【コラム】槿と桜(117)

韓国のファミレス——日本と比較すると

延 恩株
 
 日本で初めて「ファミリーレストラン」というものが登場したのは、1970年7月のことで、東京の国立で営業を開始した「すかいらーく」だったそうです。家族で食事を楽しもうとする人びとを客層として営業を開始した日本の「ファミリーレストラン」は半世紀以上の歴史を重ねて、現在も日本ではお馴染みの業態と言えます。
 2023年7月現在、多少店舗数が減少しているようですが、日本のファミリーレストランの数は、6438店舗(日本ソフト販売株式会社「2023年版ファミリーレストランチェーンの店舗数ランキング」より)に上ります。
 「すかいらーく」は、店名としてはなくなりましたが、現在は「株式会社すかいらーくホールディングス」として、ガスト、ジョナサン、バーミヤン、藍屋等々、多くのチェーン店を運営しています。そのほかサイゼリヤ、ロイヤルホスト、デニーズ、ジョイフル、ココスなどはよく見かけるファミリーレストラントではないでしょうか。私の住む街にもサイゼリヤがあります。
 このように店名を並べますと、日本のファミリーレストランは、どこも店舗面積が広く、座席も多く、駐車場も比較的広く(特に郊外にある店舗)、家族連れや比較的大人数でも食事ができるのが一つの特徴と言えます。また、料理の値段がそれほど高くないのは、店内で原材料から料理を作るのではなく、別の施設で半加工するセントラルキッチン方式を採用しているからです。各店舗では冷蔵、冷凍された料理を湯煎したり電子レンジやオーブンで加熱したりして、野菜などを添えて食器に盛り付けて提供します。そのため、同じチェーン店で料理の味が違うということがありません。また専門技術や知識を持った調理人を置く必要がなく、アルバイトの店員が多いのもこの業態の特徴の一つです。こうして商品コストや人件費を低く抑えることを可能にしています。
 そのため客層はファミリーだけでなく、学生や高校生など若い人たちにもよく利用されていますし、洋食系だけでなく、和食や中華などを提供するファミリーレストランもあり、いかにも和・洋・中などのバラエティーに富んだ日本の食文化が反映されていると思います。
 今は24時間営業の店は少なくなりましたが、朝、昼、晩とそれぞれメニューを変えたり、ドリンクバーを置いたりするのはごく当たり前になっています。
 
 日本でよく使われる「ファミレス」という言い方は、ファミリーレストランの略称で日本では知らない人は少ないでしょう。でも英語の「Family restaurant」の短縮形としての「ファミレス」は日本だけで使われている和製英語ですので、韓国で「ファミレス」と言っても通じません。韓国ではそのまま「패밀리 레스토랑」(ファミリーレストラン)と言います。

 ところで、韓国での「패밀리 레스토랑」は、上述しました日本のファミリーレストランとはかなり様子が異なっています。
 韓国のファミリーレストランは1988年3月にソウルの新沙洞(신사동 シンサドン)に「ココス」が初めて出店しました。日本での「すかいらーく」開店から18年後のことでした。1988年という年はソウルオリンピックが開催されたため、韓国内では一気に洋食系の外食産業が増加していきました。しかし、日本と違ったのは外資系のファミリーレストランが先行したことでした。「ココス」に続いて「 TGIフライデーズ」、「OUTBACK STEAKHOUSE(アウトバック・ステーキハウス)」、「トニーローマ(Tony Roma's)」(いずれもアメリカ資本で、この3社は日本では後発のためか店舗数は少ない)、「ベニガンズ(Bennigan's)」(2008年夏に米国の本社が倒産)、「すかいらーく」などが次々に営業を始めました。一方、韓国資本のファミリーレストランは1997年に営業を開始した「VIPS」(빕스 ビプス)が最初で、外資系ファミリーレストラン営業から9年後のことでした。同じく韓国資本では「Ashley」(애슐리 アシュリー)が2003年3月に営業を開始しました。
 このように韓国ではアメリカ資本をバックにしたファミリーレストランから始まり、アメリカンスタイルの食事が提供され、ステーキ系の料理が韓国人には特に受け入れられていきました。客層は家族で食事をする人びとや若いカップルと日本とあまり変わりませんでしたが、日本のように比較的安価で気楽に食べられる場所としてではなく、誕生日や記念日などに少し豪華に落ち着いた雰囲気で食事をするレストランという位置づけで始まり、それが定着しました。
 韓国でファミリーレストランが受け入れられていったのは、経済的に多少余裕が出て来た当時の韓国人がそれまでの韓国式食事とは料理も食事スタイルも大きく異なる洋食系に目を向けるようになったのも一つの要因でした。それらに応えたファミリーレストランは大いに歓迎され、日本ならホテルでディナーを食べるのと同じ感覚が根づきました。したがって韓国のファミリーレストランは価格もかなり高めで、店内のインテリアなどもお洒落でぜいたくな気分を味わうことができます。
 たとえば「VIPS」のサラダバーは豪華で、もちろん食べ放題ですし、フレンチ系、イタリア系の料理やデザートの種類も豊富でメインのステーキ類は大変ボリュームがあります。
 また、カード支払いをすると割引されるのも韓国のファミリーレストランの特徴の一つでしょう。
 このように韓国のファミリーレストランはいつでも気楽に比較的安価な料理を食べに行く店ではなく、何か特別な日に家族や恋人、友人たちと少し贅沢な食事をするために出かける店なのです。
 こうして韓国のファミリーレストランは1990年代から2010年頃までは外食産業として大いに成長して売り上げも1990年代初期から比べるとおよそ8倍近くにまで伸びていき、客層も学生や会社員たちにも広がっていきました。
 
