【コラム】槿と桜(91)

韓国と日本の伝統菓子のことなど

延 恩株

 日本の伝統的なお菓子は「和菓子」と総称されています。日本の近代化が始まった明治時代以降、西欧から流入してきたお菓子(洋菓子)と区別するために使われている言葉です。現在、「スイーツ」などと呼ばれているものは、本来は和菓子も洋菓子も含んだ総称なのでしょう。でも、どちらかと言うと、「スイーツ」というカタカナだからなのか、ケーキ類などをイメージする人が多いように感じます。この「和菓子」、種類は豊富です。また地域の〝郷土銘菓〟といったその土地の和菓子などもありますから、その数は見当もつきません。

 ただ大まかな枠組みで、私が知っている「和菓子」となりますと、私の個人的な思いや関り方で先ず思いつくのは羊羹です。
 韓国にも「양갱」(ヤンゲン)と呼ばれるものがあって、漢字で表記すれば「羊羹」ですから同じです。韓国で生活していた頃にはこの「ヤンゲン」を食べていました。でも当時は漢字がわかりませんでしたから、「羊」や「羹」の本来の意味も知りませんでした。ところが来日して漢字を理解し始め、日本の羊羹を食べたとき、それが韓国の「ヤンゲン」と呼ばれているものと同じ漢字が使われているのを初めて知りました。でも、漢字は同じでもかなり異なる食べ物だと思ったことを覚えています。
 そして、重量感があって食べ応えのある甘い練り物になぜ「ひつじ」を意味する漢字が使われているのかとても不思議でした。

 「羊羹」とは鎌倉・室町時代に中国から帰国した禅僧が持ち込んだ物で、本来は羊の肉のスープにとろみをつけた食べ物で、禅僧は肉食が禁じられていたことから小豆や小麦粉などの植物が代わりに用いられて次第に現在の「羊羹」になったということです。
 もっとも、上述した羊羹は「練り羊羹」と呼ばれる種類で、ほかに「芋羊羹」や「水羊羹」などもあって、どちらかというと韓国の羊羹は「水羊羹」に近いかもしれません。

 もう一つ、私が思いつくのはカステラです。
 面白いことにこの「カステラ」はポルトガルから入ってきたお菓子と思っている日本の方も多いようですが、純粋に日本誕生の和菓子のようです。もちろんポルトガルから伝えられたお菓子がヒントになったようですが、似たような製法のお菓子はポルトガルにはないとのことです。最初は「かすてら」と平仮名で記されていたようですが、やがてカタカナで記されるようになったのは、私の単なる推測ですが、商人の販売戦略で異国情緒を〝売り〟にしようとしたからではないでしょうか。

 このカステラが私の父の大好物でした。帰国する時にお土産として持って行ったのがきっかけになりました。それからは日本からたびたび送るようになり、やがて家族全員の好物となって、父は亡くなる少し前まで、カステラは口に入る食べ物でした。そんなわけでカステラは私にとって思い出深い日本のお菓子になっています。
 ほかに日本の「和菓子」としては饅頭、団子、もなか、おこし、かりんとう、落雁、煎餅など、それぞれたくさんの種類があります。

 一方、韓国の伝統的なお菓子は、日本のそれが「和菓子」と総称されるように、「한과 ハングァ」と呼ばれています。漢字では「韓菓」です。でも、かつては一般庶民の口には入らない食べものでした。なぜなら宮廷料理での一品だったからです。
 「韓菓」の歴史は古く高麗時代(918~1392年)とされていて、これには理由があります。それは、当時、中国から伝えられた仏教が国教とされ、仏教とともにお茶を飲む文化も中国から入りました。そのため宮廷や寺院での儀式にお茶が欠かせないものとなり、お菓子が添えられるようになったからです。

 また韓国には食に対して「薬食同源」(약식동원)という文化が日本以上に根づいています。そのため、たとえお菓子であってもその考え方が反映されていますから、胡麻油や蜂蜜がよく使われ、そのほかクコ、松の実、高麗人参、生姜、ゆず、棗、豆などが材料として使われます。現在でもこの基本形は変わっていません。さらに人間の健康に良いとされる五つの色の食材も考えて作りますから、食材から貴重で大変、贅沢な食べ物でした。

 こうした点は日本の和菓子と違う点でしょう。日本では江戸時代にはすでにお菓子は一般庶民の生活にまで浸透していたようですが、韓国の「韓菓」は長く宮廷菓子として存在していましたから一般庶民とは無縁でした。ですから一般の韓国人が「韓菓」を食べられたのは祭祀や特別の日だけに限られ、今でも贈答用として使われるのは、手軽に作れないものが多く、貴重なお菓子という認識があるからです。

