■ 非正規雇用労働をめぐる法制の動向と問題点 広松 栄香
―すべての労働者に当てはまる権利の平等と
法の適用をめぐる運動―
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この報告は、東京一般労働組合常任執行委員会において討議した内
容をまとめたものです。
本題にはいる前に私たちが何故こういう課題にとりくむようになっ
たかと申しますと、総評の未組織労働者対策から全国一般労働組合が
誕生し、今日まで約50年私たちの組織と運動は続いています。歳月の
流れとともに労働市場が複雑・多様に変化するなかで、私たちは「何
がいま求められているのか」という問題提起と活動、運動を続けてい
ます。
その主な活動の一つ目が、1981年にパート労働についての問題をと
りあげた「パート110番」活動です。オイルショック後、専業主婦が
家計を助けるためにパート労働を余儀なくされました。しかし、その
労働条件は労働基準法も適用されない劣悪なものでした。私たちはそ
こに着目してパートを対象とした相談活動をはじめると同時に、社会
問題化するとりくみをしました。この運動は全国に拡がり、まず使用
者に対してパート労働者に雇入通知書を発行することを義務付けまし
た。つぎにパート労働法を制定してパート労働者の権利擁護に役立て
ました。
二つ目は、1984年に組合員の息子さん(新卒学生)が就職情報
誌の虚偽広告被害に遭うという問題が発生しました。それと同時期に
パート110番にも同様の相談が複数寄せられていました。これが契機
となって「リクルート・トラブル110番」活動に着手しました。この
活動により就職情報誌の業界団体は自主的に掲載基準等の綱領を作成
し、就職情報誌のトラブル解消にとりくまざるを得なくなりました。
三つ目は、1999年の労働者派遣法の改正時に「派遣労働者の権利を守
ろうキャンペーン」活動にとりくみ、その審議の場に派遣労働者300
人の声を届けました。当時、労働者派遣法の管轄は公共職業安定所で
したから、派遣労働者の問題に労働基準監督官がかかわるのは難しか
ったのです、縦割り行政の弊害です。そこに焦点をあてて解決をはか
る道筋をつけました。
以上のように私たちは、その時々の労働問題を社会に問うことによ
って改善をはかり、労働者全体の権利を守る闘いを続けています。
昨年7月、「なぜこんなに格差が拡がるのだろう」という疑問から私
たちはある仮説をたてました。その仮説とは「法律の制定や改正が労
働市場を追認するような形で行われている。これが格差を拡大してい
る原因ではないか」というものです。私たちは労働法の中から4つの
法律に絞って格差研究会を行い、その中から今回は「労働者派遣法」
について報告いたします。
まず、今日の労働市場における労働者構成についてです。総務省労
働力調査の四半期調査(2007年7~9月)によると役員を除く雇用者
は5,207万人です。これを雇用形態別にみると、正規雇用労働者3,471
万人(66.7%)、非正規雇用労働者1,736万人(33.3%)に大別できます。
非正規雇用労働者の内訳(( )内の数値は前者が対役員を除く雇用者
比率を表し、後者が対非正規雇用労働者比率を表します)は、パート・
アルバイト1,169万人(22.5%、67.3%)、派遣労働者136万人(2.6%、7.8%)、
契約社員・嘱託300万人(5.8%、17.3%)となっています。
つぎに労働者派遣法の成立と改正から労働者保護規制の緩和の流れ
をみていきます。労働者派遣事業については戦前の負の経験を踏まえ
戦後、職業安定法第44条によって厳しく禁止されました。しかし、1966
年に米国の人材企業であるマンパワーが日本に進出したのが契機とな
って1970年代に入り派遣会社が増加し、警備、事務処理、情報処理、
放送などのサービス業を中心に業務処理請負を偽装した職業安定法違
反の事例が蔓延しました。このような違法状態を「やみ労働」として
潜在化させるのではなく、派遣労働者を保護することを考えて、労働
者派遣を規制する法律として1985年に「労働者派遣法」が制定された
のです。見方をかえれば、この法律は、法理念とは裏腹に違法状態を
法律で追認した形でスタートしたといえます。
法制定当初は、労働者派遣は原則禁止、専門13業務に限って派遣期
間9ヶ月の制限をつけて許すとされていました。その後、1996年改正
では専門業務が26業務に増え派遣期間も1年に緩められました。1999