 ところが2010年代になると韓国からファミリーレストランが次々に消えていくようになりました。理由はよく指摘されていることですが、価格と韓国人の価値観の変化で、「高いお金を出してまでわざわざ行かなくてもいい」と思う若年層が増えたからでしょう。
 これには韓国経済の低迷も関わっています。たとえば、失業率はそれを端的に教えてくれますが、特に若者の失業率を2010〜2020年で見ますと、2011年が9.6%、2017年には10.7%、2020年には10.2%と高止まりで推移しています。また全体の失業率も2011年3.4%から2017年には3.7%、2020年は3.8%(独立行政法人労働政策研究・研修機構「基礎情報:韓国」より)と若者の失業率が数字を押し上げていると判断できます。
 失業率の高さは就職難と結びつきますので、その結果、若者たちの結婚率の低下、晩婚化、異常な出生率の低さ、核家族化、単家族化などと連動して特別の日などに利用していた若者たちが経済的に行けなくなり、家族での利用者も減少してしまいました。
 また、日本のファミリーレストランと同じようにセントラルキッチン方式が採用されていましたから料理に特徴を出しにくく、飽きられてきたのも理由として考えられます。さらに健康志向が強まり、カロリー高めの洋食系が敬遠され、洋風スタイルの食事や店内のインテリア、デザインなどに魅力を感じ、それを楽しもうとする欲求も弱まってしまったこともあるでしょう。
 さらに2020年からのコロナ襲来はファミリーレストランだけでなく外食産業に大きな打撃を与えました。
 
 こうした様々な要因が複合的に重なってファミリーレストランの退潮を招いてしまったのでしょう。ただ、韓国人は一人で静かに食事をするより大勢の人とワイワイ賑やかに食事をするのを好みます。正月や秋夕(チュソク 추석)などでは毎年、民族大移動が起き、家族全員が実家に集まります。その意味では日本以上に「ファミリー」という単位が機能していると思います。
 それならば、経営者側も韓国人がファミリーレストランから遠ざかってしまった要因を追究し、その失敗要因を反面教師として新たな戦略を立て直せば、新たな復活は可能だと思われます。いや復活のための方向性はすでに出ているように思われます。
 2024年4月24日『KOREA WAVE』は「物価高?もうそんなに高くない…韓国で復活が始まったファミリーレストラン」として、こう結んでいました。
 「外食物価の上昇の中でも消費者の目をファミリーレストランに向かわせている(中略)アシュリーは大人の価格が2万ウォン後半台(現在のレートで日本円2000円前半―筆者注)子どもも1万ウォン(1000円未満―筆者注)前後の水準で、ファミリーレストランであるにもかかわらずリーズナブルな価格の食事ができる。業界関係者は「パンデミックを経て消費者の味覚はますます高まり、外食をするならばきちんとした食事がしたいという欲求が強くなった。ファミリーレストランの多彩なメニューは家族単位の外食に最適だ」と語った」
 
 ファミリーレストランを運営する企業が数社にまで落ち込んでしまった韓国ですが、今立て直しを図ろうとしています。今後、韓国のファミリーレストランがどのように推移していくのか、しばらく目が離せないようです。 
 
 大妻女子大学教授

(2024.6.20)
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