 「韓菓」は日本の「和菓子」と同様に穀類(米、麦など)、豆類(小豆、大豆など)、澱粉、それに砂糖が主に使われます。ただし和菓子と大きく異なるのは、すでに述べましたように蜂蜜とごま油がよく使われることでしょう。
 それでは以下に代表的な「韓菓」を少し紹介してみます。

・「유밀과」(ユミㇽクァ 油蜜菓)
 高麗時代から現在まで受け継がれてきている「韓菓」として、韓国人に馴染みのあるお菓子です。ただこれは日本で「饅頭」というように、小麦粉、ごま油、蜂蜜、焼酎などを練り合わせて油で揚げたお菓子の総称です。
 ちょっとややこしいのは、「유밀과」(ユミㇽクァ 油蜜菓)のなかでいちばん知られているのが「약과」(ヨㇰクァ 薬菓)で、練った生地を型抜きして油で揚げて甘い蜜に浸してから取り出したものです。そのため「油蜜菓」=「薬菓」と見ている韓国人も多くいます。栄養価が高いため昔は薬の代わりになると考えられ、「薬菓」と呼ばれるようになったとも言われています。
 韓国では古くから祭祀の供物や特別の日のお菓子で、もちろん日常的にもよく食べられているものです。私も韓国から日本に戻るときにはよく買って帰ります。

・「유과」(ユクァ 油菓)
 「油蜜菓」の原材料は小麦粉ですが、「油菓」はもち米です。もち米を水につけて発酵させ、粉にして蒸す。よくこねて適当な形に切り、乾燥後、油で揚げ蜂蜜や水あめを塗りつけてからゴマや米その他の粉をまぶしたお菓子です。形は俵型が多いように思いますが、宮廷菓子だったためか、今でも贈答用によく使われます。

・「다식」(タシッㇰ 茶食)
 穀物の粉、栗、ゴマ、豆、漢方薬などを粉にして、蜂蜜や水あめを加えて練り、小さな木型に詰めて固めたお菓子です。日本のお菓子では落雁に近いかもしれません。「茶」という漢字が使われていますから仏教が盛んだった時代(お茶が好んで飲まれていた)からこのお菓子があったように考えられがちですが、実際は仏教が弾圧され、お茶が遠ざけられた次の朝鮮王朝時代からのものと言われています。現在では、お茶を飲むときに茶うけとしてこの「茶食」がよく出されます。

・「정과」(ジョンクァ 正果)
 生姜や蓮根、高麗人参、桔梗、生姜、ごぼうなどの植物の根やリンゴ、ゆず、すももなどを蜂蜜や砂糖水で煮詰めたもの。材料が何であるのかわかり、味や香りが残っています。日本のドライフルーツと似ています。ただ「薬食同源」の食文化がよく反映されていて、果物より根菜ものが材料として多く使われています。

・「강정」(カンジョン 強精)
 炒ったナッツやゴマ、松の実やそのほかの木の実、豆などと水飴を混ぜて薄く伸ばして固め、細長く適当な大きさに切ったお菓子。日本のおこしに似ています。

・「숙실과」(スッシルクァ 熟実果)
 くだもの、栗、ナツメなどを蜜で長く煮て元の形にしたお菓子。果実を丸ごと蜜で煮たものもあります。

・「과편」(クヮビョン 果片)
 酸味が強くそのままでは敬遠されがちな果物を甘く煮て濾してから、澱粉を加え、固めたお菓子で、ゼリーと言っていいでしょう。

 韓国のお菓子はまだほかにも多くありますが、ここでは代表的な「韓菓」に限って紹介しました。文章での説明ではなく実際に食べてみればすぐにわかるだけに隔靴掻痒といった思いもあります。
 一つ気がかりなのは、ここで紹介しましたお菓子類の材料となる水飴や伝統的な穀物の一部が、簡単に手に入らなくなってきていることです。かつては家庭で作られてきた韓国のお菓子ですが、面倒な工程があることから現在では店で買ってしまう人が多くなってきています。洋菓子に比べるとカロリーが控えめで自然の甘みを特徴とする「韓菓」はこれからもその技術を伝え、残していかなければならないでしょう。でも現実は「韓菓」を食べる機会が確実に減ってきています。特に若い世代になるほどその傾向が顕著です。キムチを作らない家庭が増えてきていて、キムチをあまり好まない子どもも増えてきています。それと同じ道を「韓菓」がたどって欲しくないと願うばかりです。

 (大妻女子大学准教授)

(2022.4.20)
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