年には労働者派遣法の根拠となっている法律である職業安定法が大改
正されました。同時に労働者派遣法も大改正され「新派遣法」と呼ば
れました。改正内容は従来の労働者派遣においては専門26業務を除い
て原則禁止であったものを、禁止7業務を除いて原則自由とする大転
換でした。さらに紹介予定派遣も認められました、派遣期間も自由化
業務は原則1年・更新なしとされ、専門26業務は派遣期間の制限がは
ずれました。さらに2003年改正では、医療業務従事者の社会福祉施設
への派遣および物の製造業務への派遣が認められ自由化業務の派遣期
間は事実上3年まで、製造業務1年(2007年3月より3年)まで認めら
れました。
このように過去3回の法「改正」では使用者側の要望が優先され、
その結果労働者保護が失われました。このことがその後の労働者派遣
に何をもたらしているのかを厚生労働省が毎年発表している「労働者
派遣事業報告の集計結果」および派遣業界の市場占有状況から検証し
てみます。
「労働者派遣事業の事業報告」は、労働者派遣法が派遣事業者に対
して年次報告を義務づけているものです。その集計結果は厚生労働省
から毎年発表されています。まず、派遣が自由化された1999年度と最
新版の2006年度を比較してみます。
1999年度 2006年度
総売上高 1兆4,605億円 5兆4,189億円(371.0%増)
派遣先件数 26万件 86万件(330.8%増)
派遣労働者数 107万人 321万人(300.0%増)
派遣事業所数 9,678所 41,966所(433.6%増)
上記データによると派遣事業者は、わずか8年間に総売上高、派遣
先件数、派遣労働者数、派遣会社の事業所数のいずれにおいても3~4
倍という急成長をとげていることがわかります。それでは、派遣労働
者の賃金はどのように変化しているのでしょうか。
派遣労働者の賃金については残念ながら古いデータが統計上ありま
せん。それは、賃金が事業報告の項目に加えられたのが物の製造業務
への派遣が解禁になった2004年度からです。物の製造業務の派遣が行
われるようになってから派遣料金が大きく引下げられたといわれてい
ますから派遣事業と単純比較することはできません。
派遣料金(8時間換算) 1999年度 2006年度
一般労働者派遣事業(平均) 16,761円 15,577円(7.1%減)
特定労働者派遣事業(平均) 25,556円 22,948円(10.2%減)
賃金(8時間換算) 2004年度 2006年度
一般・派遣労働者(全体平均) 11,405円 10,571円(7.3%減)
特定・派遣労働者(全体平均) 15,997円 14,156円(11.5%減)
※全体平均とは、政令で定める26業務とそれ以外の業務についての派遣労働
者の賃金を合わせた平均です。
派遣労働者の賃金は調査をはじめた2004年度からみても一般派遣
で7.3%、特定派遣で11.5%も下がっています。派遣事業は371%も成長
しているのに派遣労働者の賃金は減少しています。これは派遣労働者
の賃金には派遣事業者の企業業績は反映されないということです。つ
まり、派遣労働者の賃金は生計費や春闘相場とは一切無関係に市場原
理のみで決定されているからです。
つぎに派遣業界の市場占有状況は、1999年派遣法の大改正により労
働者派遣をできる業務が専門26業務からほんの一握りの業務を除い
て自由化されました。それにより労働者派遣事業のマーケットは一部
の専門業務から全産業、全企業に拡がり、現在のシェアは専門分野で
はIT関連業、医療・製薬業、介護・福祉業、金融業、製造業などの
産業に拡がっています。この他エンジニアや営業・販売業務への派遣
労働はあらゆる産業で受けいれられています。
その結果、専門分野から葬儀業、不動産・インテリア業、エステ・
美容業、ブライダル業、飲食業などへの派遣や保健士、美容師、調理
師、私学教員、家事全般、パチンコ店ホールスタッフ、演奏者、ベビ
ーシッター・保育士、トラックドライバー等の職種など、ニッチな分
野への派遣が進行しました。
いまや派遣事業は日本国内にとどまらず、海外からの外国人派遣や
海外への日本人派遣も行われています。今日、大手派遣会社は、北米、
中国、東南アジア、欧州など18カ国30都市以上に海外拠点を置いて
事業展開しています。例えば、労働者派遣事業2006年度事業報告の集
計結果では、海外派遣を行った事業所は145所(対前年比66.7%増)、
海外に派遣された労働者は1,014人(対前年比226.0%増)です。
