう」とも〕
   あわてふためいて、あっちへ行ったり、こっちへ来たりすること。あわてて混乱した状態をいう。

【4】韓国だけで使われる漢字成語(中国、日本とも使わない表現)
 1)「賊反荷杖」(적반하장 ゾクパンハザン)
  日本では「盗人猛々しい」(ぬすっとたけだけしい)
  盗みや悪事をはたらき、それをとがめられても、ふてぶてしい態度をとったり逆に居直ったりするさまをののしっていう語。ぬすびと猛猛しい。
 2)「青山流水」(청산유수 チョンサンユス)
  日本では「立て板に水」(たていたにみず)
  すらすらとよく話すさま。弁舌の流暢(りゅうちょう)なさま。
 3)「作心三日」(작심삼일 チャクシムサムイル)
  日本では「三日坊主」(みっかぼうず)
  非常に飽きやすくて長続きしない人をあざけっていう語。
 4)「非一非再」(비일비재 ピイルピゼ)
  日本では「再三再四」(さいさんさいし)
  何度も何度も。たびたび。
 5)「甘言利説」(감언이설 カムオンイソル)
  日本では「口車」(くちぐるま)
  相手をおだてたりだましたりするための、巧みな話し方。

 漢字成語(四字熟語)はまだまだあり、ここに挙げたのはほんの一例にすぎません。たとえば、日本では「良妻賢母」(りょうさいけんぼ)と言いますが、韓国では「賢母良妻」(현모양처 ヒョンモヤンチョ)ですし、中国では「賢妻良母」と表記し、意味(「夫にとってはよい妻であり、子にとっては賢い母であること」)は同じです。
 また「八方美人」は日本と韓国では使いますが、中国にはこの言い方はありません。ところが韓国と日本では「八方美人」の意味が違います。日本の「八方美人」(はっぽうびじん)は、もとはどう見ても欠点のない美人の意味ですが、誰からも悪く思われたくない、嫌われたくないということから、誰に対しても同調するような人を言い、ほめ言葉としてはあまり使われません。
 ところが韓国での「八方美人」(팔방미인 パルバンミイン)は「何事にも秀でた人」の意味で使われます。つまり日本とは完全に反対の意味になって、褒め言葉なのです。

 韓国で使われている漢字成語(四字熟語)は必ずしも中国から伝えられ、そのまま使われているものばかりでなく、時間の経過とともに多様な変化、変容、新たな誕生を遂げてきているようです。なかでも私自身、中国から入ってきた成語とばかり思っていたなかに、どうやら日本で生まれた四字熟語も混じっていたらしいということがわかったのは、私が日本で生活していたからで、韓国にとどまっていたらおそらくこうした事実はつかめなかったのではないでしょうか。上述した「【3】漢字・意味とも韓日同一(中国にはない表現)」に示した漢字成語(四字熟語)がそれに当たります。

 韓国では1960年代から「日帝残滓の清算運動」が息長く続けられています。それには日本統治時代(1910年~1945年)に使われていた日本語を排除しようとする「国語純化運動」とも大きく関わっています。漢字廃止をしたことになっている現在も、ハングルに残されている日本語(漢字)を韓国独自の表現に改めることが続けられています。

 ある単語の表現を変えるだけでもそれなりの時間が必要なことは韓国の現状が証明しています。それが四字熟語となりますと、韓国人が日常的に使っていて、しかも人々に馴染んでいればいるほど、それらを他の表現に変えるには、より時間とエネルギーが必要になるのは言うまでもありません。

 韓国人が使っている漢字成語のなかに、少なくない数の日本の四字熟語が存在しているという事実を韓国政府はどう受け止め、今後どのように対処していくのでしょうか。大いに気になるところです。

 (大妻女子大学准教授)

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