また、海外から日本に派遣される外国人労働者の業務も従来の英文
事務や語学教師などからITや製造業、介護分野の業務へと拡大され
ています。
この他、中高年派遣や主婦派遣、学生派遣などを専門に行っている
派遣会社もあります。すべての世代を対象にありとあらゆる産業、業
務に労働者派遣は拡がっています。つまり、市場原理で決定する賃金
労働者があらゆる職場で働いているのです。
つぎに破竹の勢いで発展している派遣業界で働く派遣労働者たちの
悩みや不安から実状をみてみます。私たちに寄せられた相談の中から
派遣労働者がかかえる問題を挙げてみると一番は「生活不安」です。
その内容は収入面での不安、雇用不安、健康不安、住宅不安などいろ
いろとあります。
収入に不安を感じている事例では、「派遣先の事務所移転で現在の場
所より遠くなる。派遣先は通勤時間を考慮して勤務時間短縮を提案し
てきたが、交通費の負担増と勤務時間の短縮で減収となる」、この事例
には派遣労働者の賃金構成特有の問題と労働時間に所得が左右される
不安定雇用の特徴とが表れています。また、同じ収入不安でも「派遣
元の一方的な契約内容の変更により一時金が廃止された」という契約
違反の事例もあります。派遣労働者は労働条件の一方的改悪を受けて
も、団結できにくい状況におかれているために改善を図る手段さえ持
てません。
雇用に不安を感じている事例では、「派遣先の都合で契約期
間前に解雇された」、「派遣先から派遣元に“いらない”との通告があ
った。そのため即日解雇された」、「周囲とあまり馴染んでないという
理由で、突然、契約終了になった」など、解雇するほどの正当な理由
があったかどうかもわからないままに派遣先の恣意的な理由から職場
を追われています。さらに、健康に不安を感じている事例では、「タバ
コの煙で体調を崩したため派遣先と派遣元に禁煙を求めたが、派遣元
からは“禁煙にはできないから体調が悪くなるなら辞めて”と通告さ
れた」、「派遣先で作業中事故に遭ったが、派遣先を含めた労災隠しが
行われたため健康保険で治療している」など、健康被害を受けたうえ
に職場も失う実態や派遣労働者一人では労災補償という公的なセーフ
ティーネットも受けられないなど、派遣労働者は派遣先の職場では人
間性を否定された扱いを受けています。また、住宅に関する不安をか
かえる事例では、「製造業の工場を派遣として渡り歩いている。つぎの
工場が決まったので寮を移ったが仕事が合わない。辞めても寮にいら
れるか」というようなものまであります。以上のように、派遣労働者
は、公的なセーフティーネットばかりではなく、キャリア形成や教育
訓練、福利厚生など企業のセーフティーネットを受けることもできま
せんし、貯蓄という私的セーフティーネットも用意することができな
いような実態におかれているのです。
つぎに派遣労働者のかかえる不満です。賃金水準や業務内容、指揮
命令者に対するものがあります。具体的な事例として賃金水準への不
満は、「製造工場に複数の派遣会社から労働者派遣されている。同じ仕
事をして賃金は他の派遣会社より30%程低い」、これは同一価値労働同
一賃金の問題です。また、業務内容に不満を感じる事例では、「OA機
器操作業務で契約しているが、翻訳業務や庶務業務までさせられる」、
「秘書業務での派遣、実際には上司の入院の付き添いまでさせられて
いる」、「一般事務で派遣された。前職がプログラマーだったことを派
遣先が知ると、プログラムレベルの仕事をさせられるようになった。
業務内容がかわったので、派遣元に時給交渉をしたところ、“つぎの契
約更新はない”といわれた」など、派遣労働者の職場では契約業務違
反が発生しています。指揮命令権についても「就業条件明示書の指揮
命令者は部長だが、実際には業務ごとに複数の社員から仕事の指示を
受けている」という派遣法において認めていない事態がおきています。
これらの事例は派遣先企業における企業のコンプライアンス(法令遵
守)およびCSR(社会的責任)にかかわる問題です。
労働者派遣が法的に認められてからわずか20年、いまや派遣労働
は貧困、ワーキング・プアの温床とされ社会問題にまでなっています。
働く仲間として、いま、私たち組織された労働者、労働組合に何が求
められているのか。これまで検証してきた労働者派遣の実態からつぎ
のようにまとめました。
◇人材派遣の需要を喚起したのは誰なのか
派遣労働者を活用する企業の多くが国際競争に晒され、生き残りを
かける企業ほど競争原理に基づいた強い企業体質づくりに躍起になっ
ています。その反面、派遣労働者の扱い方は一層非人間化させられて
います。
現実には日本国内での物づくりが、中国や東南アジアなど海外の安
い労働力との競争となっており、国内での物づくりに低賃金でより権
利が薄い労働者群(派遣労働者)がつくりだされてきたのです。
◇派遣労働者の問題はなぜ起きているのか
派遣労働者の賃金が世間相場より低いことについてです。国際労働
機関(ILO)では条約や勧告により国際労働基準を設定しています。
賃金に関するILO100号条約「同一報酬条約(1951年採択)」を日本
は1967年に批准し、同一価値労働に対する男女間における賃金格差へ
のとりくみははじまっています。しかしオイルショック以降、日本で
は男女間の賃金格差のみならずパート労働や派遣労働など雇用形態に
よる賃金格差が発生しています。ILO111号条約「差別待遇(雇用
及び職業)条約(1958年採択)」はこのような雇用・職業上のあらゆ
る差別待遇を排除する条約ですが、日本は未だに批准していません。
世界には約200の国と地域があるといわれています。111号条約はI
LO加盟181カ国のうち166カ国が批准している国際労働基準です。
つまり、日本の労働基準はこの面において世界から遅れているといえ
ます。
また、本来の派遣労働は臨時的・一時的雇用でなければならないの
に、低賃金でいつでも雇用調整できる労働力として、派遣先企業では
派遣労働者が正社員代替として長期間使われています。これは法令遵
守と法適用のあいまいさからくる問題で、そのために派遣労働者は人
権蹂躙されているのです。
日本の労働組合のほとんどは企業内労働組合です。その企業内労働
組合は正社員(本工)のみを対象とする労働組合であることから、非
正規雇用労働者は、労働組合のセーフティーネットからも漏れてしま
う立場におかれています。
◇派遣労働者の最後のセーフティーネットも取り外されようとしてい
る
規制改革会議が2007年5月21日に明らかにした「脱格差と活力をも
たらす労働市場へ」のレポート、そして同時期に発表された日本経団連
の「2007年度規制改革要望」は、派遣労働者の最後のセーフティーネッ
トともいうべき以下の条項について規制緩和を求めているのです。
○紹介予定派遣の期間延長 6ヶ月から1年に
○直接雇用申し込み義務(3年ルール)の撤廃
○請負の要件緩和
現行法では1年を超えて派遣労働者を導入しようとする場合には、
経営者は過半数の労働者を代表する労働組合がある場合には、事前に
その内容について労働組合との協議を義務づけられています。そして
3年を超えて同一業務に派遣労働者を使用する場合には、直接雇用を
申し込む義務を課せられています。これらの法的なセーフティーネッ
トが十分に機能しているか否かは別としても、規制改革会議や日本経
団連はそれさえなくそうとしているのです。このようなさらなる格差
の固定化・拡大を促進する派遣法の改正は絶対に阻止しなければなり
ません。またそのことは組織されている労働者、労働組合の任務でも
あります。
◇職場の変化に対応する職場活動の強化と非正規雇用労働者の組織化
職場に派遣労働者が拡大している現実は、私たちの仕事の質・量と
もに変化させています。そして仕事の流れという職場そのものを変化
させています。その変化の中でこれまでの職場活動を見直し強化する
とりくみが必要となっています。同時に職場活動の重要な課題として、
同じ職場で働く派遣労働者をはじめ非正規雇用労働者の組織化に向け
た運動が最も重要です。
◇社会に向けた非正規雇用労働者組織化の情報発信を
「労働の非人間化」の象徴としての派遣労働に対して、私たちの『人
間らしい生活を実現しよう』運動を拡げ、派遣労働者をはじめとする
非正規雇用労働者の組織化を社会的に進める必要があります。派遣労
働者の実態・現実に対して、正確な知識、生き延びる知恵を、労働組
合の立場から情報発信する、組織化の手をさしのべる運動が必要です。
私たちが日本において最初に運動化したパート110番・お助けネッ
ト・サイバーユニオンと築き上げてきた労働相談、その延長において
組織化の運動につなげています。
(筆者は全国一般・東京一般労組書記次長)
※参考図書
・世界一わかりやすい人材派遣業界の「しくみ」と「ながれ」
―イノウ「業界研究会」編著 自由国民社
・週刊ダイヤモンド 07.7.14日号「派遣の裏側」 ダイヤモンド社
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